《幽霊公(プランセス・ファントム)》2-3

登録ジャンルをミステリーに変えました。

謎解き、出せてるといいのですが…。

晩餐にバベットは現れなかった。つわりがひどいということで、部屋にこもっているそうだ。

二人きりになってしまった食堂で、ユーディトはアドリアンとさし向かいで夕食を取った。アドリアは何やかやと彼に話しかけているが、木で鼻をくくるような返事が返ってくるばかりだ。

(良いワインだこと。)

近隣の村の収穫祭について、アドリアンが何か逸話を話しているのを耳半分で聞きながら、ユーディトは葡萄酒の芳香を楽しんだ。この滯在は非常に不本意だが、ワインに罪は無い。給仕に合図して、もっと注がせた。

ふと食事の手を止めて、アドリアンが訊ねた。

「公(プランセス)、食事はお口に合いませんか?」

ユーディトの前に置かれた料理は、ほとんど手が付けられていない。

「ええ、合いませんわ。」

一つ変えずに肯定した彼に、アドリアンは一瞬、鼻白んだような表を見せたが、すぐに笑顔に戻った。

「何か召し上がりたいものはありますか?」

「甘いものがいいわ。」

「分かりました。デザートを先に持って來させましょう。」

アドリアンが目配せすると、給仕は頷いて下がった。

三十分後。

デザートを二度お代わりしたユーディトを見て、アドリアンは苦笑した。

「あなたは甘いしか召し上がらないのですか?」

デザートはイル・フロッタント(プチ・シュークリームの溫かいチョコレートソース添え)だった。シューの焼き加減が絶妙だ。

(ここのパティシエは良い腕ね。)

そんなことを考えながら、適當に返事する。

「そんなことはありませんわ。ただ、他のは口に合わないだけですの。」

三皿目も、一滴のソースも殘さずに食べてしまった。

「お代わりなさいますか?それともコーヒーか食後酒でも?」

「お代わりは結構。コーヒーが良いわ。」

「それではサロンに場所を移しましょうか。」

し照明を落としたサロンでは、暖爐には火がれられ、靜かに燃える薪が淡いを放っていた。

コーヒーが運ばれ、ユーディトがカップに口を付けると、アドリアンはコニャックのグラスを手に口を開いた。

「僕を含め、オーギュスタン家の當主は、ほとんど全員が側室の子です。」

「それがどうかしましたの?」

茶菓子(プチ・フール)にしか関心を示さないユーディトに構わず、アドリアンは話を続けた。

「なぜかと言うと、當主の正妻は例外なく、子を宿す前に亡くなっているからです。」

「當主が手にかけたのではありませんの?」

あくび混じりに彼は言った。持參金目當てに金持ちの娘を娶り、目障りになったら事故か病を裝って殺す。珍しくもない話だ。

「はは、そういう不埒者もいたかもしれませんが、僕はやっていませんよ。」

アドリアンはにこやかに否定した。

「ジュヌヴィエーヴ、つまり僕の一人目の妻ですが、彼はある朝、眠ったまま死んでいるのを発見されました。僕が留守にしている時です。二人目の妻のフルールは、執事の目の前で東の塔から投げしました。これも、僕が所用でパリにいた時です。怪しいかもしれませんが、なくとも直接手を下したのは、僕ではありませんよ。」

「城館の呪いなんて、大抵は作り話ですわよ。」

なユーディトに、彼は真顔になって言った。

「僕はこの城館に何かあると考えています。亡くなった妻は二人とも、眠っている時に『マダム・グリ、マダム・グリ』とうわごとのように繰り返しているのを聞きました。」

「灰の婦人(マダム・グリ)?」

「ええ、そうです。」

「何の事かご存じですの?」

「いいえ。妻たちも、何も知らないと言っていました。ただ僕は、この館が灰城館(シャトー・グリ)と呼ばれていることと、何か関係があるのではと考えています。公(プランセス)、あなたは優秀な霊能者でいらっしゃる。調べていただきたいのは、この灰の婦人(マダム・グリ)についてなのですよ。」

はあーっ、とかったるそうにため息をついて、ユーディトは不承不承頷いた。

「では、それについて調べればよろしいんですのね。」

「ええ、それでよろしいですよ。マドモワゼル・ハイデンブルート。」

にっこり、とアドリアンは満足そうな笑顔を浮かべた。ゆらゆらと揺れる炎に照らされた和な顔に、ユーディトは心毒づいた。

(この、腹黒…。)

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