《聖のわたくしと婚約破棄して妹と結婚する? かまいませんが、國の命運が盡きませんか?》第三話 扉

次に目を覚ましたとき、リリアベルは、今が朝だか夜だかよくわからなかった。

(頭がずきずきする……)

額を押さえながら起き上がる。どうやら自分はソファーに寢ていたらしい。

部屋には靜寂が落ちている。テーブルに置かれた燭臺の蝋燭は、ずいぶんと短くなっていて、窓の外は真っ暗だった。

(夜……みたいね)

それに、視界を巡らすと、薄桃の調度に囲まれている。

(ここ……ララローズの部屋?)

そこで、混濁していた記憶がはっきりした。

リリアベルは深夜に妹の部屋で紅茶を飲んで、そのまま眠ってしまったのだ。

「いやだ、ドレスが」

視線を落とすと、せっかくシャイロハーンから贈られたシャンパンゴールドのドレスは、寢れてしわくちゃになっている。その上、膝上には黒いしみが広がっていた。

そういえば、眠気に勝てず、紅茶をこぼしてしまったのだと気づく。すっかり渇いてこわばっているのを見て、青ざめた。

(なんて失態なの)

落ちるだろうか。ショックでまで苦しくなる。

(なにか拭うもの……)

しかし、テーブルの上の茶菓子やナプキンはすっかり片づけられていた。

「ララローズ?」

妹の姿もない。

(もしかして、今は深夜?)

すでに朝を迎え晝を過ぎ夜になっていたが、丸一日眠っていたとは夢にも思わない。

「ララローズ、寢てしまったの?」

ソファーに寢転がる姉をかせなくて、仕方なく彼も寢室へったのかもしれない。居室と続き部屋になっている寢室は、壁に據えられた戸でつながっている。

リリアベルは中へ呼びかけてみることにした。

「ん……、いたた……」

立ち上がると、やはり重い頭痛に襲われる。まるで強い酒に酔ったような狀態だ。舞踏會中でさえ一滴も飲んでいないはずなのに、どうしてだろう。

「ララローズ、起きて?」

戸を叩きながら、耳を澄ませる。

中から返事はない。

次にノブを回してみるが、側から鍵をかけられていた。

(やっぱり寢ているのね)

自分の部屋へ帰るのがよさそうだ。居間の扉に手をかける。

「え……?」

がきん! と嫌な手ごたえがした。鍵をひねってみるが、関係がない。

(まさか、外側から施錠されている?)

信じられないが、南京錠かなにかで閉ざされているようだ。

(そんな馬鹿な)

中でリリアベルが寢ているから、気づかって誰かが鍵をかけてくれたのだろうか。

(それにしたって……)

ずいぶんと暴な方法に思える。いくらはしたなく睡していたとしても、揺り起こせば済む話なのだから。

大聲を上げながら扉を叩けば誰かが來てくれるかもしれない。

しかし――、どうにも憚られた。

今が深夜だとするならば、無用な騒ぎを起こしかねない。

(きっとララローズにも迷がかかるわ)

せっかく祝いだといって手ずから茶を淹れて歓迎してくれたのだ。厚意を無にしたくなかった。

(起きるまでしばらく待ってみましょう)

ひとまず、汚れてしまったドレスはいで応急処置をしたほうがよさそうだ。背中のピンを上から外していき、すとんと床に円を描いて落ちたところを、またいで抜け出た。

コルセットにシュミーズとパニエだけの姿となってしまったが、部屋の中があたたかいのでなんとかなる。

(水と拭くもの……)

薔薇が活けられたガラスの花瓶に目が行った。花瓶の下には白いクロスが敷いてある。

(ごめんなさい、あとで洗って返します)

手を合わせて心の中で謝りながら、それを拝借した。クロスをらせ、丸めてドレスの汚れた箇所を叩く。

(どうか落ちますように)

リリアベルは細い燈りの下、下著姿でドレスのしみ抜き作業に沒頭した。

しばらくして、隣の部屋で音がする。

鍵を開け、寢室に踏み込むような足音だ。メイドが用事があってやってきたか、もしくはララローズが外にいて部屋へ戻ってきたか、どちらかだろうか。

(よかった)

リリアベルはドレスをテーブルに置いて続き戸のほうへ歩いていく。聲をかけようとした瞬間、戸の向こうからも聲がした。

「ララローズ?」

「え……」

の聲だ。しかも、聞き覚えがある。

(アーサー殿下!?)

信じられない事態に、頭が真っ白になりかけた。

「ララローズ、そこにいるのかい?」

しかし、戸の鍵をひねる音がして、はっと我に返る。

慌ててドアノブを押さえつけた。

「違います! 開けないで!!」

読んでくださってありがとうございました。

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