《お嬢さまと犬 契約婚のはじめかた》一 旦那さんとキスと下心の問題 (1)
「つぐちゃーん」
ボディバッグを肩にかけ、菓子折りがった紙袋を手にした葉《よう》は、離れの半開きの障子戸からひょいと顔を出す。葉の雇い主であり、続柄は妻である鹿名田《かなだ》つぐみは、広々とした制作室で今日も絵の制作にいそしんでいた。
「でかけるの?」
ちょうど一息ついたところで聲をかけたので、つぐみは絵筆を置いて顔を上げた。
丸い袖の黒のトップスに淡いピンクベージュのガウチョパンツ。長くてまっすぐな髪は後ろでくるっとゴムでまとめている。春から夏になり、九月にっても、この部屋も彼もまるで変わらない。
「うん。つぐちゃんが用意した差しれも持っていくねー。まろにえ堂の栗どら焼き。鮫島《さめじま》さん好きそう」
「久瀬《くぜ》くんのぶんも買っておいたから。栗のと、黒糖のも。あとで食べようね」
ちなみにつぐみの「買っておく」は通販で買うという意味なので、栗どら焼きを宅配のおにいさんからけ取ったのも、伝票にサインをしたのも葉だ。つまりおおかた知っているわけだが、自分たち用に二個多くつぐみがどら焼きを買ってくれたのがうれしい。
「栗と黒糖かー。どっちもおいしそう」
「じゃあ、半分こしよう」
「うんうん」
話しながら、廊下を連れ立って歩く。
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ガラス戸がった廊下からは、白やピンクのコスモスが咲き始めた庭を見渡せた。それに秋明《しゅうめいぎく》、吾亦紅《われもこう》。庭はすっかり秋模様だ。
表向きは今までどおりだが、最近、つぐみと葉のあいだでも変わったことがふたつあって、ひとつはつぐみがときどき葉の見送りをするようになったことだ。以前は制作室のなかから「いってらっしゃい」と聲をかけていた。今はいつもじゃないけど、気が向いたときに玄関まで出てきてくれる。
ドア、とくに家の出り口にあたる玄関のドアはつぐみには鬼門のはずである。無理にあけようとしなければ、悸や息苦しさといった癥狀は出ないようだけど、以前のつぐみは閉じたドアを目にすること自を避けているところがあった。
無理してないのかな、とはじめ葉はそわそわしていたのだけど、つぐみがふつうそうにしているので、大丈夫らしい、と頭のなかのつぐみのできることとできないことリストを更新した。つぐみさんは見送りはへいき。
「じゃあ、いってきます」
「うん、いってらっしゃい」
つぐみが葉のシャツの裾を軽く引いてきたので、葉は瞬きをしたあと、意図を察して無駄にぎくしゃくとした。玄関にはつぐみの祖父の青志《せいし》の私なのか、いかめしい顔の木彫りの狛犬が二頭飾ってあって、孫娘に悪さなどすれば、すぐに天誅をくだされそうな張がある。
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目を瞑ったつぐみの肩に手を添えると、そっと額にをれさせる。つぐみは肩が薄いので力を込めると壊してしまいそうでいつもどきどきするし、キスすると手のなかで肩が跳ね上がるのでもっとどきどきする。目が合う。つぐみは頬を染めて、はにかみがちに微笑んだ。
「いってらっしゃい」
変わったことのふたつめがこれだ。
キスしてる。めっちゃキスしてる。世の中の夫婦、こんなにキスしてます?というくらい。
いってらっしゃいのキスに、おかえりなさいのキスに、おはようのキスにおやすみなさいのキス、あととくに意味もないけどなんとなくのキス。葉は最近、深刻に悩みはじめている。俺たちもしかしてキスしすぎなんじゃないだろうか、と。
