「――とうっ、ちゃく！」

クルツが嬉々として地面に降り立つ。

その一瞬後にアニエスも隣に降り、遅れてジークとリンケが馬に乗って來る。

彼らの目の前には、針葉樹の森が広がっている。

エインタート三日目。ある程度生活スペースを整えたところで、アニエスはこの地の最大の問題に早速取りかかることにした。

「すっげーよかったぁ！」

案役の年は、場違いなほどにはしゃいでいる。空を飛べたことがよほど楽しかったらしい。

領主館から北の森までは馬の足でおよそ一時間ばかり。見張り塔に駐在が使っていた馬が一頭と、リンケが自分で調達していたものが一頭あったため、護衛役と魔の専門家にそれらを使ってもらい、あまり馬に乗り慣れないアニエスとクルツは上空を飛んで來た。

高度を押さえれば、紋章で浮かせられるのは自も含め最大で二人。それ以上となると上級資格が必要となる。

誰かを一緒に浮かせるのは資格試験以來のことだったため、アニエスはだいぶ張していたのだが、その心を知らない者は無邪気に喜ぶばかりである。出発の際はルーが羨ましそうに見送っていた。

クルツは一通りはしゃいだ後、己の仕事を思い出す。

「馬は置いてったほうがいーよ。いると魔から隠れにくいからさあ」

ガイドらしく忠告し、リンケからは慣れた様子で馬の手綱をけ取った。

「この辺に繋いで、周りを茨で囲っておけばいーよ」

適當な木に馬を繋ぎ、持參した魔除けの茨の切れ端を地面に配置するクルツを、ジークはやや不安そうに見ている。

「そんなんで大丈夫なのか？」

「わりと大丈夫ですよ。もし魔に食べられてしまったら、その時は仕方がありません」

「はあ」

リンケの大雑把な言い分に、ジークは納得したようなしていないような曖昧な表を見せた。しかし、他にやり方がないのは事実である。

リンケは「よろしいですか」と改めてアニエスとジークに言う。

「森の中では基本的に戦闘はいたしません。たとえ魔一匹でも、この人數で仕留めることは不可能だからです。隠れるか逃げるか、常に二択しかないとお思いください」

「はい、わかりました」

アニエスは素直に頷く。

魔の生命力は獣のそれとは比較にならない。また、最高で中級までの資格しか持たないアニエスの紋章は戦闘に特化しておらず、実質の戦闘員はジークしかいない。彼も二人と子供一人を守りながら戦うことは不可能だ。そもそも、アニエスは魔の討伐に來たわけではない。

