その日のデザートは熱いチョコレートケーキ(フォンダン・ショコラ)だった。ジーヴァの分も食べたユーディトは、半ば彼にもたれて、サロンのソファでうつらうつらとしていた。

アドリアンは、暖爐の揺らめく火影を見つめながら、考えに沈んでいる。

ふと空気がいたようにじて、ユーディトは頭をもたげて戸口を振り返った。

そこにはバベットが、死神が振るうような大鎌を手に、仁王立ちしていた。

「………………」

ユーディトの橫では、彼と同じように顔を上げたアドリアンが、口を開けたまま固まっている。

かしゃん、と鎌を持ち直して構えると、バベットは重のとは思えない流麗なきで、アドリアンに斬りかかった。

「うわあっ」

思いの外俊敏なのこなしで、彼はソファから飛び上がって刃を避けた。ぶんっ、と風を切る音が耳に殘った。背もたれとクッションがぱっくりと切れて、空中に羽が舞う。

ジーヴァにひったくられるようにして、壁際へ移させられたユーディトは、目の前の景を冷靜に眺めていた。

「あれは草刈り鎌か？」

半ばあきれたようにジーヴァが訊いた。

「そのようね」

武庫はれなくなったから、農置き場から失敬してきたのだろうか。

バベットはアドリアン一人を執拗に狙う。

サロンはさほど広大な空間ではないのに、鎌を壁や家にぶつけることもなく、易々と持ち替えては、次々と攻撃を繰り返す。

「何とも用なだな」

銃だけでなく、農耕機の扱いも心得ているのだから、十分に多才と言える。

「うちで雇う？」

ユーディトが橫目に見ると、ジーヴァはくいと口の端を持ち上げた。

かしゃん。

再び鎌がうなった。

「り人形の目だな」

バベットの目の焦點が合っていない。糸を引いているのは、灰の婦人(マダム・グリ)とやらだろうか。人をるだけの力があるのに、全く姿を現さない事が解せない。

「！」

突如ユーディトの脳裏で、全く無関係に思われていた事柄が繋がった。

夜。眠り。畫布に封印された魔。姿を見せない灰の婦人(マダム・グリ)。灰………リールゥのドレス！

「……ジーヴァ、絵だわ……！」

「絵？」

急に聲を上げたユーディトを、彼は不思議そうに見た。

バベットに視線を固定したまま頷くと、彼はコンソール・テーブルを盾に防戦しているアドリアンに聲をかけた。

「ドーギュスタン子爵」

「何でしょう、公(プランセス)？」

「わたくし、用を思い出しましたわ。ご婚約者のお相手はよろしくお願いしますね」

「はは、お任せ下さい」

引きつり気味のアドリアンの返答も聞かず、ユーディトはとっととサロンを出て行った。