でも、つぐみに裾を引かれて目を瞑られると、條件反でこたえてしまっている自分がいる。葉は基本的に流されやすい。それにキスしたあと、つぐみがほんのすこしわらってくれるのがうれしくて、つぐみのわらっている顔見たさに、「ばかっぷる」ならぬ「ばか夫婦」の道を邁進している気がする。これでいいのか。契約だけど、夫婦だからべつにいいのか。誰かに「契約夫ってどこまでしてセーフなんですか」と訊きたくなってきた。
「いや、そもそも、夫婦ってこんなにキスするっけ?という話なのであって……」
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うーん、と腕を組んで考え込んでいると、
「やあ、葉くん」と後ろからぽんと肩を叩かれた。
悲鳴を上げそうになる。見れば、鮫島がふしぎそうな顔をして首をひねっていた。
「なんでそんなとこ、突っ立ってるの?」
葉が立っているのは、ガラス張りの畫廊の口だ。
「ああーいや。鮫島さん、こんにちは」
「こんにちは」
今日は銀座にある鮫島の畫廊で開催されているグループ展に、差しれのために來た。
先代からこの場所に店を構えているのだという鮫島畫廊は、モダンなガラス張りの店構えで、さほど広くはないスペースに八人の畫家たちの作品が展示されている。販売會も兼ねた展示には、つぐみも二曲の屏風を出していて、それらの制作は六月から七月にかけて行われた。
つぐみは作品を納品したあと、展示を見に行くということをほとんどしない。ドアのこともあるけれど、単純に興味がないようだった。葉だったら、自分がつくったものがどんな風に飾られているのか気になるように思うけど。
鮫島に促されて、ドアを押しひらく。
「あれ、あんた。ツグミの」
展示スペースのすこし奧まった場所にあるソファから、フラミンゴの頭がむくりと起き上がった。とたんに鮫島が顔をしかめて、「お客さんも來るんだから、ソファで寢ないでよ。羽風《はかぜ》くん」と文句を言う。
一方の葉は衝撃をけていた。
――ツグミの。
――ツグミの。
――ツグミの。
《《ツグミ》》のって、なんだ!?
つぐみを呼び捨てにする人間に葉ははじめて會った。
固まっている葉を上から下まで眺め回し、さらに左右も見てから、羽風はけっと悪態をついた。
「ツグミがいない」
あとは興味を失くした風にまたソファにごろんと橫たわる。
「羽風くんさー。もうちょっと學びなね。禮儀とか禮節とか」
「だって、ツグミがいないんじゃ、こいつとする話ないし。なあ、なんでツグミ來ないの? 待ってたのに」
「……つ…」
「え?」
「つぐみさんを呼び捨てするひとには教えませんっ!」
とりあえずいちばん腹が立っていることに対して抗議をれておいた。つぐみさまと呼べとまでは言わないが、せめてつぐみさん、ぎりぎり妥協してつぐみちゃんと呼べ。ひとの雇用主に対して失禮だぞ。
ぷいっと羽風には背を向けて、「鮫島さん、はいどーぞ」と葉はまろにえ堂の臙脂の紙袋を鮫島に渡す。
「おお、どら焼きのまろにえ堂じゃないですか。うれしいなー」
険悪な空気はちらとも意に介さず、鮫島は頬を緩めた。
「まあ、羽風くんは置いておいて、中見ていってよ。鹿名田先生の二曲の曼殊沙華《まんじゅしゃげ》図、さっそく何人も買い手がついているんだよ」
「すごい……。けど、そういうときってどうするものなの?」
「先著のときもあるけど、鹿名田先生の場合はいちばん高い値をつけたひとに売られるね」
