《幽霊公(プランセス・ファントム)》1-4

今から何百年前の出來事かなど、もう分からないくらい昔の事だ。

その頃、人の言葉ではハールィチの地と呼ばれた片田舎で、の丈を超えた野心を持てあました農夫が、二人の魔と契約をわした。

『ひとつ、魔がその力を男と男の子孫に分け與える代償として、男の子孫は末代に至るまで、その壽命を分け與え続ける。

ひとつ、契約が違えられる事無く続けられる証しとして、また代を重ねるに従って弱まるであろう、魔の力を補うとして、百五十年毎に男の家の當主は魔と婚姻し、子を為す。

ひとつ、婚姻を結ぶ代の當主は、伴となる魔を従える。

ひとつ、契約破棄の代償は、當主の死をもって支払う。』

二人の魔、すなわち一人の男の夢魔(インキュバス)と一人のの夢魔(サキュバス)とこの「の契約」をわした男は、契約通りサキュバスを妻に迎え、ソブラスカ公爵家の始祖となった。

*********

そのソブラスカ家最後の姫は、いらいらと寢室を歩き回っていた。寢間著(ネグリジェ)の裾が、彼が方向転換する度に、ひらひらと床を舞う。

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白大理石の暖爐では、ぱちぱちと薪がはぜている。

「あの男、どうしてって來れたの?」

パサージュのあの部屋は、ユーディトが許可を與えた人間しか行き著けない。通りがかりの人間には、エレベーター橫のあの螺旋階段は、見えさえしないはずだ。

「何で眠らなかったの?おまけに記憶を消そうとしたのに、全く効かなかったわ。」

「あれは記憶を作しようとしたのか?」

貌の夢魔の問いに、ユーディトは顔を上げた。

「そうよ。わたくし、ジーヴァほど力が無いもの。人一人殺すのは大儀だわ。」

契約から千年以上の時を経て、夢魔(インキュバス)ジルヴァーヌスは、稀に見る力の持ち主になった。もう一方の風來坊(サキュバス)もしかり。

「殺そうとしなくて、良かったのかもしれないぞ。」

寛いだ格好で寢椅子にかけていたジーヴァは、腳を組み替えた。

「どういうこと?」

「あの男、魔力が効(・)か(・)な(・)い(・)質かも知れない。」

「何か知ってるの、ジーヴァ?」

遠くを見るような表を見せた彼を、ユーディトは歩くのを止めてじっと見た。

「ごく稀にだが、魔の影響をけにくい人間がいる。ユーディト、お前の先祖もそんな男だったよ。」

「でも、あなたと契約が結べたんでしょ?それなら、完全に効かないってわけじゃないじゃない。」

「そうだな。あの男の場合は、夢にわされないという程度のことだった。」

夢魔が見せる甘な夢は、人をわし言いなりにさせ、時には命を奪う。ソブラスカ家の始祖は、そんな魔力に耐があったと言う。実際、そんな人間でなければ、魔は彼の脈に付かなかっただろう。

だが、今日の男は違った。夢にわされないどころか、ユーディトもジーヴァも、彼の夢にることさえ出來なかったのだ。

「あの男、攻撃していたら反作用があったかもしれない。」

「反作用……。」

した魔力が、弾かれて返ってくることだ。

「そうなったらユーディト、お前は一溜まりもなかったぞ。」

夢魔としてのユーディトの力は弱くはない。だが、自然現象までれるジーヴァとは違って、彼はただの人間のものだ。あっさりとご臨終していただろう。

「そんな最期、笑うに笑えないわね。」

乾いた笑い聲を立てた彼の頭を、ジーヴァはぽん、とたたいた。

「安心しろ。あれはただの人(・)だ。始末する方法はあるさ。」

「ありがとうジーヴァ。あなただけはわたくしの味方ね。」

艶然と騒な臺詞を口にした夢魔に、ユーディトも無邪気な笑みを返した。

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