《幽霊公(プランセス・ファントム)》4-4

禮拝堂の近くまで戻った時。

「公(プランセス)。」

ユーディトの腕がくいと引かれた。思わず後ろに數歩よろける。

「何ですか、いきなり。」

がしゃん、と二人の立っていた所に何かが落ちて、雨上がりなのに土煙がもうもうと立った。

「おや、これはガーゴイルですね。」

埃がおさまるのを待って、落下を靴先でつついたアドリアンは、不思議そうな聲をあげた。どうやら落ちたのは雨樋の石像らしい。

ごろり、と狒々(ひひ)笑いを浮かべた怪の頭が、ユーディトの足下に転がった。ご丁寧に角まで生えている。

「……………。」

「昨日の雨で石が緩んだかな?」

そう言って彼は禮拝堂の屋を振り仰いだ。落下したガーゴイルの他にも、屋や破風からは有翼の怪の石像が、一定の間隔で突き出している。

これもまた、魔除けだ。

「驚かれましたか、公(プランセス)?」

無言で立ちすくむユーディトに、アドリアンは気遣わしげに近付いた。

「……心外だっただけですわ。」

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(この男に當たらなくて。)

そう言い捨てると、彼は外套の裾を翻してさっさと屋に戻った。

*******

バベットの部屋は、これまで見たどの部屋よりも豪華なものだった。

先妻二人の部屋が見劣りするという意味ではなく、単に彼の部屋の調度が一番派手という意味だ。

金箔がられた椅子やテーブルは、華やかな彫刻が施されている。寢臺はさすがに鍍金されていなかったが、クルミ材の柱は、隙間無く裝飾で埋め盡くされている。カーテンや床の絨毯、椅子やベッドの掛け布は、艶やかな深紅と象牙が使われていて、何とも目にうるさい。

「マドモワゼル・シュヴェイヤールのご趣味ですか?」

(分かりやすい金趣味だこと。)

「…………。」

ユーディトの心の中の悪態を読み取ったか、アドリアンは笑顔だけで肯定した。

部屋に彼はいない。付き添いのメイド曰く、今日は合が良いとのことだった。

「ここも無関係だな。」

突然ジーヴァの聲がして、窓辺を向く安楽椅子の背もたれから、鮮やかな金髪が覗いた。

「部屋の趣味は悪いが、ここからの眺めは悪くない。墓地の方までよく見える。」

そう言って、彼はユーディトたちの方を振り返った。右手にコニャックのったグラス。ふわり、と芳香が漂ってきた。

「やあジルヴァーヌス。」

「さっきも死に損なったな、バカ殿。」

「あはは、見てたのかい。」

ジーヴァの肩に、ユーディトは手を乗せた。

「ねえジーヴァ、二番目の夫人の部屋も見た?」

『そっちは私が見てあげたわよ、ユーディ。』

質問の答えは、空中から返ってきた。

『ああリールゥ、どうだった?』

『面白い位、なあんにもないわぁ。どこ行っちゃったのかしら、ご馳走。』

『やだ、お腹空いてるの?』

『そこまででもないわ。でも味しいものは、容にいいじゃない?』

『だから、捕まえたらちょっと分けて』と、浮いたまま彼はユーディトに耳打ちした。

今日の彼は、けるような薄い生地を何枚も重ねたドレスを纏っている。ふわふわと羽のように空中を舞って綺麗だが、見ていると寒そうだ。

『公(プリンツェッシン)、ソチラのキレーなお姉さんを紹介シテしいデス。』

割ってった下手くそなドイツ語に、ユーディトとリールゥは揃って振り返った。

「ああ、ドーギュスタン子爵。フランス語で構いませんわ。こちらがサキュバスのリールゥ。リールゥ、こちらが例の食(・)え(・)な(・)い(・)子爵ね。」

「初めまして、リールゥ。あなたのようなしい存在に出會えるとは、僕は果報者です。」

「こちらこそ初めまして。あなたがユーディにちょっかいを出している子爵さんね。」

やる気無さそうに紹介したユーディトとは対照的に、好奇心満々のリールゥは床に降り立つと、アドリアンに手を取られて目を輝かす。

「僕はただ、自分の心に正直なだけですよ。しいものをしいとでることは、僕の生き甲斐ですから。」

「あらほんと、味しそうな子なのに、食えないわねえ。」

リールゥはユーディトに片目をつぶって見せた。早速試して見たらしい。

「さて、そろそろ著替えに戻る刻限だ。」

グラスを側の小機に置いて立ち上がったジーヴァは、さりげなく手をユーディトの腰に回した。

「ジーヴァ、あなたは著替える必要なんてないでしょう?」

リールゥ同様、ジーヴァも外見は自在に変えられる。

「まあな。だがお前は必要だろう?」

「そうだけど……。」

「リールゥ、よろしければ僕がエスコートいたしましょう。」

「あらぁ、いい子ねえ。」

アドリアンの差し出した手をリールゥが取ると、二組の奇妙な男はバベットの部屋を後にした。

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