鮫島に案されて、展示スペースを進むと、最奧につぐみが描いた二曲の曼殊沙華図が現れた。
朝のなかの白の曼殊沙華と、宵闇のなかの赤の曼殊沙華が一曲ずつ対比する構図でおさめられている。それぞれ葉の右半と左半が花にうずもれるように描かれていた。こうして絵という形になると、モデルが自分であるのはわかっているのに、別の誰かを見ているような錯覚に陥る。
畫家のツグミが「花と葉シリーズ」で必ず描く男モデルは「葉」というなまえで、ツグミの人であるというのがファンたちのあいだの「通説」だ。実際はただの契約夫に過ぎないのだけど……。
「まえにも思ったけど、あんたってツグミの絵のなかの『葉』とぜんぜん似てないよな」
ソファに肘をついて、羽風が言ってきた。
鮫島畫廊には今、羽風と葉以外に客はいない。鋭いところを突かれた気がして、葉は顔をしかめた。
「絵のなかのひとは、つぐちゃんの頭のなかにいるひとで、俺じゃないし……」
「だろうね」
いや、そんなばっさり切り捨てなくてもいいと思うが。
いちおう、顔とは葉をモデルにしているわけだし。
「俺だったら、あんたはこうは描かない」
「そりゃそうでしょうよ。羽風くんとつぐみちゃんは畫風がぜんぜんちがうし」
鮫島が苦笑気味に肩をすくめる。
つぐみの二曲の曼殊沙華図の手前に、「羽風《はかぜ》太郎《こうたろう》」と書かれた小品の作品群が並んでいた。
てっきり見た目から想像するサイケデリックでエキセントリックな作品を描くのかと思いきや、やわらかな筆遣いで、生まれたてのくしゃくしゃの赤ん坊や、ふくれ面をしている稚園を卒園したくらいのの子、ひとを待つ大學生風の青年、電車で居眠りをする壯年の男に、散歩する老夫婦のうしろすがた……年代もまちまちのひとびとがちいさなキャンバスひとつずつに描かれている。葉は絵のことはよくわからないけれど、つい手に取って家の居間に飾りたくなるような、ぬくもりのある作品だ。
思わず作品群と羽風とを見比べていると、「……なに?」と不愉快そうに羽風が頬をゆがめた。
「いや、べつに……」
ツグミだって年齢・別・出すべて不詳の畫家であるわけだし、畫風と人柄が必ずしも一致するとは葉も思ってないが、それにしても印象がぜんぜんちがう。
「羽風くんはひとの何気ない日常を切り取るのがうまいんだよねえ。結構ファンも多いんだよ。一緒に生活したくなるような絵だって」
「ああ、わかるような」
「はいはい。褒めるなら、一枚買ってよ」
悪態をつき、羽風は展示用のカタログをひらいて背を向けてしまった。
もしかして照れているのか。若干コマンド力に対する出力がつぐみと似ている。
「じゃあ羽風くん、ちょっと店番してて。わたしは葉くんと晝ごはんを食べてくるから」
「ええー」
「ええー、じゃない。君に店番のアルバイト代払っているのはわたしでしょ」
鮫島に軽く睨まれると、羽風は舌打ちをして、ソファからを起こした。
鮫島が連れて行ってくれたのは、行きつけだという純喫茶風の喫茶店だった。
店主の趣味らしいジャズがちいさな音でかけられていて、客の數はさほど多くはないが、皆思い思いにくつろいでいるのがわかる。
「わざわざ來てくれてありがとうね。ここはわたしのおごりだから、なんでも好きなの頼んで」
「やった!」
相変わらず「おごり」という言葉に葉はめっぽう弱い。
すこし迷ってから、ミックスフライのせナポリタンという謎のメニューを頼んでみた。なぜのせちゃったの?というかんじがしなくもないが、海老フライとカニクリームコロッケとナポリタンのコラボは心が躍る。鮫島のほうはシーフードグラタンというお馴染みのメニューに珈琲を頼んだ。こうして見ると、鮫島のブリティッシュスタイルのスーツにレトロな純喫茶は似合いすぎるくらいよく似合う。
