した魔法~生まれ変わった魔法が、15年ぶりに仲間と再會する~》18 弟

職員室の口には全職員の名前がったプレートが並んでいて、理教師の場所には確かに『佐倉夏樹(さくらなつき)』の名前があった。

口近くの席で食後のお茶を飲んでいた年配の國語教師が、「佐倉先生」は格技場に居ることを教えてくれた。育館二階にある、空手部・道部・剣道部の練習場で、板敷きの向こう半分が畳敷きになっている場所だ。

夏樹が空手部の顧問だと聞かされたのは意外だった。

小さい頃よく近所の子供と喧嘩をしていたが、やり返すことができず、泣いて帰ってくる事が多かったからだ。

靜まり返った晝休みの育館。

階段を半分まで駆け上ったところで、板敷きのスペースに人影を見つけ、芙は足を止めた。あまりにも突然過ぎて心の準備ができていない。

――「お姉ちゃん」

いつも町子を追い掛けていた夏樹。余りに慕ってくる無邪気な姿を鬱陶(うっとう)しく思ったこともあるが、泣いたり笑ったり、ころころ変わる表や仕草が可くてたまらなかった。

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夏樹は今二十六歳。最後に見た十歳の印象が強すぎて、大人の姿を想像することができない。

何度も大きく深呼吸するが、張は募るばかりだ。

けれど。

開け放たれた扉の向こう。白い道著姿の影がこちらを振り向いて、目が合った。

一瞬で彼だと理解すると、芙は解き放たれたように階段を上り、サンダルをぎ捨てて格技場へ駆け込んだ。

「夏樹!」

思わず口にしてしまった彼の名前に、芙は我に返ってを手で押さえた。

「教師に対して呼び捨てとは、良い度だな」

最初の言葉が、そんな叱責だった。

「す、すみません」

確かに無粋な発言だったと謝って、芙は改めて彼が町子の弟・夏樹であることを確認する。

子供の時と様子は大分違うが、さすが姉弟だ。町子の苦手だった低くて丸い鼻が、そのまま彼に付いている。

郭や雰囲気が町子と良く似ているし、メグたちの言う通りまぁまぁのイケメンに育ってくれた――ことは認めるが。その表はあからさまに、芙を邪魔者扱いしている。

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威圧に芙はたじろいで彼から視線を外した。

――「お姉ちゃん」

その記憶が、頭の中で砂嵐のようなフィルターに覆われてしまう。

夏樹相手に怯える自分に納得がいかず、対抗するようにを張った。

自分が町子でないことは重々承知だが、彼の姉であるという意識が強く前に出てしまう。

「一年の癖に、大分好戦的な顔だな。うちの部に來るか? クラスと名前は?」

「部活はまだ考えていません!」

元の青いリボンは一年生の印。壁半分に設置された大きな鏡越しに芙を見る夏樹に、「一年二組、有村芙です」と、數日振りの自己紹介をする。

「あぁ――名古屋から來たお嬢様か」

予測のつく反応だったが、はっきり口にして言われると、やはり嬉しいものではない。

「そう言われるの、嫌いです」

「俺も、生徒に呼び捨てにされるのは好かないな」

夏樹との再會は、芙がずっと描いてきたものとは大分掛け離れていた。憎まれ口を叩かれ、負けられないという闘爭心まで沸いてきてしまう。

ただ、こうやって口喧嘩もよくしたなぁと、昔に帰った気がして、楽しいとも思えた。

「で、何だ――俺に用事か?」

鬱陶しそうに、けれど仕事だからと割り切っているのか、夏樹は芙を向ける。

両手を組んだ仁王立ちの上から目線が芙を苛立たせるが、『可い弟』を頭の隅々から引き出して、その衝は押さえつけた。

彼にずっと會いたいと思っていたのに、何も言葉が浮かばなかった。夏樹は町子の弟だけれど、魔法使いのことは知らない。

故に、名乗り出ることはできない。

話したいことは家族のことだ。町子が死んでからのことは、きっと彼にとって辛い話にしかならないと思うが、々教えてしかった。

「えっと、ご家族は……じゃなくて。先生、一人暮らしなんですか?」

変に悟られないように遠回しに言葉を選ぶが、夏樹は「何でそんなこと聞くんだ」と言わんばかりに、一重瞼を更に細めて眉間に皺を寄せた。

が負けじと強い視線を送ると、疲れた息を吐いて顔を逸らす。

「祖母と二人だが」

「えっ、お婆ちゃん生きてるの?」

飛びつくように聲を上げる芙を、

「ウチの婆さんが生きてて、お前に何の関係があるんだ」

夏樹は怪訝な表で見下ろしてくる。

「だって、お婆ちゃん……元気なの? 會いたい!」

もう會えないと思っていた。十六年前だって、とても元気だったとは言い難い。

會える可能なんてゼロだと勝手に確信していたが、嬉しい誤算だ。

「元気だけど。會いたい、って……」

「おうちに遊びに行ってもいいですか?」

「はぁ? 子高生が教師の家に來る意味が分かるか? 軽率すぎるだろ」

どうしても會いたかった。一目見るだけでもいい。晴れた日の縁側で、一緒にお茶を飲んだ記憶が蘇ってきて、芙は掻き立てられる衝に、強く懇願する。

「じゃあ、家の場所教えてください!」

「だから無理だよ。俺から教職を剝奪したいのか」

「そんなこと言ってません!」

「第一お前、俺に今日初めて會ったんだろ」

それを言われると、急に何も返せなくなってしまう。ここで自分が町子だと言えば――そんな気持ちが起きるのも一瞬で、彼は咲たちとは違うのだと自分に言い聞かせる。

――「ただの友人や家族なら、多分信じてないと思う」

咲の言葉を思い出して、その通りだとを噛んだ。勢いを失くして俯いた芙に夏樹は、「関わるなよ、俺に」と、宥めるように思いを突き返してくる。

これ以上求めても、彼は首を縦に振ってはくれない。諦め切れないけれど、今は従わなければならない気がして、芙は嫌われついでに言おうか悩んでいた言葉を口にする。

「先生のお姉さんの噂聞きました。校舎に亡霊が出る、って」

れられたくないワードなのは百も承知だ。彼の気持ちを掻きすだけなのは分かっているのに、このままただの他人でいたくはなかった。

「ふざけるな! お前、いい加減にしろ!」

夏樹は一瞬で白の顔を紅させ、を吐き出した。

「でも、貴方に伝えなきゃいけないの」

負けられない。逃げちゃいけない。きっと彼はこの噂を気にしているから。

「町子は亡霊になって徘徊なんてしてないから! 私が絶対に保証する!」

自分でも驚くほどの聲を張り上げて、一呼吸で言い切った。

窓が全部閉められているせいで、空気が重く部屋に篭り、芙の呼吸を響かせる。

怒鳴られるかと思ったら、夏樹は戸いの表を浮かべ、芙の腕を強く摑んだ。

「誰だ? お前……」

やっぱり彼は、あの夏樹だ。強がってもやはり町子の死に囚われている。

「バカ夏樹」

囁くように吐いて、芙はその手を振り払った。

勝手に死を選んだ町子が悪い。彼を責める権利などないのだ。

する夏樹から目を逸らし、芙は逃げるように格技場を後にした。

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