した魔法~生まれ変わった魔法が、15年ぶりに仲間と再會する~》44 聲

咲は頭上を仰いで、深い溜息をつく。

「このタイミングでやってくれるよ、あいつら」

素早く回転させた杖の先端に、金の魔法陣が現れる。

「行くよ」の聲に重ねてブンと低い音が弾ける。そこにいた五人を殘して風景が消えた。

白い異空間。ここにるのも何度目だろうか。

ただ一の視界は白の闇のようで、芙し怖いと思ってしまう。

けれど、ダムの風景よりはマシだ。

魔翔の気配に構えをとると、三呼吸ほどおいて乾いた音が響いた。

奴らが現れる――一発ではないなと芙は肩を震わせる。

ボンボンボン、と連発する音に続いて、一匹、二匹、三匹と次々に魔翔が姿を現した。

全部同じ形だ。四肢のある獣型のそれはいつも通り黒く、口だけが白く浮かび上がり、白い空間によく映えていた。

咲の所で遭遇した狼型だと思っていたが、鬣や足の長さから馬だろうと予測する。芙にとっては初めての魔翔だ。

「シルエットクイズみたいだね、これは」

咲の口ぶりからすると、彼も初対面なのだろうか。五人のうち、誰の強さに共鳴して現れた魔翔なのかと張が走る。

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「ちょっと多いんじゃないか?」

修司は小聲で言うと、先陣を切って魔法陣を発させた。

魔翔は全部で七だ。五人の正面を半円で覆うように等間隔で並び、蹴りだすタイミングを計っている。

修司が緑の魔法陣に杖の先を突き刺すと、無數のかまいたちが空間をり、鋭い刃となって奴等のを左から順に切りつけていった。

をくねらせ、ギィと高い悲鳴を上げる魔翔。

次に咲と薫が同時に攻撃をかけると、七が素早く勢を立て直し、も矢もかわして五人に向けて突進してきた。

は必死に杖を構えた。

慌てて描いた魔法陣は大きな炎を生み魔翔との間に壁を作ったが、その防はあっけなく突破されてしまい、ほぼ無傷で當たりを掛けられる。

「きゃああっ」

間一髪で避ける仲間の中で、芙だけが一瞬で跳ね飛ばされてしまった。

背中を強打して激痛が走る。しかしそのまま痛いと苦しんでいる暇はない。

いくつもの魔翔の気配と聲が、すぐそこで次の攻撃にろうとしている。

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「芙ちゃんはし離れていて」

る咲の攻撃が、ビームのように左の魔翔から右へと流れるように橫へ走り抜けていく。馬型の魔翔が次々と衝撃に転げるが、致命的なダメージには至らなかった。

キィキィと鳴いてすぐに起き上がってくる。

「だいぶ強いけど、倒せない相手じゃないよね」

「そうね」と薫は褐の魔法陣を描き、七本の矢を一本ずつ発させた。

素早い速さで空間を駆け抜ける矢は重い音を響かせて、きっちり七の魔翔を抜いた。

流石の攻撃だ。やはり彼が一番強いのかもしれない。

床に転げる魔翔に、芙は攻撃を仕掛ける。奴等はおそらく蟲の息だ。

とどめを刺すべく炎を飛ばすが、しかしそれは瀕死の魔翔へのダメージにもならなかった。

どうしてと戸う芙に、修司が「下がってろ!」と走り出て、七目掛けて風のを吹き付けた。それでようやくキィキィと斷末魔を吐きながら、魔翔は空間に消えて行く。

「よっし」とガッツポーズをして、咲が芙を気遣った。咲が自分の杖の先端で芙の背中を小突くと、しだけ痛みが和らぐ。

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「ありがとう、咲ちゃん」

「完全に治したわけじゃないけどね」

咲は攻撃もできるが、それ以外の力も々持っていた。流石、地の魔法使いだと心してしまう一方、芙は自分の非力さに足がすくんだ。

自分は魔法使いのはずなのに、今ここでできることが何もない。

「もういいかい」と咲が空間を元に戻そうとした時、修司が「おい」と聲を上げた。こちらに背を向けた彼の肩越しに弘人の姿が見える。

ブンと音が響いて、向かい合う二人の前に青の魔法陣が現れ、ゆっくりと回転をしていた。

「ちょっと……本気なのかい?」

咲は手を止めて構えをとる。弘人は何も言わないが、何故か嬉しそうに笑っていた。

返事のない無反応な態度が、芙の中にある記憶のシーンと重なった。

あの時の類と同じだ――。

戦いを嫌だと言った彼が、仲間には刃を向けるというのか。

正気でないのは確かだ。彼は魔翔に乗っ取られている。

「駄目だよ弘人、目を覚まして」

は大聲で訴えるが、全く屆いていない様子だ。

「弘人」と薫が呼び掛けながらヒールを鳴らして歩み寄るが、やはり反応はない。弘人の傍らで踵を返し、薫はばした杖の先端を三人に向けて突き出した。

「大魔を呼びなさい。これが最後よ」

「薫もやめて。最後でも呼ばないよ。大魔を殺したら、魔翔がそのを食らって強くなるって言ってた。この世界の危機に私たちの魔法は消えちゃうんだよ?」

「穏便に行こうよ、薫。アンタが弘人をずっと支えてたのは分かってる。コイツの代わりに戦って、一番強くなったしね。さっき沸いたのも、おそらくアンタに沸いたのだよ。私にはちょっと強いなって思ったから。けど仲間同士で戦うための強さじゃないだろう?」

