【第九話】

シャイロハーンはあふれんばかりのを隠そうともしない。だから、彼の気持ちを疑う余地もない。

とはいえ、納得できないものは納得できないのだった。

「恐れながら、わたくしには好いていただくような要素が見つかりません」

うつむいて、膝をぎゅっと握り締める。

「なぜだ？　君は自分を知らなすぎる」

シャイロハーンが立ち上がり、テーブルを回って隣へやってくる。らかなソファーがぎしりと沈んだ。

「艶やかでらかな漆黒の髪、きとおるような、夢のようにしい黒い瞳、それから、可憐にづく頬に、小さな、華奢な首筋――どこから見ても完璧な神のようなだ、君は」

（噓、そんなの、言われたことがない……）

紡がれる辭麗句は魔法のごとく染みって、リリアベルのを熱くさせる。

「だが、俺が惹かれたのは君の見目ではないのだ。その清廉とした輝きを宿すしい心に惚れた」

「心……」

琴線がふるえる。

心――それは、リリアベルが聖として最も大切にしてきたものだ。

常に清廉であれ。常に正直であれ。

真面目で堅苦しいとアーサーに疎まれても、やめられなかった。

（この方は、わたくしの心を見てくださった）

ぱっと顔を上げると、真摯な瞳に貫かれた。

「君にオーラが見えるように、俺にも不思議な力がある。鼻が利くといったらわかりやすいだろうか。俺は、匂いで相手の人となりがわかる」

「匂い？」

「君からは、澄んだ泉に咲く蓮のような、いや……誰も踏みれたことのない無垢な地に咲く一の薔薇のような香りがする。俺好みの――いままで出會ったことのない、得難い香りが」

彼の手が、すっと黒髪を一房摑む。優しくでられると、直にへふれられたわけでもないのに、ぞくぞくと背筋が粟立った。

「とはいえ、世間的には一目惚れのくくりになるのだろうな。これで納得してもらえたか？」

髪の裾を指先で弄びながら尋ねられる。

髪に覚はないのにくすぐったくて、気恥ずかしくて、首をすくめた。

「納得しました……」

「そうか。ならば次は、君の心を摑む努力をしなくてはな」

彼が大きな手を打つと、部屋に再び執事がってくる。今度は銀盆の上に、豪華なケーキスタンドを乗せていた。

「アフタヌーンティーという時間ではないが、君は酒よりもこちらのほうが喜ぶのではないかと思った」

下段には一口サイズのサンドイッチに、みずみずしいトマトとチーズのカプレーゼ、ハート型にくりぬかれたバジルが飾られている。中段には三のスコーンと、シェル型のにったクリーム、ジャム、バター。上段は小さなケーキやゼリー、マカロンに星型のチョコレートが散りばめられ、寶石箱のような賑やかさだ。

「なんて素敵なの……！」

はしたなくも、思わず歓聲を上げてしまう。

シャイロハーンは、それを淑らしくないと責めたりせず、むしろ喜を浮かべて見守ってくれた。

読んでくださってありがとうございました。

次回で終わらせるつもりでしたが、想定より長くなってしまいました。今夜中にあと1話、そして明日もう1話で完結させます。最後までおつきあいいただけましたら嬉しいです。