《幽霊公(プランセス・ファントム)》6-4
は人差し指をユーディトの鼻先に近づけると、にやりと笑った。
「夢魔の姫、妾(わらわ)を解き放ってくれた禮に一つ教えてやろう。オーギュスタンの男に、魔力は全く効かぬ」
「やはりそうか」
ユーディトの橫で、ジーヴァがつぶやいた。
「ゆめゆめ契約など、結ぶでないぞ。己(おのれ)に枷をかけるばかりじゃ」
「契約が全く効かないの? そんな事ってあるの?」
リールゥが信じられない、といった風に聲を上げた。
「そうじゃ」
うなずくと、灰の婦人は続けた。
「どのような契約も、一切、オーギュスタンの男どもを縛ることはない」
これはまた困った質だ。悪運が強くて好きというだけでも、十分に迷な存在なのに。
「灰の婦人(マダム・グリ)、あなたは何者なの?」
「妾は第十代ドーギュスタン子爵と契約を結びし者じゃ。オーギュスタンのを引く子を生む代わりに、當主の壽命を三十年もらう、と契約した」
(好きは家系ね)
風変わりなしい妾(めかけ)を手にれる。そのために當時の子爵は、軽はずみな契約を結んだのだろう。
それにしても、その代価が壽命三十年とは、隨分と強な死霊だ。
「ふーん。でも契約は履行されなかったのね?」
彼は、當時のドーギュスタン子爵の壽命を吸い取ることは出來なかったのだろう。丁度ユーディトが、アドリアンの気を奪えなかったように。
「忌々しいオーギュスタンの男め!」
灰の婦人の顔が悔しそうに歪んだ。
(おまけに飽きられて捨てられたか……)
彼を眺めやるユーディトの目は醒めていた。
「でもあなたの側の契約はそのままで、あなたはこの家に縛り付けられてしまったのね」
「そうじゃ。だから妾(わらわ)は、オーギュスタンのを絶やすしかなくなった」
契約を履行することが出來ない場合、契約相手が消滅すれば、魔は自由になれる。
子爵家の男に直接手を下せない以上、契約相手であるオーギュスタン家を消滅させるには、そのを引く子を産むを皆殺しにして、筋そのものを絶やしにするしかない。
何とも回りくどく、慘なやり方だ。
「それでバルナバに、絵の中に封じ込められちゃったのね」
絵に封印されても、それでも灰の婦人(マダム・グリ)は、一族を絶やしにすることを諦めなかった。眠る妻たちの夢にり、次々と彼らを死へ導いた。
「執念深いねえ。しつこいは嫌われるわよお」
橫合いからリールゥが茶々をれる。
だがオーギュスタン家もオーギュスタン家だ。妻が次々に死んでも妾(めかけ)を置いて、せっせと繁した。どっちもどっちだ。
「あらあ、でもあなた、どうしてバベットは殺さないの?」
灰の婦人の顔が、再び笑みを浮かべた。今度はせせら笑いだ。
「當代のドーギュスタン子爵はとんだ間抜けじゃ。あれの胎(はら)にいるのは他の男の子よ」
「まあ」
「とんだ寢取られ男だな」
くっ、とジーヴァが笑い出した。
「ほーんとねえ」
魔たちの笑聲に、ユーディトの口元も、薄く笑みを刷いた。
「さてと」
カツン、とユーディトの靴の踵が固い音を立てた。
「聞きたいことは聞いたから、食べてあげる」
うっすらと微笑んだままの彼の両手は、青白く発し始めた。
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