「だから、頑張って」

俯(うつむ)いたまま黙り込む芙は、ちらりと顔を上げ、見合った都子(みやこ)の瞳から視線を逸らすように「ありがとう」と頷(うなず)いた。

彼に、父親に、本當に謝している。

十六年前の冬、ダムでの戦いで佐倉町子(さくらまちこ)が死んで、眠りに付いたはずの魂が、有村芙(ありむらふみ)として蘇った。

町子の記憶は、全てある。だから、この人を何度も悲しませてしまった。

――「私は、魔法使いなの！　私のママは貴じゃない！」

記憶が混同して、小さい芙は都子にをそのまま投げつけた。二人で泣いた日が何度もあったが、都子はいつも芙を突き離さずに言葉をけ止めてくれた。

「ありがとうね、お母さん」

もう一度謝を伝えると、都子も「ありがとう」と芙の頭をグシャグシャにでた。

☆

かつて、日本には一人の大魔がいた。

自らが持つあまりにも大きな力に苦しんだ彼は、五つの魂にその力を吹き込み、五人の魔法使いを誕生させた。けれど、五人は後にその力を放棄し、力を大魔へ戻す選択をする。

大魔は窮(きゅう)した。力を一人で抱える苦しみを再び負うことを拒み、五つの力を別の人間へと託す。

その一人が佐倉町子だ。

偶然大魔に會い魔法になった町子は、他の仲間と出會い、をする。

魔法を喰らうという魔翔との戦いは、新しい五人の魔法使いには弱すぎる敵だった。

しかしある日、仲間の一人である年・桐崎類(きりさきるい)が「魔法使いを辭めたい」と言い出したことをきっかけに、仲間に亀裂が生じる。

彼はあの雪の日に、ダムの側にあるという大魔の祠(ほこら)を目指した。彼を殺して魔法の力を放棄するためだ。

けれど、大魔の死は世界の災いを引き起こすと言われている。

類の行に気付いた町子が彼を追ったが、命を落とす結果になってしまった。

それが何故、芙として生まれ変わったのか。あの時どうして類と戦わねばならなかったのか。

答えが分からないまま、芙は町子が死んだ歳まで長していた。

そして答えを求めて、ここに帰ってきたのだ。

☆

都子を送り、芙は寮へと戻る。

昇降口側の校門を抜け、道の向かいに建てられた三階建ての學生寮は、町子が居た十六年前にはなかったものだ。

郡部からの生徒も多く、當時は民間の下宿にっている生徒が多かったが、建の老朽化などからのけれ側の小もあり、保護者會が學校へ要して建てられることになったらしい。

芙にとっては願ったり葉ったり。レンガ風に建てられたお灑落な外観は古い洋館を思わせるもので、山の風景によく映えていた。

割り當てられた三階の部屋に行くと、消していったはずの明かりが扉の隙間かられていた。

二人部屋のルームメイト。同じクラスのはずだが、まだきちんと挨拶をしていない。

芙は都子にでられた髪を手櫛(てぐし)で直し、「よし」とドアをノックした。

「はいっ」と、し張気味の聲がして、バタバタと足音が近付いて來る。芙が名乗るのを待たずに扉が開かれ、中から飛び出してきたのは、くりくりとした大きな瞳が印象的な背の低いだった。

両耳の下で結ばれた髪が勢い余って元で揺れている。

淡いピンクのワンピース姿は、小さくまとめられた可さに拍車をかけていた。

彼は、芙をルームメイトと認識してか、「お帰りなさい」と笑顔を見せる。

「ただいま」とぎこちなく返事して、芙は通されるまま中へる。居場所に困って、とりあえず対面に置かれたベッドの一方に腰を下ろした。