【第五話】

ここには誰もリリアベルの味方はいない――。

絶と恐怖で視界が白くなる。意識を失いかけたそのときだった。

「やめろ！」

場を切り裂く凜とした聲が響き渡った。

人垣から長の人が進み出る。

（誰……？）

顔には磨き上げた黒玉で作った仮面。一目で高価とわかる重厚な織をまとい、艶やかな黒髪を背へ流した男だ。鍛え上げられた立派な軀にも、聲にも、もちろんオーラにも覚えがない。

彼は清々しいほど清廉な青いオーラを放ち、アーサーを糾弾した。

「なんという野蠻な真似をする。一國の公子が聞いてあきれるぞ」

「誰だお前は」

アーサーは常ならば面と向かって批難されることなどないため、かっと頬を赤らめていきり立つ。

対する男は、まるで彼を無視して、リリアベルのもとへやってきた。

「汚い手を放せ」

落ち著いているのになぜか威圧のある聲に、背後で「ひっ」と聲が上がった。

リリアベルの拘束はほどける。反でよろめいたところ、すかさず男にけ止められた。

「大丈夫か？」

「はい……」

見上げるほど背の高い男は、アーサーに対する青いオーラを引っ込めて、淡い桃のオーラを向けてきた。

桃のオーラは――を示すものだ。

（え……、？　まさかね。慈とかかしら？）

げられている者に対する憐憫とか、そういった気づかいの類かもしれない。なくとも、彼は純然たる厚意でリリアベルを助けてくれたのだとわかり、肩から力がけた。

「ありがとうございます」

「當然のことをしたまでだ。それより、ブランカ公國では、このような暴挙が許されているのか？」

リリアベルを守るように背へ隠し、彼はアーサーを振り返った。

「なんだと。さっきからお前、何者だ」

「失禮。仮面を外すのを忘れていた」

男はビロードの紐をほどき、黒い仮面を取る。

現れたのは、名匠の手によって刻まれた彫刻のごとく整った容貌だった。

「すごい形……」

思わずといったふうに、妹のララローズがつぶやきをらす。

この場の誰もが、男の貌にくぎ付けとなっていた。

淡い褐の、魅的なエメラルドの瞳、一部のくるいもなく整った鼻筋、めいた、悍さのあふれる郭――。

麗で名高いブランカ公子アーサーよりも、さらに極まった男子ぶりだ。周囲のどよめきが止まらない。

「俺はシャイロハーン＝イル＝ラッシッド。昨夜大公と々の議があり、忍びで滯在していた」

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