《辺境育ちな猿百合令嬢の憂鬱。〜姉の婚約者に口説かれました。どうやら王都の男どもの目は節らしい〜》(42)黒い犬の正
「お前は貴族だ。貴族法がなければこの場で処分していたところだが、裁判にかけてやる。結果は同じだろうがな。……連れて行け」
セレイス様に対する冷ややかなお兄さんの言葉の最後は、部屋の外へ向けてのものだったらしい。
扉が吹き飛んだ戸口から、王國軍の制服を著た騎士たちがってきた。きが取れずにいるセレイス様を手際よく縛り上げて、暴に引き立てる。
そのまま、引きずるようにどこかへ連れて行った。
騎士様たち……なんていいタイミングで踏み込んできてくれたんだろう。助かったけど。
鮮やかな手際に心していると、お兄さんがチラリと私を見た。
「お前の居場所さえわかれば、例え侯爵家であろうと踏み込める。それが王國軍の特務騎士だ」
どうやら、いつも通りに思考が読み放題になっているらしい。これはこれで便利だから、気にしない。
それより、あの騎士たちは滅多に見られない人たちだったらしい。私は思わずを乗り出した。
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「特務騎士! それであの無駄のない格好良さなんですね! ……でも、お兄さんがかしてくれたんですか?」
「アズトール伯爵から、お前の保護の要請が出ている。私は報を渡しただけだ。人間の移だからもうし時間がかかると思ったが、彼らも優秀だな」
お兄さんが、今度は騎士様たちを褒めた。
ということは、あの騎士様は本當に優秀な人たちなんだろう。いかにも強そうだったし、王都の騎士様はやっぱりかっこいい!
「閣下。上で立會いをお願いできますか」
ひときわ階級の高そうな騎士がってきて、聲をかけてきた。
軽く頷いたお兄さんは、私の背中を押して部屋を出る。やはり窓がない通路は、今は騎士たちが忙しそうに歩き回っていた。
思っていた以上に大規模な捜査がっているようだ。それぞれがいているけど、無駄がないというか、組織的というか。
とにかくすごい。庶民の自警団とはきが違う。
驚いている間も背中を押されている私は、そのまま狹い通路を進み、階段を上がって広い部屋に出た。
天井には鳥の絵が一面に描かれていた。まだ火が燈っていない豪華なシャンデリアにも見覚えがある。ゼンフィール侯爵家のお屋敷だ。
振り返ると、壁の一部にぽっかりと空間ができていた。そばに豪華な壁掛けが床に落とされているから、隠し通路なのだろう。
きょろきょろと周りを見ていると、階級の高そうな騎士と小聲で何か話していたお兄さんが振り返った。
「私はし長めに立ち會う必要がありそうだ。お前はここで待っていろ。帰りの馬車の手配もしておく」
「……普通に馬車で帰るんですね」
もしかしたら、帰りも空間移になるのかと思ってました。
ついそんなことを考えたら、お兄さんは眉をかした。
「お前には普段は魔力がない。空間移は不快だろうと配慮してやったのだが」
「あ、はい。その通りです。ここに連れてこられた時、どうやら一瞬意識を失っていたみたいで、しばらく気持ちが悪くなってました」
「……そうだろうな。大人しく、いや、そこでじっとしていろ。くなよ。見張りを置いていく」
お兄さんはそう言って、足早にどこかへ出て行ってしまった。
忙しそうだ。でも見張りとは?
