《幽霊公(プランセス・ファントム)》5-2

小屋にいた時間はほんの小半時ほどだと思っていたが、木立を抜けて禮拝堂跡まで戻ったユーディトは、薄暗いのは木がを遮っていたからではなく、夕暮れが近付いているからだと気付いた。

(帰ろう…。)

そろそろジーヴァもける時刻だ。もう城館に戻っても大丈夫だろう。

その時、後ろで、ぱきっ、と枝が踏まれる音がした。

「散策はお楽しみいただけましたか、公(プランセス)?」

(出た……。)

禮拝堂の戸口から、アドリアンが姿を現した。

「尾行はお楽しみいただけましたか、ドーギュスタン子爵?」

嫌みったらしく彼の口まねをしてやると、彼は心外そうな顔をして見せた。

「ロベールが、あなたがいつまでも散歩から戻らない、と報告に來たのですよ。心配になったので、探しに來ただけです。」

(この男こそ、神隠しに遭ってしまえばいいのに。)

「何か、あなたの関心を惹くことはありましたか?」

「ええ、庭師から興味深いお話をうかがいましたわ。」

「ああ、マルセルですね。彼は話し好きでしょう。」

「……………。」

ユーディトは眉間に皺を寄せた。彼は同じ人のことを言っているのだろうか。

「公、ひょっとして彼は、この禮拝堂跡の話をしませんでしたか?」

「………バルナバの、魔退治のお話ですか?」

「ああ、それですよ。やはりその話でしたか。僕にも子供の頃、何度もその話をしてくれましたよ。彼は々とこの辺りの昔話に詳しいですからね、よく話をせがんだものです。」

懐かしそうに語る彼が、「マルセル」の正に気付いている気配は無い。

らぬ神に祟り無し。

「探しに來て下さって、ありがとうございます。」

誠意のこもらない禮を述べて、ユーディトはその場を立ち去ろうとした。

その時、あたり一帯が金屬質な大音聲で満たされた。

晩課を知らせる教會の鐘だ。麓の村々の教會だけでなく、城館の禮拝堂の鐘まで鳴っている。

そう言えば今日は土曜日、主日前晩の大晩課の禮拝が行われる日だ。

ゴォーン、ゴォーン、カァーン、カァーン、と様々な音程で打ち鳴らされる鐘が、空中で重なってわんと響く。

音の壁に突き飛ばされたようにじて、ユーディトは小さく舌打ちした。

実害は無いが、教會の鐘の音は嫌いだ。

まだ闇の深かった時代、人は教會の鐘を打ち鳴らすことで、こう訴えた。

『ここは人と信仰の統べる領域。闇のは疾(と)く退(しりぞ)け。』

今や闇は人工の明かりに照らされ、信心も有難味を失った。

(それでも、不愉快なことに変わりはないわ。)

古のソブラスカ公爵は、領民に鐘を撞くことをじ、果ては教會から鐘を奪い、溶かしてしまったという。

さぞや、清々(すがすが)しかったことだろう。

心教會を呪いながら歩き出したユーディトは、突然右足の支えを失って、バランスを崩した。

「ひゃあっ。」

ブーツの踵がぽっきり折れていた。

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