《幽霊公(プランセス・ファントム)》4-3

「雨が上がりましたから、外の空気を吸いませんか?」

そう言われて連れ出された城館の庭は、手れをしているとも、いないともつかない、奇妙な狀態に維持されていた。

果樹に囲まれた菜園の區畫はしく整えられていたが、英國式庭園だと思われる部分は、びるに任せた樹木のせいで、妙に奔放な印象を與える。

冬枯れの今、それに荒涼とした雰囲気が添えられて、どこか廃園じみていた。

「庭が主に似るというのは、本當ですのね。」

どうしようもなく楽的で世間ずれしているようでいて、すんでの所で落ちきっていない。そんな所が彼を思わせる庭だった。

「おや、そうですか?」

思わずユーディトがこぼした言葉に、彼の濃紺の瞳は、面白がるようなを宿した。

「ええ、ちぐはぐな所が。」

「あはは。確かに。僕はでたらめに生きて來た人間ですからね。」

笑いながら、灌木のにあった木戸を開いた。

キイ、と高い音が小さく響いた。

「こちらの一畫が、當家の墓所です。」

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さくり、とユーディトのブーツが解け殘った霜と濡れた落ち葉を踏む。赤いフード付きの外套に、頭からすっぽりと包まれていたが、頬をでる空気は冴え冴えと冷えて、息を白く凍らせる。

苔むした低い石塀に囲まれて、代々のオーギュスタン家の面々が永遠の眠りについている。

『オービーヌ=マリ・ドーギュスタン 年二十二才。』

『アレクサンドル・アリスティド・ドーギュスタン 年五十四才。』

『カロリーヌ・ドーギュスタン 年二十六才。』

『フルール・ドーギュスタン 年十九才。』

『アルバン・アリスティド・ドーギュスタン 年六十五才』

『ジュヌヴィエーヴ・ドーギュスタン 年二十才。』

…………………

「本當に奧方は短命ですのね。」

墓碑銘を見て回っていたユーディトは言った。

子爵夫人のほとんどが、十代二十代で亡くなっている。當主はどちらかと言えば、長生きの方なのに。

アドリアンの言っていた事は、誇張では無かったらしい。

「僕の舌が紡ぐのは、紛う方無き真実だけですよ。」

(この二枚舌。)

「そうですね。舌がもう一枚あるだけですものね。」

本當の事を言う方の舌は、納戸で埃を被っているのだろう。

「おや、ご存じでしたか。」

おどけた口調とともに、ぺろりと舌を出してみせる。

「引っこ抜いて差し上げましょうか?」

「ええ。是非ともあなたので。」

顔が間近に迫る。この男、本當に昨夜死にかけたのだろうか。

思い切り鼻をつまんでやって、ユーディトは踵を返した。外は寒い。

ふと、石壁の異様な浮き彫りが目にって、足取りが緩くなった。

木の葉らしきものに縁取られた男の顔が、稚拙な手で彫られている。目と口が大きく開かれていて、妙におどろおどろしい。

「このレリーフは、あなたのご友人の眷屬ではないですか?」

追いついたアドリアンの聲に振り返る。

「眷屬?」

「僕は、これは『森の男』の顔だと聞きました。一種の魔除けとして、この壁に彫ったようですね。」

農民の伝承に登場する「森の男」は、古木が変化(へんげ)した霊とも、森で行き倒れた者の霊とも言われる。

緑の服を纏い、髪の代わりに木の葉を頭部に生やした男は、時には旅人を襲う兇悪な怪として、時には人智を超えた知識を持つ賢者として描かれる。

森に棲む人外の存在という意味では、確かにジーヴァの眷屬かもしれない。

そんな超自然的な存在の似姿を、こうして土地や建の境界に配することは、魔除けとして古くから行われてきた風習だ。

いつの時代かのドーギュスタン子爵が、一族の眠りを守るために作らせたのだろうか。それとも、家に降りかかった呪いを払うためか。

「まあ、気休めでしょうけどね。」

「同ですわ。」

ユーディトは肩をすくめた。

でなければ、自分もジーヴァたちも、出りできるはずがない。

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