森の奧深くに眠る、魔人という存在を知ることが本日の目的だ。

（話ができればいいけれど）

不安も恐怖も盡きないが、怯えてばかりもいられない。言葉が通じるのならば、まずは渉を。これが領主としての初仕事となる。

「それからアニエス様に一つお願いしたく」

「え？　はい、なんでしょうか」

我に返り、アニエスは再びリンケのほうへ意識を戻す。

「魔は外から來る者の匂いに敏ですから、周囲の風向きを作していただけませんか？　我々の匂いが上に抜けるようにしていただければ、気づかれずにけるかと」

「あまり広い範囲はできませんが、大丈夫ですか？」

「はい、我々の周辺だけで問題ないと思います。できるだけ固まって移しましょう」

「わかりました」

アニエスは風の紋章を発し、直徑數メートルの範囲で緩いつむじ風を起こす。先がわずかに浮く程度のかすかな風だ。匂いをごまかすだけならこの程度で十分である。

「んじゃ、付いて來て！」

クルツが先導し、四人は暗い口を開ける森の中へっていった。

◆◇

森の空気はしっとりとを含んでいた。

蛇のように張り出した木のに苔がむし、気をつけなければ足をらせてしまう。前を行くクルツはそれらを軽に飛び越し、リンケの足取りも慣れたものである。

アニエスは時々ジークの手を借りながら、なんとか付いて行く。街歩きしかしたことのない彼に森は々きつい。

それでも、ここはまだまったくの原生林ではない。ある程度のところまでは樵の手がっている。クルツが案できるのもそこまでだ。

年の父は樵の子であり、元々は彼が森のガイドをしていたのだが、二年前に魔に襲われ、片足がかなくなってしまった。

クルツは昔から父親の仕事に勝手に付いていき、道を覚えていたため、父親のかわりにガイドを務めるようになったのである。

相當の危険を伴う分、それなりの額を要求して儲けていたが、近頃は魔王への挑戦者も減り、もっぱらリンケしか客がいなかったようだ。そこで、アニエスのもとに就職しようと考えたわけである。

「――先生、シヴラトだっ」

クルツが木のを跳んで戻って來た。すかさずリンケが、近くの大木の本へアニエスとジークを導する。

「お靜かに。アニエス様、風向きを下のほうへ変えてください」

言われた通りにして息を潛めていると、影が差した。

ほとんど音もなく。

大木の後ろに、それに匹敵する巨大なトカゲがのっそり現れた。

アニエスは咄嗟に我が口を両手で覆う。息すららしてはならない。全が戦慄し、恐怖しながら、それでもアニエスはを捻って食いるように怪を見つめた。

棘のようなトサカが木々の葉先をかすめる。後ろ足で立ち上がることができれば、森からその頭をひょっこり出せそうだ。

灰の鱗に苔がむし、よく見れば草や花まで背の中ほどに咲いていた。まるで太古から森にある石像のようである。

大した腹を地面にらせながら、尾を左右にかし去っていった。

「もう、いいでしょう」

リンケに言われて木のからを出すと、先ほどのトカゲが通った跡が地面に殘っている。その橫幅を歩くと六歩もった。

「魔王以外にも、やばそうなのがいますねえ」

ジークも冷や汗を拭っている。その張を和らげるようにリンケは笑みを見せた。

「まだ晝間ですから、大抵の魔は寢ています。あのようにいていても寢惚けている場合が多いので、先に見つけて隠れてしまえば問題ありませんよ」

「その辺は俺にまかしといてよ。目だけはいいからさ。ね、ね？　アニエス様。俺、役に立つっしょ？」

雇い主へのアピールも欠かさないクルツである。張のない二人の様子に、アニエスもしだけ気が抜けた。

「もうすぐ魔王の寢床に著きます」

リンケが予告してから間もなく、四人は開けた場所に辿り著いた。

そこだけ木々が薙ぎ倒され、緑の天蓋にぽっかりがあいている。青い空から注ぐの下、異形の影が一つ、ぽつんとあった。

「あちらが魔王です」

リンケが小聲で示す。

彼が魔人と名付けた通り、確かにそれは人型だった。頭も手足も、人間のパーツと形が似通っており、格も大柄な人といったところだ。

だが、あくまでも人型に近いというだけで、全としてはやはり化けである。

石灰を塗りたくったように白いのところどころを、鍾石のような分厚い鱗が覆う。房に似た膨らみはあるが、それは単に鱗が盛り上がっているだけかもしれない。

人間なら耳のある部分に、大きな巻き角が二つ生えている。赤紫の長い髪がそれに一部絡んでいた。

何より目を惹くのは、黒く巨大な翼である。蝙蝠に似て飛でできているようだ。翼の先が地面につき、ソファのように灣曲して、魔王はそれに深く腰掛け目を閉じていた。

明らかに人間でないが、人間のようなもの。

恐ろしくはあったが、先程のトカゲよりアニエスは恐怖をじなかった。むしろ、魔王のサイズに拍子抜けしたくらいである。

ひとまず四人は倒木の後ろに隠れ、様子を窺う。

「あれは、起こしてもいいもんですか？」

ジークの尋ねに、リンケが頷く。

「この間起きたばかりなので、おそらくまだ深い眠りにはついていないはずです。近づけば気配で起きると思いますよ。起きなければ、今日は帰ったほうがいいでしょう。無理に起こせば彼は怒る」

