《辺境育ちな猿百合令嬢の憂鬱。〜姉の婚約者に口説かれました。どうやら王都の男どもの目は節らしい〜》(18)ローナ様のお兄様

「ローナ。その……そちらのご令嬢は? 失禮ながら、初めてお會いすると思うんだが」

「……お兄様。挙不審なくせに、積極的すぎない?」

「な……っ! 別にそんなつもりはないっ! ただ、初めてお會いする人がいるから、挨拶をしておきたいと思っただけで……っ!」

「はいはい。気持ちはわかるわよ。気持ちだけはね」

ローナ様はなぜかため息をついた。

それから私に目を向け、こほんと咳払いをした。

「リリーちゃん。この挙不審な男は、私の兄よ。名前は……」

「……リリーさんというのですか! 俺はグラウス・フォーリン。ローナの兄です。どうかグラウスと呼んでください! 年齢は二十三歳、王國軍では第四騎士団に所屬しています。階級は部隊長ですが、春から第四騎士団副団長も兼ねています。もしよかったら、今度ライドラの丘に散歩にいきませんかっ! いや、それとも舞踏會の方がいいかな。一番近いのはドーラム伯爵家の夜會ですが、ドーラム伯爵は俺の上だから、今からでも招待狀を手にれることができますよ!」

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…………は?

あっという間に私の椅子の前にやってきたと思ったら、いきなりこれって……何がいきなり始まったの?

呆然と見上げていると、ローナ様が額に手を當ててため息をついた。

その隣で、オクタヴィアお姉様がくすくすと笑っている。

え? 今の中に何か笑える話がありましたか?

「お兄様。リリーちゃんがびっくりしているわよ。全く、自分の兄がの子を口説こうとする姿を見るなんて、頭が痛いわよ!」

「仕方がないわよ。リリーは可いんだもの」

「それにしても、がっつき過ぎでしょう。お兄様もちょっとは抑えてよ。リリーちゃんはまだ若いのよ」

「……え? いや……その、リリーさんは、今、何歳ですか?」

改めて私を見つめたグライス様は、なぜか揺した様子で一歩離れてくれた。

それでやっとゆっくり瞬きをし、私は作法を思い出して慌てて立ち上がった。

「お、お初にお目にかかります。オクタヴィア・アズトールの妹の、リリー・アレナと申します」

「……年齢は?」

「え? えっと、十六歳です」

「なんだ、大丈夫じゃないか! ローナが変な顔をするから、もしかして子供を口説いてしまったのかと焦ってしまったぞ!」

「お兄様に比べたら子供じゃない!」

「たった七歳しか違わないだろう。余裕だ。……あ、オクタヴィア嬢の妹ということは、もしかして領地から出てきたばかり?」

「あ、はい」

「そうか。では、クローデルの公園に行こうよ。古い跡が近くにあるし、屋臺の軽食もなかなかに味いよ。公園にはリスもいるから楽しめるんじゃないかな!」

ローナ様のお兄様は、し砕けた言葉遣いでってくれた。

……ふむ。それは楽しそうだ。

屋臺の軽食も、リスも、どちらもとてもいいですね!

つい目を輝かせたら、オクタヴィアお姉様がこほんと咳払いをした。

「グラウス様。妹をいたいのなら、まず私に話をするべきですわよ? もちろん、妹をどこかへいたいのなら、父から許可を得てからにしてくださいませ」

「……そ、そうでした。オクタヴィア嬢、妹君に対して失禮しました!」

グラウス様は急に青ざめて、ピシリと直立した。

オクタヴィアお姉様の目が冷たかったのもあるけど、どうやらお父様の許可云々が効いたらしい。

まあ、そうだろうな。お父様はお姉様とよく似た貌の人だけど、辺境地區にある領地で武闘派として尊敬される究極の武人なんだよね……。

急に大人しくなったグラウス様は、私にちょっとだけ笑顔を向けて、でもすぐに部屋を出て行ってしまった。

いったい、何だったんだろう。

そっとお姉様を振り返る。オクタヴィアお姉様はちょっと怖い顔になっていた。でも私の視線に気付くと、慌てたように咳払いをした。

「大丈夫よ。わからないのなら、気にしなくていいの」

はぁ、そうなんですか?

首を傾げると、お姉様はふわりと優しく笑ってくれた。

「本當に大丈夫なのよ。ちょっとリリーのかわいさにおかしくなっただけみたいだから。ねぇ、ローナ?」

「そうね。まさかあの兄があんな風になるなんて。本當にびっくりしたわ。でも、オクタヴィア。もしうちの兄が本気だったらどうする?」

「どうすると言われても。父がそう簡単に許すとは思えないから、諦めてもらう方がいいと思うわよ」

「あら、こういう時だけお父上に任せてしまうのね」

ローナ様は揶揄うように笑っている。

珍しいことに、オクタヴィアお姉様は憮然としていた。

うーん。この二人、言いたいこと言い合っているじがする。やっぱり仲がいいんだなぁ……。

……とほのぼのしながら、お茶を飲もうとカップを手に取った時。またノックの音がした。

今度は靜かな表を保った執事だった。

「お嬢様。お客様がお見えになりました」

「どなた?」

「ゼンフィール家のセレイス様でございます」

……危ない。お茶を盛大に吹き出すところだった!

一瞬遅れていたら、お茶を口に含んでいた。

急いで危険なカップを置くと、お姉様がびっくりした顔で立ち上がっている。すぐに執事がまたやってきて、続いて新たな客が……セレイス様が現れた。

「まあ、本當にセレイス様なのですね! 何かあったのですか?」

「急にごめんね、オクタヴィア。君と、それにリリー嬢に會いたくなって。……昨日、とてもいいサクランボが手にったんだ。今日は君たちはローナ嬢と會うと聞いていたのに、うっかり忘れて用意してしまったんだよ。だから、図々しいのを承知でお邪魔させてもらったんだ」

「まあ、確かに素晴らしいサクランボですわね。今日はだけの會ですけれど、手土産を持ってきた客人を無礙に追い払うことはできませんわね。さあ、お座りになってくださいませ」

「では、お言葉に甘えて」

ローナ様が自分の隣に席を用意しようとしたのに、セレイス様はごく自然な笑顔を浮かべて私の隣にあった椅子に座った。

くっ……。何ですか、この流れるような図々しさはっ!

でも私は笑顔を浮かべるしかない。

オクタヴィアお姉様には、絶対に心配をかけてはいけないのだ。

……あーあ、一昨日に井戸でんできたばかりで、スッキリしていたのに。

にあの不思議な井戸がしくなった。ついでに、ふと水の冷たい目を思い出してしまったのは、ある種の予なのかもしれない。

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