改めて周りと見たけど、他に人はいない。では……あ、見張りはいた。黒い犬様だ。
たぶん、魔獣どころか魔様なんだろうけど、あの並みはぜひってみたいなぁ……。
『まずは、座ったらどうだ?』
「え?」
聲が聞こえた気がしたけど、やっぱりここには黒い犬しかいない。
……いや、魔様ならしゃべるのは當たり前か。
うん、普通だね。
無理矢理にそう納得して、素直に長椅子に座った。それが一番近くにある椅子だったからだ。でもそのらかな座面はなかなかに座り心地がいい。
それに座ってみると、急に疲れをじてけなくなりそうだ。
ぽすんと背中を預けていると、ひょいと黒い犬が隣の空いた場所に上がった。
『全に魔力の殘り香があるな』
「あ、うん、さっきまで黒い蛇犬の魔力で拘束されていたから」
『……蛇犬?』
「さっきの犬の姿をした魔だよ。本は蛇でしょ?」
『分かるのか?』
「なんとなく。犬のふりをしていたけど、形はになりきっていなかったし。魔獣の混ざり方とも違うから、そうじゃないかなと。……それで、あの、ってもいいですか?」
そっとお伺いを立ててみる。黒い犬様は答えなかったけど、サラリとしたしい尾がゆれている。どうやら拒否ではないようだ。
恐る恐る手をばす。
黒い犬様は座面に座ったままかない。寛大にも私がでることをけれてくれた。
……ふわぁ、サラッサラ……。
普通のにはあり得ないような、この並みのらかさが気持ちがいい。癒される……。
『お前は本當に面白いな。アレには何か聞かれたか?』
アレとは?
首を傾げたけど、すぐにあの蛇犬のことだと思い當たった。
「うーん、何か聞かれたかな。……あ、そう言えば、誰の縄張りかとか何とか言われたかな。意味がわからなかったけど」
『ふふ。それは私も知りたいところだが、うるさく男がいるゆえ聞かぬようにしよう。ところで、私の本はわかるか?』
私はでる手を止めて、しげしげと犬を見た。
しい黒いは長く、しなやかなは大型犬よりさらに大きい。目はまぶしいくらいの銀で、牙はし長めで……。
形としては、牙が長すぎるだけで、他は完璧な犬だ。でもこの犬の本は犬ではなく、別の姿をしているはずだ。
「たぶん、きれいなお姉さんかな」
『……ほう?』
「犬って言った方がいい?」
『はっ。なんだ、わかっているわけではないのか。だが直でそう言ったのなら、お前は実に面白い』
犬は笑った。
笑いながら、全がじわりと銀のに包まれていく。
またどこかへ転移してしまうのかと殘念に思っていたら、ぐにゃりとの線が歪んだ。
犬のがびる。上へとび、下にもびる。四肢がしなやかにびていき、頭部からは艶やかな髪が流れ落ちていって……。
「何をしている」
冷たい聲がした。
途端に、びていた犬のがまたんでいく。すぐに銀のも消え、長椅子にゆったりと座るしい犬に戻っていた。
そして犬の姿でケラケラと笑った。
『殘念ながら、口うるさい男が戻ってきてしまった。同士、また今度ゆっくり話をしよう』
「その必要はない。もう行け」
『顔のわりに連れない男だな。せっかく、あの雑魚蛇を捕まえてあげたのに。締め上げなくていいのか?』
拗ねたような事を言っているが、黒い犬は楽しそうだ。
……雑魚蛇?
捕まえた?
一瞬意味が分からなかった。でも、言葉通りにけ取ると、あの蛇犬には逃げられてしまったと思ったけど、実際には逃げることを許さなかったのだろうか。
何もしていないように見えた黒い犬様は、やはりすごい存在らしい。
私が考えていることは、またしてもお兄さんに筒抜けだったようで、氷のような水の目が呆れたように私を見た。でもすぐに小さく頭を振って黒い犬様に向き直った。
「……締め上げたとして、何か出てくるとは思えない」
「出てこないであろうな。では、あれはもらっていいか?」
「好きにしろ」
お兄さんが吐き捨てるように言うと、黒い犬様はニヤリと笑った。犬なのにぞっとするほどしくて、恐ろしい笑みだった。
……うん、怖いな。
形態をあんなに変えようとしていた時點で、とんでもない存在だと確信してしまったけど。
異界由來の存在は、なぜか人型を取ることはない。もし人型に変わる存在がいたとすれば、それは魔族と言われる存在しかいない。
なくとも、ロイカーおじさんにはそう教えられてきた。
だから……さっきの黒い犬の変容に、思わず思考停止して見って……見てはいけないものを見てしまうところだった。危なかった!
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