《自稱空気の読める令嬢は義兄の溺を全力でけ流す(電子書籍化進行中)》涙を流したのは久しぶりかもしれません

更新遅くてすみません~

「いや……無視できないだろ」

剣の稽古の帰り、とおせんぼするように現れたのは、義兄のブラッドリーだ。私がアニストン家にお世話になって一週間。相変わらず不機嫌そうだ。初日以降、顔を合わせた時にだけ挨拶をわすような、そんな付き合いが続いている。思春期の兄。扱いが難しい。

「大丈夫です。無視して下さい」

「お前は、俺が怪我をしているの子を平気で無視するような人間に見えるのか?」

視線は私の左腕にある。誤って自らの剣で斬ってしまった左の手首。痛みは激しく、が止まらない。レジナルドに応急処置はしてもらったが、深く斬りすぎたようだ。

「大丈夫です。見た目よりも軽傷ですので」

「大丈夫じゃないだろう!」

「大丈夫じゃなくても、嫡男の手は煩わせませんので!」

「心が煩っちゃうんだよ!」

首の後ろをむんずと摑まれた。まるで犬貓のような扱いだ。もう十五歳なのだから、紳士の振る舞いというものを理解してしいと思う。

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「あ~れ~、はおよしになって~」

「棒読みで何を言ってるんだ。言っとくが、そういう遊びじゃないからな」

「淑の扱いとして、これはどうかと思いますよ」

「お前が素直に俺の治療をければ、こんな事にはなってないんだよ!」

ベンチまで引きずられ、無理矢理座らされた。私の前に跪いたブラッドリーはきつく巻かれた包帯をくるくると巻き取っていく。レジナルドは黙ってついてきて、その様子を見守っていた。

傷口が見えると、吐きそうになった。結構酷い傷だ。目にしたブラッドリーも、うっと唸って険しい顔をしている。ぽたぽたと垂れるを包帯で拭い、何か詠唱をした後で舌を出した。魔法陣がっている。それが、傷口に近付いていく。

「傷口を舐めたら沁みませんか?」

「煩いな。治療するんだから黙ってろ」

橫暴の一言だ。ブラッドリーは目を閉じて、私の傷口に舌を這わせた。予想していた痛みは襲ってこない。ジュっと何かが蒸発するような音がして、患部が溫かくなる。気付いたら痛みは消えていた。本當は泣きびたいぐらい痛かったので、安心する。

「ありがとう……ございます」

「無理せずに、怪我をしたらすぐ俺に聲をかけろ。家族として一緒に暮らし始めた相手が酷い怪我をしているのに無視できるほど、俺は鬼畜ではない」

「なるほど…………」

さすがに同じ屋敷で暮らしている子供が酷い怪我をしたのに無視したら寢覚めが悪いという事だろう。怪我の頻度によるだろうが、大怪我をした時には聲をかけよう。そう心に誓う。

「…………わかってない気がするんだよなぁ」

「大丈夫です! わかってますとも!」

「そもそも、なんでこんな怪我をした? レジナルド、お前という護衛がついていながら、どうした事だ?」

「レジナルド、言っては駄目よ!」

「言え」

私の後ろにひかえていたレジナルドは、溜息をつきながら説明を始めた。

剣の稽古。それに私は真面目に取り組んでいる。ただ、稽古が終わった後は真面目から一転不真面目になる傾向にある。今日も稽古が終わってから調子にのった私は短剣を使ってジャグリングで遊んでいた。レジナルドが青い顔をして止めようとしたが、舌を出してふざけていて、手元が狂った途端に手首を斬ってしまったのだ。

「お嬢様は、稽古中は真面目なのですが、どうも稽古の時に気を張り詰めすぎている反なのか、終わった後のおふざけが激しくて……」

ぎゅう、と耳が左右に引っ張られた。

「痛い痛い痛いいいいいい!!」

「お前はあああ! 歳のわりに大人だと思っていれば、クソガキのような悪戯もするんだな!?」

「やめて下さい嫡男! 耳がちぎれます!」

「さっきの怪我は、もっと痛かっただろうが!」

「そうだけど! そうだけどおおお!」

摑まれた耳が痛みと熱さで辛い。引っ張られている顔の皮も、どうにかなってしまいそうで地味に辛い。真っ赤になって怒っているブラッドリーも怖かった。先程の大怪我でも泣かなかったのに、自然にぽろりと涙が零れる。

「ふん!」

耳から手が離れていく。面白くなさそうな顔をしたブラッドリーは親指で私の涙を拭うと背を向けて歩きだした。

嫡男! 治療、ありがとうございました」

「…………どうでもいいがその呼び方、なんとかならないのか?」

私に背を向けたまま足を止め、返事をしてくれた。呼び方に不満があるようだ。

「……坊ちゃま、とか?」

「年下からそんな呼ばれ方されたくない」

「若君?」

「…………兄と呼んでいいぞ」

「あに……」

「今度嫡男なんて呼んだら、でこぴん百回の刑だからな!」

ブラッドリーはそう言うと屋敷の方に向かって駆け出した。まだじんじんしている耳を抑えながら後姿を見送る。

私の隣では、その背中に向かってレジナルドが深く深く頭をさげていた。

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