小學校の名前が分かると、そこまでの移は簡単だった。

ターミナルの案所で路線を聞き、すぐにやってきたバスに乗ると十五分程で最寄のバス停につく。國道から電車の高架を潛り抜けると、すぐに小學校があった。

プール脇に並んだ桜の蕾がしほころんで白い花を見せている。

この風景をきちんと覚えているわけではないが、足がこっちだよと言わんばかりに芙をそこに運んでくれる。

通り沿いの小さな喫茶店。白い壁に格子窓の扉、建の周りには、ケーキをデコレーションするようにとりどりの花が植えられている。

「ここだ」

ふわりと蘇ってきた記憶が一致する。

店から漂うコーヒーの香。扉に提げられたＯＰＥＮの文字に心臓が高鳴った。

カランカラン――扉を開けると、上に付いた鐘が高い音で芙(ふみ)の店を店主に伝えた。

「いらっしゃいませ」

ふいに蘇ったダンディなマスターの聲を待つが、聞こえてきたのはの聲だ。

十六年前の記憶――粟津咲(あわづさき)というは、町子より一つ年下で、まだ中學生だった。ショートカットでスポーツが得意で、赤縁の眼鏡が印象的で。

魔法をるのが優秀だった彼に、町子は々コツを教えてもらったものだ。

十六年経って、髪がびて大人になって。けれど、赤縁の眼鏡は健在で。

「咲ちゃん……」

カウンターに立つの顔を確認して、芙は再び流れ出ようとする涙を必死に抑えた。

間違いなく本人だった。突然泣き出した客を前に、彼は慌ててカウンターのボックスからおしぼりを取り出して袋を破ると、バタバタと熱を払って差し出す。

「どうしたの？　大丈夫かい？」

他に客がいなかったのが幸いだ。芙はほんのり溫かいおしぼりを強く目に當てて、もう一度彼を見やる。

「咲ちゃん」

「えっと……會った事、あったっけ？」

咲は眉をひそめて首を捻(ひね)る。芙として會ったことがないのだから、記憶にないのは當たり前だ。止めた涙が溢れそうで、芙は「ごめんなさい」と聲に強く力を込めた。

「町子なの！　私……」

言い切って恐する芙に、咲は「えっ」と組んでいた手を解き、呆然と立ちつくしてしまう。大きく開かれた瞳で何度も瞬きする彼に芙は、

「佐倉町子が……生まれ変わったんだよ」

説明する聲が上ずってしまう。全を駆け巡る衝を抑えるので一杯だった。芙になって初めて、誰かに打ち明ける言葉だ。

「何……だって？」

「ずっと連絡できなくて、ごめんなさい」

「町子が生まれ変わった、って。本當、なのかい？」

戸いを混ぜた問い掛けに「うん」と答えると、次の瞬間芙は咲の腕に強く抱き締められていた。

「良かった……本當に。町子」

ふんわりとした甘い匂いとれたの溫かさに抑えていたものが弾けて、芙はしだけ背の高い彼の肩をいっぱい濡らしてしまった。

たくさん泣いてようやく落ち著くと、咲がミルクのいっぱいった甘いカフェオレを出してくれた。表面に浮かんだ三つのマシュマロがゆったりと熱に溶けていく。

「十年前に爺さんが死んじゃってね、私が継いだの。これでも結構繁盛してるんだよ」

そうを張る咲の橫にあるコーヒー豆の棚には、鉛筆でカラフルに描かれた手書きのポップがられていた。

テーブルごとに置かれた一挿しの花や、レースのカフェカーテン、木の臺紙にられた手作りのメニュー表。それらの一つ一つが絵本から飛び出してきたようで、昔のシックな店とは大分印象が変わってしまったが、店全が咲を表しているようで、泣いていた事も忘れてつい和んでしまう。

これから三時を迎えようとしているのに、咲は外に立て掛けてあった二つ折りの黒板を中にれ、さっさとドアの外にCLOSEの札を提げてしまった。

「ごめんね、突然來ちゃったのに」

「いいんだよ。だって、十六年振りだろ？　でもまさか死んで生まれ変われるなんて思ってもいなかったね。大魔は何も言ってなかったよなぁ」

芙の向かいで、貓のイラストがったマグカップのコーヒーを飲みながら、咲は自分の眉間をグイグイと押した。

「うん。私も自分が町子とは別人に生まれ変わったって理解できたのは、小學校にってからだよ。本當はもっと早く來たかったんだけど。私が町子だって、信じてくれる？」

「……そうだね、ただの友人や家族なら多分信じないと思う。でも、違うだろ？　想定外の事が起こるのは、私たちにとっちゃ普通なんだ。だから驚いたけど否定はしない」

「咲ちゃん……」

「鈍(どん)くさくて、泣き蟲で、でも行力は人一倍で――ね？　町子そのままだろ？」

否定はできないが、そんな風に思われていたのがしショックだ。けれど、力を失って記憶しかない自分をすんなりけれてくれた事が嬉しくてたまらない。

「會いにきて良かった。本當に、みんなに會いたかったよ」

芙の頭をで、咲は「そうか」と苦笑する。

「弘人に會いに來たんだね」

年下でありながら面倒見の良かった咲には、芙の気持ちなんてバレバレだ。

照れ臭さに視線を落とし、芙は深く頷いた。