《幽霊公(プランセス・ファントム)》2. 灰城館(シャトー・グリ)

今回はちょっと短いです。

自分は何て幸運なのだろう。

豪華な寢臺の天蓋をうっとりと眺めながら、バベット・シュヴェイヤールは考えていた。

甘い言葉に乗せられて會を繰り返し、あげく妊娠してしまった事を父に知られた時には、己の不運を嘆いた。だが、あの軽薄そうな子爵はあっさりと自分の責任を認め、バベットを後添えに迎えることを了承してくれた。

つわりのせいで調は優れなかったが、何不自由ないドーギュスタン家での暮らしは快適そのものだった。

後は、お腹が目立ってくる前に式を挙げてしまい、口の堅い産婆を雇って子を産むことだ。生まれてくる子が自分に似た、可い男の子だとなお良いが。

『……ソノ子ニ家ヲ継ガセタイカ……?』

「な、なにっ?」

いきなり聞こえたの聲に、バベットは飛び起きた。いつの間にか自分は、見知らぬ部屋に立っていた。

『その子にオーギュスタン家を継がせたいか?』

「誰なの?何でそんなことを訊くの?」

『十二人の薄命のオーギュスタン子爵夫人。そなたも同じ運命を辿りたくなければ、妾に従うが良い。』

耳元で囁かれたような気がして、バベットはびくりとを固くした。

ゆらり、と目の前の空気が揺れると、しい姿のが現れた。瞳も、髪も、まとっている古風な裝も、冬の夕暮れの霧のだった。

聲にならない聲をあげて、バベットは後退さった。だが彼の右手は、灰の手に捕らわれていた。獲を摑む獣のように、の爪がバベットの手に食い込む。の手は、のように固くて冷たかった。

「いやっ、は…離してっ!」

「誓うが良いぞ、バベット・シュヴェイヤール。」

「離してっ、何でもするから、お願いだから離してっ!」

これは悪い夢だ。必死に懇願しながら、バベットは自分に言い聞かせた。

「何でもするとな?」

の顔が歪んだ。それが勝ち誇った笑みだと気付いたのは、しばらく経ってからだった。

「するわ!約束するから離して!」

「その言葉、しかと聞いたぞ。」

の目が赤くった。

自分の寢臺の羽布団の中、バベットは荒い息をついて目覚めた。悪夢を見たことは憶えていたが、どんな夢かは思い出せなかった。

否。思い出したくなどなかった。

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