「最近、販売會の準備であまり顔出せてなかったんだけど、鹿名田先生はどう? 元気にしてる?」
「元気だよー。八月の終わりはちょっと調崩してたけど」
鹿名田家から戻ったあと、つぐみはしばらく熱を出していたが、幸いにも今は回復していつもどおりだ。九月納品の依頼が何點かあるようで、八月に進められなかったぶん、最近は集中して制作室にこもっている。川でのバーベキュー以來、つぐみは自分で石を砕いて顔料を作ることにはまっていて、あんなちいさな手でごつごつ石を砕く。パワフルだ。
「最近は購買層もひろがってきてるんですよね、鹿名田先生。ちょっとまえは知る人ぞ知るってかんじだったんだけど。わたしとしてはここいらでそろそろ鹿名田先生の代表作をばしっと決めたいんだけど、青浦教會堂の絵、なかなか引きけてくれないんだよねえ」
「ああー、夏にも言ってた? 九十九里浜の教會」
「つぐみちゃん、『花と葉シリーズ』以外はやだって言うんだよ。まあしかたないけど」
確か、青浦教會堂に飾る宗教畫を依頼されていたのだと記憶している。鮫島はめずらしく熱心だったのだが、つぐみは気が乗らないようすでそっけなくしていた。
「あの子は今、君を描いて一躍腳を浴びてるけど、さすがに死ぬまで『花と葉シリーズ』だけを描いているわけにもいかないでしょ。いやまあ……そういう畫家もいなくはないけどさ」
珈琲を手に取ると、香りを味わうようにしてから、鮫島はカップに口をつけた。
「譲れない畫題を持っているのはすばらしいことだよ。でもそれだけだと、いつか行き詰まる。……世間は飽きるのも早いですしね」
「そんなもの?」
つぐみは長椅子のうえでぐんにゃりしているときもあるけど、基本的にはパワフルに制作を続けていて、絵に関して行き詰まったり、筆が止まったりするすがたが葉には想像できない。
「ええ」と鮫島は苦笑気味にうなずいた。
「絵ってね、いきものなんですよ。葉くん」
「いきもの……」
「畫家が生きている限り変容する。むしろ、変容しなくてはならない。描く人間、描かれる人間、そこに関わるすべての人間の人生をのみこんでね。――つぐみちゃんは、畫家としての絶頂期がふつうのひとの何倍も早く來た。それは彼のアドバンテージでもあるんだけど、鹿名田つぐみ個人の人生としては、不運でもあるかもしれない。わたしはいつもすこしだけ、三年後の彼が心配」
三年後。三年後のつぐみ。
あまり考えたことがなかった。これから先、完された絶壁のようにそびえるつぐみの絵が変わっていくことがありうるのか。そして、どこかの時點で、モデルとしての葉が必要とされなくなる日も來るのかもしれない。鮫島が言いたいことはわからなくもなかったけれど、葉はちょっとこわい。モデルとして必要とされなくなったら、つぐみが葉をそばに置く必然は殘るか? 家事はすきだし、得意だと思うけど、べつに葉じゃないとできないわけではない。お手伝いさんで十分だ。
三年後に俺は彼のとなりにまだいられるのだろうか……。
なんだかしょんぼりしてしまって、もそもそと運ばれてきたナポリタンを食べる。
結構おいしい。しかし気分が上がらない。上がらないけど、食べはする。葉は子どもの頃、腹を減らしていることが多かったので、いついかなるときも目のまえの食べものは腹にれる癖がついている。いや、でもこのナポリタンのソースはほんとうにおいしい。なにを使っているんだろう?
