《した魔法~生まれ変わった魔法が、15年ぶりに仲間と再會する~》16 告知
のんびりとした朝のメロディに布団の余韻を楽しんでいると、突然「芙ちゃん」「起きて」「起きなさい!」と段階を踏んだ命令口調が飛んでくる。
締めはメグが布団を引っぺがすという一連の流れは、學一週間で既にこの部屋の恒例行事となっていた。
小さいのどこから出るのかと疑問に思ってしまうメグの聲量に飛び起きつつも、芙は開ききらない目でよろりと洗面臺に移し、多めの歯磨きをつけて歯を磨いた。
よくよく聞いた報では、メロディを奏でる卒業生は町子と同じクラスだった男子らしい。そういえば子を出し抜いて選ばれた合唱祭のピアノ伴奏は圧巻だった。
「でも、こんな曲じゃ起きれないよ」と歯ブラシを咥(くわ)えながら小聲で愚癡り、芙はガラガラと豪快なうがいで締めた。
弘人への心に終止符が打たれ、一人きりになってしまった土曜の夜は流石にベッドで泣いてしまったが、昨日メグが帰ってきて夜遅くまで実家の大家族の話を聞いているうちに、咲の喫茶店での出來事が町子の記憶であるかのように遠くじてしまった。
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現実味が薄れて、けれど葉わなかったの痛みはまだ引いてくれない。
芙がぼんやりとしたテンションついでに、
「私、この間言ってた男の人にフラれたんだ」
と前置きなしに報告すると、メグが相を変えて「ええっ」とシャツのボタンも半分しか留めないままで芙に駆け寄ってきた。
「それ、本當なの? 土曜日? やっぱりこっちの人だったんだ」
「――うん。でもいいの。分かってたことなんだ」
しずつ、しずつでいいから、自分がそれをけ止めていかなければならないと、メグに伝えた言葉は自分への決意表明だ。
パジャマのズボンに制服のシャツという中途半端な格好で、「芙ちゃん……」とメグは目を潤ませ、そっと芙を橫から抱き締めた。
「大丈夫だよ。折角共學なんだから、私もメグみたいに気持ちを改めて彼氏を見つけるよ」
失の痛みを抱えているのは、メグも同じだ。きっともっと好きな人に出會えたら、この気持ちも思い出になるだろうから。
「そ、そうだよ! 頑張ろう、芙ちゃん。來週は寮の新生歓迎會があるらしいよ!」
パッとを離したメグが聲を弾ませる。
「歓迎會? パーティみたいなもの?」
芙の脳裏にパッと浮かんだパーティの図は、大きな會場を貸切って行われる有村興業主催のきらびやかで堅苦しいものではなく、咲の喫茶店での鍋パーティや先日のすき焼きパーティだった。
大勢でわいわいゲームでもすれば、そりゃあ楽しくて何か新しい気持ちが芽生えるかもしれない。
「うん、私、頑張るよ」
ガッツポーズで意気込む芙を、メグは「頑張ろう」と勵まして鏡を覗きこむ。
「とりあえず、新しいを始めるためにも、その寢癖とクマをどうにかしようか」
と、自前のスプレーとブラシを手に寢不足顔の芙の髪をいじりだした。
彼の手に掛かると、芙のコンプレックスである、うねうねな癖もお灑落なふわふわパーマのようになるから不思議だ。神業と言ってもいい。
そして。
楽しい歓迎パーティを思い描いて盛り上っていた芙を叩き落とすような容の『歓迎會の詳細』が書かれたポスターが食堂にられていた。
「き、肝試し?」
楽しさが一瞬で恐怖に変わった瞬間だった。
炊きたてのご飯と味噌、そして焼き魚。そんな朝の匂いに包まれた食堂は、次から次へと下りてくる寮生たちで混雑していた。いつもは食堂の開放と同時にるのだが、芙の支度に手間取って今日はし遅れてしまった。
今日の髪は高い位置のポニーテールだ。目のクマは大分薄くすることができて、メグはご満悅である。
「うわ楽しそう!」と隣で目を輝かせるメグを疑って、芙はもう一度詳細に目をやる。
日時は週末の金曜日七時半から。
場所は南校舎から育館まで。肝試し、とだけ書かれていて容は當日発表らしい。
「あれ、芙ちゃんこういうの苦手?」
メグに聞かれて、芙は「うん」と力なく答える。
「メグは暗いとこ怖くないの?」
「慣れちゃってるのかな、うちの実家って後ろがお墓だしね」
「そうなの? 凄いね。私は無理だよ。近くに墓地なんてなかったもん」
芙の泣き言に肩を叩き、メグは「まぁしょうがないよ」とポスターの下を指差す。丸文字で書かれた『強制參加!』という文字が、赤のアンダーラインで強調されている。
「ここで、上級生には逆らえない!」
ビシリと人差し指を立てたメグが、背後の気配にくるりと首を回した。
「祐くん! おはよう」
芙には一瞬誰のことか分からなかった。彼が笑顔いっぱいで挨拶した相手は、陸上の推薦で県外から來た、クラスメイトの野村祐(ゆう)だ。
同じくクラスメイトで彼のルームメイトの修司と連れ立ってやってきた。
「おはよう」とまだ眠そうな目でぼんやりとポスターを見上げるが、祐は「ふうん」と呟いただけだった。修司といい二人とも口數がないほうなので、部屋は靜かそうだ。
「熊谷くんも、おはよう」
「おはよう。えっと……」
「森山、め、ぐ、み、です」
機転を利かせて先に名乗るメグ。一音一音にの子らしさがこめられていて、流石だと心してしまう。
「あぁ、ごめん。おはよう、森山さん――と、有村さん」
おまけのように名前を呼ばれ、芙は驚いて肩を震わせた。
流石に単で名乗っただけの効果はあるようだ。込み上げてくる記憶に恥ずかしさを抑えながら、「お、おはよう」と挨拶すると、修司は芙の目元をまじまじと見つめ、ふっと鼻を鳴らした。
「また泣いてたのか」
「ち、違うの!」と聲を上げて否定する芙に、メグはこっそりと耳打ちしてくる。
「ちょっと芙ちゃん! いつの間に仲良くなったの?」
「そうじゃないの。えっと……」
もう一度、三人相手に否定して、芙は修司に訴えた。
「これは、ただの寢不足なの」
「そうなんだ」とあっさりと答え、修司はポスターを橫目に、
「せいぜい、腰抜かして泣かないように」
からかうように笑って、修司は祐と共に配膳の列へ行ってしまう。
「彼って喋るんだね。ニヒルなだけだと思ってたのに」
意外だというメグを振り向いて、芙はドキリとした。説明を求める視線がにこやかにこちらを見ている。
「偶然會っただけなんだよ。この間、駅前行った時にちょっとだけ」
「そう――」と、メグは何か言いたげな表を浮かべ、遠くに行ってしまった祐を目で追って「わかった」とそれだけ答える。
そういえば、メグの心が何となく祐に向いているのが分かった。彼の視線が気付くと彼に向いている事が多い。背が高くてスポーツマンの彼には、きっとメグ以外にも同じ想いを抱く子は多そうだが、學直後の今なら競爭率も低そうだ。
がんばれ、と心で応援する。
彼にその聲は屆いていないはずなのに、メグは意味深な笑顔で芙を振り返り、「芙ちゃんも頑張って!」と、勘違いのエールを送ってきた。
もしも変わってしまうなら
第二の詩集です。
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