《アナグマ姫の辺境領修復記》16.作戦會議

「いいかあ? よく聞けよ」

ローレン領との境にある、見張り塔に集まった人々へファルコが言う。

周囲にあるぶれは、留守番のルーとグスタを除いた館の面々と、午前中の仕事を終えたディノらエインタート領民の男たち。機を片付け、皆、分厚いになり床に座り込んでいる。

この場をセッティングしたアニエスは、今はファルコの隣に正座し、兄の進行を黙って見ていた。

「《鬼ごっこ》ってのは、異界の子供らの遊びでな。要は追いかけっこだ。《鬼》と呼ばれる追いかける者を一人決めて、他の者は鬼に捕まらないよう逃げる。時間に逃げ切った者が勝ちで、鬼は全員捕まえれば勝ちだ」

「では、魔王を鬼として、我々が誰か一人でも逃げ切れば勝ち、という勝負ですか?」

の後方に立つジークが、わざわざ挙手して尋ねる。

ファルコは首を橫に振った。

「逆だ。俺たち全員が鬼となり、魔王を捕まえる」

場がざわめく。

化けを追うか、追われるか。ただの人間にとってどちらが怖いかと言えば、さしたる違いはないのかもしれない。

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「大丈夫、鬼ごっこはれるだけで捕まえたことになるんだ。これだけの手があれば、勝てる見込みは高いぞ」

「お言葉ですがファルコ様。魔王は飛びますよ?」

続いてリンケが、ジークにならって挙手後に発言する。

「空をどこまでも飛ばれては、いくら手があっても無意味です。仮に飛行を止させられたとしても、彼に近づくのは容易でない。今度こそ誰かしら死ぬかもしれませんよ」

周りの善良な民を脅す目的ではなく、リンケはただ事実のみを述べている。

だが、「大丈夫」とファルコの態度は揺るがなかった。

「ハンデとして、魔王には攻撃を止した。じゃなきゃ、あいつが有利過ぎるだろ。ただし飛行止は言ってない、が、そっちも大丈夫だ。もう一つルールがある」

ガーゼを當てている鼻の前に一本、指を立てる。

「俺たちの勝利條件は魔王を捕まえること。で、魔王側の勝利條件は、俺たちの《寶》を奪うことにした」

「寶とは?」

「いや、的に何にするかは、まだ決めてないんだけどな。勝利條件を地上に置いておけば、魔王は空をどこまでも逃げ続けたりはしないだろ? あいつも逃げ回るだけじゃ楽しめないだろうしな」

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つまり、魔王は追手にれられず、なおかつ誰も傷つけずに、寶を奪わなければ勝てない。非常に人間側に有利であり、魔王側には極めてスリルの多いゲームとなるのだった。

先方はよく了承したものである。アニエスは今更ながら不思議な心持ちとなった。

(よっぽど退屈だったんだろうか)

靜かな森に一人眠る、異形の姿が頭に浮かぶ。

(彼はなぜ、あそこにいるのだろう)

しかし今、思いに耽っている暇はない。余計な思考を隅へ追いやり、アニエスは會議に集中する。

今度は領民代表のディノが、挙手をしていた。

「その勝負に勝てば、本當に領地の魔を全部、魔王が森へ連れ帰ってくれるんですか?」

「ああ。そして魔が人里へ出て來ないようにしてくれる。だが負ければ、俺たちはアニエスを差し出すことになる」

(あ、言った)

アニエスはなんとなく、それは言わないのではないかと思っていた。余計な心配をさせることになるからだ。

案の定、場にいる全員がぎょっとしてアニエスに注目した。當人はなんとも、気まずかった。

「・・・負ければ従うことを換條件として、勝負をけてもらいました」

兄の軽いノリでそういうことになってしまった経緯は伏せ、結論だけを知らしめる。

「そんな無茶な!」

特に年配の領民たちは慌てふためいた。

彼らは《お嬢様》の娘であるアニエスを、半ば己の娘を見るように見ているのである。

「あなたがそこまでしなくてもっ――」

「するぞ」

領民の言を遮り、ファルコはアニエスの頭に手を置く。

「アニエスはお前たちの主だ。勝負に負けた総大將が首を取られるのは必定。――いいか? 魔王にとっては遊びでも、俺たちにとってこれは戦だ」

いつの間にか、ファルコの表からはふざけた気が消えている。アニエスは兄の真剣な橫顔に、目を奪われた。

王弟の鋭い眼差しを向けられた人々は、息を呑む。

ファルコはそんな一人一人を見つめ――にっ、と笑った。

「さあ考えるぞ! 主を化けに渡さず、己らの住処を取り戻す! 全員、持てる限りの知恵を出せ!」

ぱん、とファルコが手のひらを叩いた勢いに引っ張られ、皆、を乗り出した。

「――寶という囮があるなら、それを中心に作戦を組めますね」

ジークの言が発句となり、立場を問わずそれぞれが考えを口にする。

「おびき寄せたところを全員でかかればいいな。ほんの指先でもればいいんだろ?」

「そうだが、相手が飛ぶならそう単純な話にもならんだろ。空からまっすぐ寶に向かって來たらどうする。ハヤブサみたいによ」

「いや、作戦の前にそもそもだ。魔王ってのは、どんなもんなんだ?」

「では、まず私から説明をいたしましょうか」

ファルコやアニエスが特に進行役をしなくとも、自主的に會議が進んでいく。

(相手は魔王だというのに・・・)