「では、俺が先に行きます」

ジークが倒木のから出る。腰の剣に手を添えながら、足取りは臆せず魔王へ向かう。

あと數歩という距離で、彼はゆっくり、瞼を上げた。

「――客か」

聲は男のように低かった。もしくは男よりも低い。腹の底に響く。

寢起きに、武を持った者が目の前にいても慌てる様子はない。じろぎもせず、悠々とジークを眺め、さらにその後ろへ視線を走らせた。

「行きましょう」

リンケに促され、アニエスらも倒木のを出る。

近くで見れば、魔王の雙眸は人間で言えば白目の部分が黒く、黒目の部分が白かった。さらに真っ白なだと思ったものは、きめ細やかな鱗だった。

魔王はリンケの姿が視界にるや、い口元を緩めた。

「またお前か。なら討伐隊ではない、か」

「その通りです」

「つまらんな」

そう言いつつも、魔王はで笑っていた。

ところが、それが急に止まる。

「お？」

異形の瞳が、アニエスを捉え大きく見開かれた。

嫌な予がし、反的にを引こうとしたが間に合わない。

立ち上がった魔王に、アニエスは倉を摑まれた。

「っ、おい！？」

咄嗟に、ジークが魔王を引き離すため、彼の巖のような腕を摑む。しかし、それはびくともしない。

魔王はアニエスを引き寄せ、その首元に顔を埋める。ひ、とアニエスのが勝手に鳴った。

拘束はほんの數秒。彼はアニエスを地面に降ろし、にんまりと笑んだ。

「やっと來たか」

おかしなことを口走る。

「・・・え？」

「何度寢たかわからんぞ。どれだけ手間がかかってるんだ」

「・・・は」

「さっさと出せ」

そうしてアニエスのをまさぐり始める。

悲鳴も上げられず、娘が恐怖で腰を抜かす前に、ジークが力ずくで間に割ってった。

「待て、ちょっと待て。なんの話をしているんだ？」

主を背に庇いながら、ジークは右手を剣に、左手を魔王の前に突き出す。すると魔王は威嚇するように、低く唸った。

「魔王よ、お聞きください」

続いて、リンケが言葉で割ってる。

「こちらの方は私の主で、あなたの前に現れたのは今が初めてです。もしや、他の誰かと勘違いしてはいませんか？」

「・・・他の？」

多は顔なじみであるためか、魔王にリンケの聲は屆いた。

場の殺気が薄れる。おそるおそる、ジークの後ろから顔を覗かせるアニエスを改めて眺め、魔王は腕組みした。

「前に來た者ではないのか？」

「・・・はい。初めて、參りました」

引き攣ったを震わせ、アニエスはなんとか答える。魔王はしばらく怪訝そうにしていたが、やがて納得した。

「・・・お前らの區別は難しい」

気が抜けたように、再び翼をソファのようにして座り、そのまま目を閉じる。

「魔王、魔王、しだけ話をお聞きください。魔王」

完全に寢る前に、懸命にリンケが呼び覚ます。

（制が全然きかない）

アニエスはもうかなり怖くて仕方がなかったが、この奔放な魔人相手ではうかうかしていられない。

勇気を振り絞り、彼の前にを曬す。

「あの、はじめまして。私は、アニエス・スヴァニルと申します」

何から切り出していいのかわからなかったため、アニエスはとりあえず自己紹介をした。

魔人がどこまで人の社會を理解しているのか定かではなかったが、できる限り噛み砕きながら、自分が森の外の土地（厳に言えば森も含む）を統治する役目を持つ者であることを話す。