咲は仁王立ちで腕を組んだ。うんうんと頷く芙に、薫は眉をひそめた。

「芙、貴は全然わかってない。町子が死んで、どれだけ弘人が苦しんだかわかる? 魔翔と取引するのは最善ではないかもしれないけど、自ら死を選ぼうとしていた弘人が立ち直れた唯一の手段だったのよ」

「薫……」

「貴だって弘人が好きだったんでしょう? それなのにどうして弘人じゃなくて大魔を守ろうとするのよ」

「そうじゃないよ、薫。芙は一人の魔法使いとして、その役目を果たそうとしてるんだ」

普段あまり話さない薫が、この時とばかりに訴えてくる。咲の言葉には耳も貸そうとせず、憤然とした表で眉の端を鋭く上げていた。

そんな薫を前に、芙は何も言い返すことができなかった。弘人が好きだった筈なのに、気持ちが何一つ彼に勝っていない。それに、ここで修司や咲に背を向けて薫に加勢する気持ちにもなれなかった。

ただ、こんな所で悩んでいても自分の力は全く役に立たない非力なものでしかない現実が芙には一番辛かった。

視線を下げて虛ろになる芙に「コラ」と喝をれて、修司が緑の魔法陣を描いた。

「そうやって意地張り合ってるのは勝手だけど。このままだと弘人は魔翔に見限られるぜ」

「何それ。類がそうだったってこと? 見限られて……類は魔翔に殺されたの?」

類の死が魔翔によるものだということは知っていたが、そんな理由は知らなかった。一瞬靜まり返ったその場所で青い魔法陣が突然強いを放つ。

「うわあっ」と芙は、反的に腕をかざした。水の力を持つ、弘人の魔法陣だ。

彼と戦ったとして、火を力とする芙の攻撃ではダメージを與えることは皆無だろう。

「やめな、弘人! 薫も!」

咲が素早く金の壁を呼び出して攻撃を防いだが、続けて弘人が撃った青いの衝撃は防ぎきることができなかった。芙が両足を踏ん張って堪えると、制服のスカートがバタバタとはためいた。

戦うことを恐れていた弘人が、躊躇いなく攻撃してくる。

町子があの日戦った類のように。

修司や咲に応戦しなければという覚悟はあるのに、手足がすくんで全くかない。自分の力を悲観して、前に出ることができなかった。

弘人と仲間の攻防戦。

たじろいだ一歩後ろで、『強くしてあげようか――』ふとそんな聲が聞こえた。芙は思わず辺りを見回したが、他の四人には聞こえていないようだ。

それらしき姿もなく、「何?」と小さな聲で聞き返すが、返事はない。

の聲だったが、咲や薫の聲とは違う気がした。しかし、そんな聲に首を傾げているのも束の間、弘人の放ったからの衝撃で現実へ引き戻される。

「やめて、弘人!」

もう一波。攻撃を防いで聲を荒げたのは、芙だった。

白を混ぜたような青。さっきダメージをけた背中を丸めてを庇った。

鋭い衝撃が全を突き抜け息を吐いて痛みを逃すが、意識さえままならない。それでも弘人は攻撃の手を緩めようとせず、次々にを飛ばしてくる。

そんな彼の傍らで、薫はの弓を手にしたまま芙たちを見つめていた。ただの傍観者であるかのように攻撃を伺う気配も見せない。

弘人の攻撃は芙たち三人を狙うばかりだ。魔翔と契約していない薫を突別な対象としているのは、弘人の潛在意識なのだろうか。

「こんなの無意味だ。弘人、聞こえるかい? 芙が傷付いてるんだよ」

咲は聲を荒げるが、薄笑いが返って來るばかりだ。諦めたように息を零し、「逃げようか」と大きく魔法陣を描いた。

白いカーテンが溶け落ちるように地面へ下がって、元の風景が現れた。まだ明るかったダムに夜のり混じっている。

「あっ――」と芙がハッと気付いて聲を出す。そこに、弘人と薫の姿はなかった。

「二人は向こうに閉じ込めたよ。ほんのしの時間だけどね。あとで出てくるから大丈夫。もう、こんなんじゃ戦えないよ。今日は一旦逃げるんだ。芙は歩けるかい?」

再度施されたに痛みが緩和して、芙は「ごめんなさい」とを噛んだ。

「いいんだよ。あの二人も、これくらいじゃ諦めないだろうしね」

力する咲に「そうだな」と同意し、修司は車へと二人を促した。

「魔翔だって、まだ弘人を始末しようとはとないだろうしな。心配するなよ」

二人の消えた方向を何度も振り向く芙を気遣って修司が言う。

類だった彼の言葉は強い。芙は「分かった」と素直に従った。

そして最後に芙が車に乗り込もうとした時だった。

『次は、きっと――』

再び聞こえたの聲に芙はダムを振り向くが、やはりそこには誰もいなかった。

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