した魔法~生まれ変わった魔法が、15年ぶりに仲間と再會する~》36 雪のダム

「お父さん、飛行機一本ずらして貴に會いに行ったのよ」

実家に著いて都子がふふっと笑いながら、そんな話をしてくれた。「もう、ギリギリだったんだから」とご機嫌だ。

駅からバスに乗って十分ほどで、芙の実家のマンションに著いた。

コンシェルジュのいる高級マンション。白で纏(まと)められた無機質なロビーを抜け、十階までエレベーターで昇ると、一番奧の扉が鍵を出すタイミングで開かれた。

「芙の連れて來るヤツを一目見ないと北海道出張になんて行けない、って。結局今日までずっと心配してたんだから」

男子を連れてこなくて本當に良かった、と芙は安堵する。

リビングの橫にある和室に通されて荷を置くと、都子は広げてあった新聞を畳み、スタンバイしていたお茶を淹れてくれた。

の好きな近所の和菓子店の羊羹を組み合わせた、都子の定番おもてなしセットだ。小豆餡と抹茶餡を取り分けて、「どうぞ」と勧める。

都子と咲が挨拶程度の自己紹介をわすと、芙は一口だけお茶を飲んで、正座した膝の上に両手をぎゅっと握りしめた。

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が高校にってからまだ二カ月経っていない家は、カレンダーの柄が変わった程度で引っ越した時のままだ。住み慣れた家は本來ならのんびりできるはずなのに、気が張り詰めているせいで、普段濃い目に淹れる都子のお茶の味でさえ良くわからなかった。

「和弘さんは高校生活を何だと思ってるのかしら。そりゃお勉強は大事だけれど、好きな人に夢中になることだって大事なのにね」

和弘の過保護っぷりには、都子も手を焼いている。

昔から芙を溺している所があり、これでも最近は落ち著いた方なのだ。

は杖の話をいつ切り出そうかとタイミングを見ていたが、「でもね」と表らせ先に話し出したのは都子のほうだった。

「和弘さんも々あって、心配しているのよ――だからある程度は目を瞑ってあげて」

真っすぐ向けられた都子の視線に、芙は息をのんだ。

今回ここに來ることは告げてあったが、杖の話や町子の話は何もしていなかった。だから、彼が先にその話を口にするとは思っていなかったのだ。

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「ダムの話をしにきたんでしょ?」

まさか、という気持ちだけで頭が真っ白になる。咲は何も言わず橫で目を丸くしていた。

ダムと聞いて、思い浮かぶのは一つだ。芙もその話をするためにここに來た。

都子はきつく閉じた瞳を開いて、うつむきがちにあの日の話を語り始める。

「間違っていたら、ごめんなさい。あれは、私がまだ若くて、今の貴くらいの頃よ。和弘さんと付き合ってて、まだ東京に住んでいたの。二人とも金の髪でね」

を授かったことをきっかけに、黒髪にして過去をアルバムに封印した和弘と都子。何度も聞いた思い出話にダムという言葉がったことはない。

「私がね、雪が見たいってわがまま言って、バイクで連れて行ってもらったの。でも、和弘さんってびっくりするくらい方向音癡でしょ? スキー場がある山の方に行きたかったのに、正反対の方向に行っちゃって。それでも雪があったから結果オーライだったんだけど。人気のない山道を走ってたら――ダムに出たの」

町子の記憶と一致する。全がガクガクと震え出すのを必死に堪えようとするが、抑え込むことができず、咲へばした手で掌をぎゅっと握りしめた。

振り向いた咲は聲を出さずに「うん」と頷いて、もう一つの手をその上に重ねる。

「道路が凍結してて、バイクを降りたの。和弘さんがバイクを押しながら二人で歩いて。そしたらダムの坂を下りた向こうに、人影を見つけて」

「…………」

「何かおかしいって、すぐわかった。遠目に見ても人だって分かるのに全然かないし、が見えたから」

「お母さん――」

息が詰まりそうになって芙は反的に聲を出すが、何を話すことも、自分から名乗り出ることもできず、衝で前に出たを引いて、うつむきがちに視線を反らした。

都子は、はあっと息を吐き出して、両手で自分の頬を抑えた。

「ごめんね。ちゃんと話さなきゃね。雪の中、和弘さんに止められたのを振り切って行ったら、の子が倒れていたの。白くて可いフリフリの服を著ているのに、全だらけだった。何があったのかはいまだに分からないけど、私が行った時には、まだ息があったのよ。でも――助けてあげることは出來なかった」