魔王は一応、大人しく聞いていた。

「――あの、それで、魔王と呼ばれているあなたは、この森にいる魔を統べる方なのでしょうか」

肝心なことを尋ねると、魔王は鼻で笑った。

「・・・違うのでしょうか」

「《魔王》はお前らが勝手に付けた名であろう。気にってはいるがな。《魔王様》ならもっと良い。己より強い者をお前らはそう呼ぶのであろう？」

上機嫌に彼は語る。

「我は今、お前らが言うところの《休暇中》だ」

「・・・休暇中」

意識なく、アニエスはその言葉を反復していた。

「ついこの間まで魔界の覇権爭いに駆り出されていたのだ。ここには寢に來ただけだ。魔どもなど知らん」

當人はあっけらかんとしている。

ついこの間と言うが、彼の存在は二十年前から記録に殘っている。魔人の時間覚は、どうやら人間のそれと大幅にずれているらしかった。

長く生きる魔の生ならではだろう。地上の魔でも、百年二百年生きるものはざらにいる。

例えば、先の巨大トカゲなどもそうである。

「――來た！」

唐突に、クルツが聲を上げた。

アニエスらが魔王と話している間、ずっと倒木の上に乗り、周囲を警戒していたのだ。

彼が指すのは四人で辿って來た方角。木々を避けながら、灰のトカゲが魔王の寢床に顔を出した。

「隠れろ！」

クルツが警告しながら走り來る。アニエスはジークに引っ張られ、遠くの倒木の後ろにを隠した。

巨大トカゲ、シヴラトの進路には魔王がいる。彼は逃げもせずに悠々とそこにある。

シヴラトを見上げると、威嚇時に広がるはずのトサカが閉じている。つまり、シヴラトは魔王が見えていない。寢ぼけているのかもしれなかった。

「まずい！」

焦ったのはリンケだ。

彼はから飛び出すと、シヴラトに向けて右手を掲げる。途端、トカゲの顔に大きな炎が燈った。

リンケが火の紋章で、魔を起こそうとしたのである。彼が扱える屬はこれ一つだ。

狙い通り、シヴラトは目元を焼く熱に驚き、のけぞる。

しかし、遅かった。

すでに間近まで迫っていたシヴラトの腹に、魔王が手を添えていた。

ぼん、と何かが破裂する音がした。

片が飛び散り、おぞましい獣聲が上がる。

「ああああっ！？」

同時にリンケも悲鳴を上げた。

彼は腹を半分消し飛ばされたトカゲの姿に、絶し続ける。

「シヴラトぉぉっ！　生ける化石がぁぁぁっ！！」

「っ、ジークさん、ジークさんっ、リンケ先生をっ」

「はい！」

まるで相手が我が子であるように、のたうち回る巨大な魔に駆け寄ろうとするリンケを、ジークが羽い絞めにして引きずり戻す。

目の前の慘狀を眺める、魔王は濡れた右手を舐めていた。

「あぁ・・・まったく、ここは良い場所だ。たまに寢込みを襲ってくる雑魚どもがなかなか愉快」

奇怪な雙眸をぎらつかせ、悅にる。

「あれ、たぶん逃げたほうがいいやつだ」

クルツはアニエスのローブを引っ張る。

「逃げましょう。興してる時のあいつはマジでやばいんです。討伐の人たちもめっちゃ殺されかけてました」

そこまで言われ、逃げずに渉を続ける勇気は、どんなに振り絞ってもアニエスの中には元より存在しない。

そもそも、魔王がただの休暇中の魔人で、森の魔が彼に付き従っているわけではないと判明した以上、何を渉すれば良いのかわからなくなっていた。

（また一から考え直さなきゃ）

しかし、どうしろと言うのか。

放心狀態のリンケを引きずって森を出しながら、アニエスは頭が痛くなった。

◆◇

疲労を抱え、アニエスらがやっと館に戻れたのは晝下がりのことである。

門前で待ち構えていたニーナへの対応は一旦ジークに任せ、アニエスは汚れた服を著替えるため階段を上る。

安全のため、いまだ寢る時はエントランスで男とも雑魚寢だが、さすがに著替えは別室である。

おそらく領主の部屋として使われていたと思われる二階の奧の一室を、ルーが懸命に掃除して、壊れた屋をジークが直し、アニエス専用として整えてくれていた。あとはベッドが屆けばその部屋で眠れる。

