「敵襲だっ！」

外からも迫した聲が聞こえた。

馬たちのいななきが聞こえ、騎士たちが抜剣した音もする。驚いてしまったのか、興したようにどこかへ駆けていく馬の蹄も聞こえた。

「……お姉様っ！」

「おい、顔を出すな！」

ロイカーおじさんは慌てたけど、私は構わず窓から外を見た。

馬車の周りで剣が閃いて、ギィン！とい音が響いている。その間も馬車の周囲に矢が降り注いでいる。

ただの敵襲ではないようだ。矢の飛距離が異常に長すぎる。

どこかに敵の魔導師もいるのだろう。

凄まじい矢の數だ。アズトールの騎士も何人かを流している。でも、まだ倒れてはいない。こちらにも魔導師はいる。ロイカーおじさんもここから支援しているようだ。

「お姉様、お姉様はどこっ！」

「オクタヴィア様は馬車にっている。あれはそう簡単に破られねぇから安心しろ！　チビ嬢ちゃんは伯爵様のところへ行け！　廊下にサイラム先生がいるはずだから、一人でくなよ！」

ロイカーおじさんはそう怒鳴って、私をドアの方へと投げるように押した。

ドアにぶつかりそうになりながら振り返ると、ロイカーおじさんは長い詠唱にっていた。降り注ぐ矢をなんとかしようとしているようだ。

ここにいても、私は役には立たない。

ぐっとを噛み締め、私は目を逸らしてドアを開けた。

書室から廊下に出ると、真っ直ぐ進んで階段を上がるとお父様の私室にたどり著く。

私なら、走ったらすぐだ。

普通の時ならば。

……でも、廊下が廊下ではなくなっていた。

書室の扉を出たばかりだから、そこは廊下のはずだ。王都の貴族の屋敷によくあるしい作りの廊下なのに、まるで濃霧の中にいるようだ。

全てのものがぼんやりとにじんでいる。その上、床も壁もぐにゃりと歪んで見えた。廊下の先は全く見通せず、もちろん階段があるはずの場所は極彩の渦が生じている。

何も見えない。私のすぐ近くは明るいけど、それは黒い霧の中で銀のが反しているだけだ。

「な、何、これっ！？」

私は立ちすくんでしまった。

一際濃い黒い霧が、どろりと目の前を流れていくのをただ茫然と見ていた。

これは、ここは……。

ぞわりと背筋が寒くなった。

冷たい汗が流れ落ち、ようやく廊下にいるはずのサイラム先生の姿がどこにもないことに気付いた。

サイラム先生のにも、何かあったのだろうか。

「サイラム先生！　どこにいるんですかっ！」

そうぶと、どこからか聲が聞こえた。

はっきりと聞き取れない。でも私の耳は人並みより優れているから、歪みながら不自然に響く聲も聞き分けることができた。聞き覚えがある聲だ。

「サイラム先生？！」

「……リ…ー……リー……っ！」

遠いから響いてくるような聲が、今度はしはっきりと聞こえた。

そちらの方向を振り返ったけど、誰もいない。でも黒い霧の中に、人の形のようなものが見えた。だから霧に向かって手をばそうとしたのに、なぜか方向が定まらない。

その間に、人のような何かはぐにゃりと揺れていく。

それどころか、私の手まで歪みながら消えかけていて、私は慌てて手を引っ込めた。

本能的な恐怖にがすくむ。

今、目にしているものが何かわからないのに、危険なことだけは察してしまった。

がガタガタと震える。

……私は、ここから逃げることができない。

いやだ。こわい。

……おねえさま……おとうさま…………

「リリー・アレナっ！」

白銀の輝きが視界を走り、お父様の聲がはっきりと聞こえた。

霧がぱっくりと割れ、その隙間から怖い顔をしたお父様が見えた。魔剣を手に、さらに二度、三度と霧を切り裂いていく。

鮮烈な輝きが私のすぐそばまでびて、その向こうから大きな手がびてきた。

「リリー！」

「お父様……！」

お父様の手に向けて、一杯手をばした。

でもあとし、という時にざぁっと黒い霧が一斉にいた。濃度を増した霧は、お父様の手に巻きついた。霧がのに染まり、手のひらや甲にいくつもの傷が生じていた。それでもお父様は、わずかに眉をかしただけで腕をばしてくれたけど、まるで苛立つように銀のが増した。

お父様の姿は、あっという間にぐにゃりと流れて消えてしまった。