――「死ぬな」

今でもはっきり覚えている聲。

あれは都子の聲だった。彼の口から焦った時に飛び出す、金髪時代の激しい言葉遣い。

涙が溢れる。

ずっと一緒に暮らして來たのに、気付くことができなかった。

咲に差し出されたハンカチで目を覆って、こみ上げる嗚咽を肩へ逃す。

「あの日のことがあるから、和弘さんは貴が心配なのよ。その子の歳に貴が近付いて、重ねちゃうのね。でも、和弘さんはそれ以上のことに気付いてはいないわ。ねぇ――芙、小さい時貴は、いつも自分が魔法使いだって言ってた。自分は自分じゃない、って。もしかして、それは――」

気付いている。都子の推測は正しい。芙は強く瞼をこすり、赤くなった目を起こして「そうだよ」と頷くと、都子は「やっぱり」と穏やかに笑った。

「でも、私は有村芙だよ? お母さんの子供だから」

「そんなの、私が一番よく知ってるわよ。貴の事は、ずっとそうじゃないかって思ってた。こんなことってあるのね。あんな風に死んでしまったあの子のことが、ずっと気になってた。もうし早く気付けたら、助けられたのかもしれないのにって思ってたから――今こうして貴が笑ってくれて、本當に嬉しいよ」

「お母さん――ありがとう」

びしょびしょになった目を拭いて、芙は咲から手を放し、彼の言葉に笑顔で答えた。

都子は咲へと視線を移し、

「貴はあの子の友達だったの?」

「そうです。でも今は、芙ちゃんの友達です」

「そっか。私ってば、もう、超能力みたいね」

自慢げに微笑む都子に、芙は驚きを通して心してしまう。

「娘があの高校へ行きたいって言ったとき、ずっとそうじゃないかって思ってたことが確信に変わったの。咲さん、これからも芙と仲良くしてあげてね」

「もちろんです」と強く返事して、咲は「それと……」と言い難そうに切り出した。

「事件のあった日、他にダムで見た人はいますか?」

「他に? いないわ。あの後近くで男の子のも発見されたんでしょ? 警察にも聞かれたけど、私たちはあのの子以外誰にも會ってないのよ」

「そう――ですか」

類は大魔に會うために、あのダムに行った。けれど結局、誰も彼に會うことができなかったようだ。あの日の死が全部無駄だった気がして、芙はうなだれてため息を零すが、都子は「それより」と立ち上がると、リビングへ退室してすぐに戻ってきた。

軽い鼻歌を鳴らしながら、後ろ手に何かを隠し、意味深な笑みを浮かべている。

「芙、今日の目的はもっと別のことなんじゃないの?」

「えっ。何? 目的って……えええっ?」

は咲と目を合わせ、息をのんだ。まさかここですんなりと魔法の杖が出てくるものではないだろうと半信半疑になりつつ、期待が突然高まった。

「咲ちゃん、そんなわけ、ないよね?」

「そんなに人生うまくはいかないと思う」

そんな會話をする二人を前に、都子は「じゃじゃあああん」と効果音を口で奏でながら、二人の前に手を差し出した。

「出ましたぁ! 魔法使いの杖ぇ!!」

「それぇぇえええっ!!」

の手にしっかりと握りしめられた木の棒に、二人はび聲をあげて立ち上がった。

間違いない。それを探してここまで來たのだ。

正真正銘、町子の杖だ。

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