「お帰りなさいませアニエス様っ」

階段を上る途中で、ルーに下から聲を掛けられた。出かける時はクルツを羨ましそうに見ていた彼だが、今はどこか楽しげだ。何かの作業をしていたのか、腕を捲っている。

「お怪我などはされてませんか？」

「はい。ルーさんも留守番ご苦労様でした。何もありませんでしたか？」

念のため尋ねれば、ルーは元気に「はい！」と答えた。

「アニエス様、お著替えされますよね？　先程湯を張っておきましたので、よければおりください」

これにはアニエスも驚く。

一階のゲストルームを抜けた奧の部屋に、浴槽が置いてある。キッチンで湯を沸かし、それをいちいち浴槽にれなければならないため、基本的に風呂というものは使用人のいる家にしかない。

よほどの風呂好きでなければ、毎日湯舟に浸かる習慣もスヴァニルにはない。髪だけ洗面で洗ったり、を拭いたりするのが一般的である。

「ルーさん一人で湯を張ったんですか？」

「ええ。こう見えてわたし力持ちですから。クルツなんかよりも役立ちますよっ」

ふん、と吹き出す得意げな鼻息が見えそうだった。地味に気にしていたらしい。

「そんな・・・大変だったでしょう。わざわざすみません」

「このくらい、なんてことないですよ。さあ、冷めないうちにどうぞ。ただいまタオルとお著替えを持って參りますね」

「あ、いえ、著替えは自分で持って來ます」

會ったばかりの他人に、下著などをられることがアニエスは慣れなかった。とはいえ、洗濯はルーに頼むことになるため、無駄な抵抗ではある。

ともあれ、アニエスは著替えを取りに二階の部屋へ行く。夜は雑魚寢ということもあり、この館で夜著を著ることはまだない。いずれも黒い外出著を適當に見繕い、風呂場へ向かう。

（お風呂は久しぶりだなあ）

ゆっくり浸かれる湯舟は嫌いではない。

リラックスして今後のことを改めて考えようと計畫し、補修中のゲストルームを抜け、奧の廊下に繋がる扉を開けた途端、耳をつんざく悲鳴が響いた。

「っ、！」

ルーの聲である。廊下の奧、開け放たれた扉のほうから聞こえる。

なぜか森での景が脳裏をよぎり、アニエスは弾かれたように走った。同時に、ルーが廊下に飛び出してくる。

「アニエス様ぁっ！」

半泣きのが腕に縋りつく。

何があったのかを聞く前に、扉の向こうからもう一人、湯気とともに現れた。

「・・・っ！」

アニエスは、今度も悲鳴を上げられなかった。

目の前に全の男がいる。

長。淺黒い。若い。焦げ茶の短髪。元や腕を這う大きな刺青。全濡れて、床に水溜まりができている。

視覚報は、とにかく異常事態であることだけをアニエスに告げていた。

（ルーさん・・・ルーさんだけは）

かろうじて、回った頭でのことを思う。せめて彼だけは逃がしたい。

そのを盾とするため、アニエスは勇気を振り絞って踏みとどまった。

「よぉアニエス」

すると、男が気さくに片手を挙げた。

（・・・え？）

唐突に、名を呼ばれたことにアニエスは困する。その間に男は大で迫り來て、ルーが金切り聲を上げた。

「風呂ありがとな。おかげで一年分の垢がいっぺんに落とせた。ついでにタオルも貸してくれないか？」

わけがわからぬまま、男は勝手に喋っている。

不意に、アニエスは何か懐かしい覚を抱いた。

近づいたことで見えた黃の瞳。そのに刻まれている刺青は、アニエスのに描かれた紋章と似ている。

というより、紋章だ。紛れもなく。

アニエスは、信じられないものを見る思いで男を見上げた。

「・・・ファルコ兄様、ですか？」

男は、くしゃりと笑った。

「おう。元気か？」