した魔法~生まれ変わった魔法が、15年ぶりに仲間と再會する~》10 杖の行方

咲は「來たね」と呟き、腕の幅いっぱいに杖でぐるりと円を描く。

空中になぞられた金の魔法陣。に當てられた店の風景が、白一のがらんとした空間に一変する。

魔翔(ましょう)と咲(さき)の戦場。

そこに、芙もいた。

久々に目にした魔翔は黒い狼のような風貌で、四肢を地面に立てて咲を威嚇(いかく)する。

魔翔は目がない。けれどこの魔翔はそれがあるべき場所が窪(くぼ)んでいて、顔があるように見える。

怯える芙を一瞥して、咲は眉をひそめた。

「力はないんだろう? 魂で引っ張られたのか? こいつは飛び掛かってくるから気をつけるんだよ」

黒い狼と対峙(たいじ)する咲。お互い睨み合っているが、咲は面倒そうに溜息をつくだけで怖がる様子はない。

魔翔にはいくつかのパターンがあるが、町子はこの狼型に會った事がなかった。しかも、記憶の奴等とは決定的に異なることがある。

「魔翔って、こんなに大きかったっけ?」

「魔法を喰らうからね。こっちの力が大きくなると、こいつらもえてくるみたい。最近はこんなのばっかりだよ」

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確かに、町子が初めて魔法になって一番最初に倒した魔翔は、蜂のような極々小さな飛行形態だった。

「それだけ私も強くなったんだよ。毎回思うけどさぁ、アンタたち、口だけはでかいよね」

挑発する咲の聲に、魔翔がキィと鳴く。形はそれぞれだが、どれも聲は同じだ。

「さぁて、いこうかね」

もう一度、咲が杖を回す。今度は小さい魔法陣。

空中に描かれた、ゆっくりと回転する文字は、地の魔である彼特有の金で、芙が綺麗だと改めて見惚れてしまうほどだ。

魔法陣から抜ける金の矢が魔翔を狙う。

後ろ腳で地面を蹴った狼は、を避けて飛び上がる。裂けるような口角から、白い煙が唾のように散った。

高揚するように「キィキィ」と何度もばれるその聲に、咲は「五月蝿(うるさ)いよ」と吐いて、今度は三辺のを描く。

の前に浮かんだ黒い正三角形の周りには、金の文字が並んだ。

円以外の魔法陣は、町子が初めて目にするものだ。

咲に喰らい掛かる魔翔。

「危ない」とんだ芙の聲に重なり、バンと大きい衝撃音が鳴る三角形に弾かれて、魔翔のが地面に転げた。

何もできないまま芙は咲の後ろで安堵し、荒い呼吸を繰り返していた。

魔翔の姿に恐怖をじる。こんなこと町子にはなかった。彼は自分の力に自信を持っていたから。

力のない事が、こんなにも怖い事だったのだろうか。が戦闘への拒否反応を示している。の前で握り締めた拳が、小刻みに震えていた。

「さようなら」

立ち上がろうとする魔翔に杖を突きつけ、咲は薄く微笑んだ。

くるくると細く回る杖の先端から文字を映したが走り、魔翔の腹を貫いた。

キィと斷末魔を響かせ、橫たわった黒いが空間へ溶ける。

「もう、雑魚なんだから」

咲は芙を振り返り、「大丈夫?」と気遣った。白かった異次元に喫茶店の風景が滲み、二人は元の店へ帰還した。

店に戦闘の跡はなく、何事もなかったように窓の外から住宅街の音が流れ込んでくる。

急に力が抜けて、芙は床にぺたりとへたり込んだ。い床がひんやりと冷たい。

「私は平気だよ。それより強いね、咲ちゃんは」

「どうしたの? 町子だって強かっただろ」

「町子は、そうだったけど……今は、こ、怖かったよ」

正直な想に、咲は杖をしまい芙の前に手を差しべた。

はゆっくりと立ち上がり、促されるまま窓際の席へ戻る。咲は放置されていたカップを引き上げ、カウンターのサイフォンから再びカフェオレを淹れ直してくれた。

「ありがとう」

「気にしないで。久しぶりなんだから仕方ないよ」

湯気の立つ貓のマグカップを口に運び、咲は「そうだね」と視線を落とす。

「今のは慣れてるから平気だったけど、初めて遭遇する形だとやっぱり焦るよ。危ないと思ったことは何度もある。もし戦闘で命を落としたら――私も生まれ変われるのかな」

「咲ちゃん……」

「でも町子……って、今は芙か」

思いたったように咲は芙に視線を合わせた。真っ直ぐに向けられた赤いフレームの奧の瞳に、芙く息を飲み込む。

「記憶があって魔翔が見えるなら、何かのきっかけで力が戻る可能があるかもしれないよ。一応、頭にれといたほうがいいかも」

「魔法使いに……戻れるのかな」

魔翔を目の前にして、何もできない自分が悔しくてたまらなかった。ただの人間は、こんなにも弱いものなのだろうか。

「戻りたいの?」

「……うん」と素直に返事して、芙はカフェオレをすすった。スプーンですくったマシュマロを口に運ぶと、熱でフワフワと溶けていく。

「そっか。じゃあまずは杖がしいよね。私もこれがないと何もできないし」

再び抜かれた杖を芙は両手にけ取って、久しぶりの張を走らせる。

ペンより若干太い木製で、先端が細くなっている。町子や他の仲間もみんな同じ形狀だ。

魔法の杖とは言うが、事を知らない人が見たらただの棒切れにしか見えないだろう。

「町子や類が発見された場所に行ってみたんだけど、どっちも見つからなかったんだよ」

「探してくれたの? 私、迷かけてばっかりだね」

「いいんだよ。それより、振ってみる?」

笑顔で頷く咲の提案に、もしかしてと期待を込める。

は「いいの?」と急いで椅子を下り通路に立つと、店の中央に向いて構えた。

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