《幽霊公(プランセス・ファントム)》4-5

客間に戻ったユーディトが、著替えの前に一息ついていると、扉が叩かれた。

応対に出たジーヴァが、意外そうな顔をした。

もう著替えを済ませたか、そこには派手な晩餐用のドレスを著た、バベットが立っていた。

「まあ、マドモワゼル・シュヴェイヤール。どうなさいましたの?」

一応はにこやかに、ユーディトは話しかけた。

「公(プランセス)、前れも無く訪問する不躾をお許し下さい。どうしてもお話したいことがありましたの。」

言葉遣いこそへりくだっていたが、彼の顎はつんと反らされている。

ぴくり、とユーディトは片眉を上げたが、それでも笑顔は崩さずに、彼を招じれた。座ったまま、席から立とうとはしなかったが。

バベットが向かいに座るのを待って、ユーディトは彼に視線を向けた。

「お話を伺いましょうか。」

「単刀直に申し上げますわ。アドリアンには今後一切近付かないで下さいまし、公。」

「それはわたくし自、願っていることですわ。」

艶やかに笑って言い切ったユーディトに、バベットは虛をつかれたような顔をした。

「……どういうことですの?」

「わたくしはこちらには、子爵のたってのお願いで、仕方なく來ておりますの。」

本當に、アドリアンの「お願い」さえ無ければこんな城、放ってとっとと帰りたいのに。

さっとバベットの顔が変わった。

「よく分かりましたわ。これ以上、お話することは無いようですわね。」

「同ですわ。ごきげんよう、マドモワゼル・シュヴェイヤール。」

憤然とした足取りでバベットが去ると、それまで黙っていたジーヴァが口を開いた。

「デザートにネコイラズをれられるぞ。」

「この間の事は、彼がやったと思うの?」

「さあな。可能は無きにしもあらずだ。理由は分からないがな。」

それなら、癡のもつれあたりが妥當な線だろうか。

そんなことを考えながら、ユーディトは呼び鈴に手をのばした。リールゥはどこかに姿を消しているし、著替えを手伝ってくれるメイドが必要だ。

「婚約者殿に宣戦布告か?」

の手を、ジーヴァの聲が止めた。冗談めかした口調だったが、不機嫌な響きが混ざる。

「まさか。売り言葉に買い言葉よ。」

「私には、同じ意味に聞こえるが。」

「違うわ。全然違うわ……。」

いつもはゆったりとしている彼の気配が、今はしとげとげしい。

立ち上がったユーディトは、ためらいがちに彼に近付いて、彼の右の手を取った。相変わらずひんやりとした手だ。そのまま、それをそっと自分の頬に押し當てた。

「わたくしは、あなたのものよ、ジーヴァ……。」

(だからお願い。あなただけは側にいて。)

言葉に出來なかった彼の懇願が通じたのか、ふっ、とジーヴァの気配が和らいだ。

「……そうだな。つまらないことを言った。」

彼のもう片方の手も、ユーディトの頬に添えられた。

「ジーヴァ。」

「ん?」

「わたくし、著替えないと。」

「今日はもう行くのはよせ。どうせ座っているだけだろう?それに今、あのバカ殿の顔を見るのは我慢ならん。」

明らかにすねているジーヴァの顔に、思わずユーディトはくすりと笑った。

「分かったわ、ジーヴァ。あなたとここにいるから、ヤキモチは焼かないで頂戴。」

夢魔の形の良いが近付くのを見て、彼は長い睫を伏せて安堵した。

    人が読んでいる<幽霊公女(プランセス・ファントム)>
      クローズメッセージ
      あなたも好きかも
      以下のインストール済みアプリから「楽しむ小説」にアクセスできます
      サインアップのための5800コイン、毎日580コイン。
      最もホットな小説を時間内に更新してください! プッシュして読むために購読してください! 大規模な図書館からの正確な推薦!
      2 次にタップします【ホーム画面に追加】
      1クリックしてください