「そういえば葉くん、なにか悩んでいることでもあった?」
「え? ナポリタンのソースのはなし?」
「うん? ナポリタンのソースで悩んでたの?」
話が噛み合ってない気がして、はて、と考え込む。ややあって、鮫島畫廊のまえで葉が腕を組んで唸っていたことを鮫島が言ったのだときづいた。
「あー……」
つぐみの畫家として人生の話題のあとだと、悩みのレベルがしょうもなくてすこし恥ずかしくなる。とはいえ、葉は羽風やつぐみとちがって畫家ではないし、この悩みはとても切実で迫している。何しろ、帰ったらまたつぐみがおかえりなさいのキスを所するかもしれないわけで……。
「実は鮫島さんに訊きたいことがあるんだけど」
「えー、なんだい?」
鮫島はこう見えて奧さん一筋で、高校生と中學生の娘さんがふたりいる。家族との仲は良好だ。このまえも夫婦の結婚記念日と娘さんたちの誕生日祝いをかねて、家族で夢と魔法の國に行ったって聞いたし、葉にとっては頼れる先達である。
「つぐちゃんには絶対に緒にしてほしいんだけど……」
「うんうん」
「夫婦って、ふつう一日何回くらいキスしてる?」
「はい?」
鮫島はコーヒーを噴きそうになったのか、一度ソーサーに戻した。
「キスがなんだって?」
「うん、だから、一日の平均回數が知りたい。できたら種類別で。俺、ふつうの夫婦ってあんまりそばにいなかったから、よくわからないんだよね」
葉は契約夫なので、できれば平均値にちかづけていきたい。
理想としては種類別平均プラス一回くらいじゃないだろうか。お得がある。
「……君らってときどき、つきあいたてのカップルみたいなこと訊いてくるよね?」
若干呆れたようすで鮫島がつぶやいた。
それでも、ちゃんと考えてくれる。茶化したりしないので、鮫島はいいひとだ。
「んー、実際、君らつきあってるときはどうだったの?」
「え、つぐちゃんとつきあったことなんてないよ?」
真顔で答えると、鮫島がんん?と首をひねった。洗濯機に突然放り込まれたぬいぐるみとか、ブラックホールに投げ込まれた人類とかそんなかんじの顔だ。
「つきあってないけど、結婚したの?」
気遣うそぶりで尋ねられ、葉は我に返った。
ふつう際ゼロ日で結婚する夫婦はいない。いや、いないことはないと思うけど數だ。葉とつぐみもいちおう表向きは、畫家とモデルとして出會って數か月ほどおつきあいしたあと、結婚したということにしている。実際は三千萬円と引き換えに結ばれた契約結婚だが。
「いや、つきあってました、つぐちゃんとはつきあってました、去年の七月から九月までの三か月間くらい、モデルとして出會ったのがきっかけです」
揺のあまり、妙に詳細な設定を語ってしまった。咳払いをする。
しかたなく、代わりにこれまでの人生でつきあったの子數人を思い浮かべてみる。キスが好きな子もいたし、キスよりハグが好きな子もいたし、まちまちだ。
葉のほうはどうなのだろう? 自分の遍歴を思い返すと、相手がキスしたそうだからキスするとか、ハグしてほしそうだからハグするとか、そもそもつきあおうと言われたからつきあったとか、だいたい主に欠けていて、全般的に相手に流されている。
(もしかして、俺って結構人間としてだめなやつなんじゃ……)
急に自信がなくなってきた。
葉のほうは相手を大事にしているつもりなのに、たいてい一年くらいで別れを告げられ、放流されるのはそれが原因だったのだろうか。
「ちなみにわたしは、おはようといってきますとただいまとおやすみのキスは今もワイフとやってますね」
珈琲に口をつけつつ、鮫島が平然と言った。
「え、今も? ほんとに?」
「若い頃は目が合ったらところかまわずやってたしね。車の信號停止中に気分がのってしていたら後ろからクラクション鳴らされたりとか、妻の実家にうかがったときなんて、ご両親に見つからないようにやるハラハラがたまらなくてねえ。結局ばれて、気まずかったり」
鹿名田の屋敷で葉がつぐみ相手にそんなことをやっていたら、両親のまえにひばりに見つかって絞め殺されそうだ。葉はあいにくビビりの一般人なので、とてもそんな膽力はない。
「いいじゃないの、いくらしたって誰にも迷かけてないんだから。あと夫婦は最後は魔法の言葉があるからね」
「魔法の? なに?」
「やだなあ、『おしどり夫婦』ですよー」
口の端を上げると、鮫島はシーフードドリアにスプーンをれた。
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