《幽霊公(プランセス・ファントム)》3-2
「の寢顔を観察するのがご趣味ですか?」
夢の殘滓のせいで気分が悪い。憂さ晴らしに彼をとがめると、にやりと笑い返された。
「どうせ見るのなら、しかめっ面ではなくて、恍惚の表が見たいですね。」
「……………。」
(出來ることなら、こいつに最高の悪夢を見せてやるのに。)
剣呑な目つきになったユーディトに、「そうそう、今更ですがこれを」とアドリアンはショールをふわりと被せた。
その手をどつき返すようにして、ユーディトは寢椅子から降りた。窓の外は日が傾き始めている。そろそろ力の戻る時間だ。
「城の調査に出ますわ。」
すたすたとサロンを出ると、アドリアンも付いて來た。
「ご一緒しますよ。」
「一人で十分ですが?」
「照明が設置されていない部分もあります。暗くて危ないですから。」
「それではランプをお借りしますわ。」
本當は明かりなど無くても、ユーディトには見えるのだが。
「複雑な構造なので、迷子になりますよ。」
「人がいると、気が散りますから邪魔ですの。」
「木か石だとでも思って下さって結構です。」
追い返そうとしているのに、何だかんだと言っては側を離れない。
「それなら黙っていて下さい。」
「難しいですが、努力しましょう。」
ひゅおおお、と石造りの廊下を風が吹き抜けた。
「おや、今夜は荒れ模様のようですね。」
脳天気なアドリアンの聲に、ユーディトは小さく肩を落とした。
よりによって、一番神経に障る奴に手を出せないとは、何の因果だろう。
「お待ちなさい。実は一つだけ、僕からお願いがあるんです。」
「今度は何ですの!」
(化け退治の他に何をさせようって言うの?)
敵意むき出しで振り返ったユーディトは、突然肩にショールを羽織らされて、驚きの余り蹴躓(けつまず)きそうになった。
「おっと、危ないですよ。」
アドリアンは片腕だけで、用に彼を抱きとめた。
「城は寒いですから、使って下さい。それが僕のお願いですよ。」
そう言って笑った彼の顔に、裏は無さそうだった。
カシミアなのか、鮮やかな深紅のショールは、羽のように軽くて暖かい。
まだ腰に回されたままの不埒な腕を思い切りつねると、ユーディトは答えた。
「わかりましたわ。折角ですから使います。」
ショールに罪は無い。
歩きだそうとした彼の背を、今度は真顔になったアドリアンの言葉が追った。
「あまりおが丈夫ではなかったのですね、公(プランセス)。存じ上げずご無理をさせてしまってすみません。」
神妙になった彼に、これ幸いと言ってみた。
「でしたら、今日帰らせて下さい。」
「それでは僕が困るんですよ。快適な滯在になるように、最善を盡くしますから。お願いしますね、公(プランセス)。」
「………………。」
(やはり駄目か。)
軽く舌打ちする。
「そうそう、今晩のデザートは溫かいリンゴタルト(タルト・タタン)ですよ。」
「ヴァニラ・アイスも添えて頂戴。」
「分かりました。料理人に指示しておきます。」
食べに釣られたとも気付かず、ユーディトは調査を開始した。
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