今朝、突然招集をかけたにもかかわらず、領民たちは自分が作戦に加わることに疑問を呈さない。

(彼らに協力してもらって、本當にいいんだろうか)

勝つために人手がいるのは確かだ。しかし、魔人がどこまでルールを順守するか定かではない。死の危険は変わらずある。

たちから領地を取り戻さなければならないが、そのために領民たちを危険に曬すことが、果たして正しいのか。

兄に言われるままにこの場を設けたが、それで間違っていないのか。

アニエスは自問し、目を伏せる。

「見ろ、アニエス」

すると、急に首へ腕を回され、ファルコが小聲で耳元に囁いた。アニエスは勢を崩されながら、兄の指す先を見やる

「よーく見ろ。誰が何を言ってる? あいつは何ができるって? 話を回してる奴はどれだ? 皆、誰の話をよく聞いてる? 中でも一番慕われてる奴は、わかるか?」

矢継ぎ早に言われ、アニエスは混した。

「どういう、ことですか?」

「ちゃんと知っとけってことだ。領民を使って、領民を守るのがお前の仕事だろ?」

その時、アニエスは頬を叩かれたような心地がした。

「っ・・・で、ですが、彼らを使って本當に良いのでしょうか。外から兵を募ったほうが良いのでは」

「お前がそうしたいなら、いいけどな。たぶん兵が集まるまで魔人は待たないぞ。それに、ここにいるのより頼もしい奴は來ない。ほら、よく見ろ。こいつらの逞しさを」

ファルコが言うのは、日々の農作業で培われた領民たちの、太い骨とで形されたつきである。

「覚えとけ? 農民は最強の人種だ。奴らは山野を切り開き、家も畑も何もかも自らの手で作り上げるんだぞ」

兄の口調は晴れ晴れしかった。

心からの尊敬が、込められていることがわかる。

(・・・もしかしてファルコ兄様の狙いは、魔を森へ追い払うことだけでは、ない?)

わざとアニエスのを贄(にえ)として、伯爵家を慕う領民たちを焚きつけた。そしてその様を、一人で問題を片付けようとしていたアニエスへ見せつける。

憶測に過ぎないが、兄の本當の目的はそこにある気がした。

「――あ、ところで、そいつは領民じゃないよな?」

ふと、表を変え、兄が指したのはアニエスの隣にいる人である。

本當ははじめに紹介せねばならなかったのだが、ファルコがさっさと話を始めてしまったことで、その人の中でじっと待つ羽目になっていたのだった。

「はい、あの、こちらはラルス・ローレン公爵で」

「はじめまして」

大聲でわされる作戦會議の中、耳聡くアニエスの聲を聞き取り、ラルスはにこやかにファルコへ挨拶した。

ファルコはアニエスの首に腕を回したまま、その頭の上に顎を乗せている。アニエスにとっては頭頂が痛い勢だ。

「なんで公爵を呼んだんだ?」

「お呼びしたつもりはなかったのですが・・・」

「アニエス様にお手紙をいただいたのですよ」

ラルスは懐から、それを取り出す。

ローレン領にいる領民たちを見張り塔へ集めたり、魔王と勝負をするにあたり、アニエスは念のため隣にも事を知らせるべきかと思っただけで、手紙の中に公爵を呼び出す単語一つすら書いた覚えはない。

にもかかわらず、なぜかラルスは供を連れて塔へやって來たのだ。

「何やら騒なことが起きるようでしたので、私も微力ながらお力添えをと思い、參上いたしました。ぜひ、アニエス様の玉を私にもお守りさせてください」

「おー、そういうことなら大歓迎だ」

ファルコは両手を広げ、態度でもその思いを示す。

そしてアニエスの場所とれ替わり、気さくにラルスの肩を叩いた。

「公爵家の兵を使ってもいいってことだよな?」

「存分にどうぞ」

「助かる。無事に勝った暁にはささやかだが、俺から禮をしよう」

「いえいえファルコ様はお気になさらず」

ラルスにちらと視線を送られたアニエスは、苦を飲み込んだような面持ちとなる。

なるべく隣人の手は借りたくなかったが、背に腹かえられぬ時もある。

(とにかく、勝たなければいけないのだから)

領民も、兄も、公爵も、さらには己自のことも。

利用できるものを利用して、アニエスは最初の関門へ挑むことにした。

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