「ベネッタ、そいつ最低限治癒して避難してる人達に預けてきて」

「うん！」

ベネッタはフィンをゆっくりと背負う。

年とはいえ男の重だが、鍛えている事に加えて強化をかけているベネッタは悠々と擔いでいた。

「預けたら早く戻ってきて。私一人で片付けるって言ってやりたいけど……」

エルミラは自分の魔法をぶつけたを睨む。

得意魔法である『炎竜の息(ドラコブレス)』は顔を狙ったが腕で防いだようで……その防いだ腕はほぼ無傷のまま、パッパッとほこりを払うように振っているだけだった。

「……ちょっとやばいやつっぽいわ」

「わかった！　すぐ戻ってくるねー！」

「頼むわよ」

そう言い殘してベネッタはパルダムの民が避難している方向へと走り始める。

先程とは違い、食事である人間が逃げてもはそれを追おうとしなかった。

突如目の前に現れたを前に、本能が何かをじ取ったのか。

「痛いのは久しぶりですね……どこから來たのでしょう……？」

はキョロキョロと周囲を見回して、次の空を見る。

空は変わらず快晴のまま……しかし、一般的には有り得ない異が確かに浮かんでいた。

「ケトゥスさん……糧を運んできてくれたのですか」

空には巨大な怪が飛んでいた。

ベネッタとエルミラをここまで運んできたのは魔法生命ケトゥス。

からすれば魔法生命という同族に敵を運ばれてきた裏切りだが……このにそんな考えは存在しない。

知っている食事が知らない食事を運んできた。ただそれだけの事だった。

『エルミラ・ロードピス。此方(こなた)は呪法でそのとは戦えない』

「ここまで連れてきてくれただけ充分よ。ルクスの馬車の上に來た時はもう敵としか思えなかったけど、あんたが乗せてくれたおかげでこの町はギリギリ守れるタイミングで追い付けた。こいつがあんたが何とかしたかったやつでしょ？」

『そうだ。このは"分岐點に立つ者"では救えない……であれば他の者の力が必要だ。君達でなければ対抗もできぬだろう。幸運を祈る』

ケトゥスはそう言い殘して雲があるほうへと飛んでいく。

この場に留まろうとしない所を見るとそれほど"現実への影響力"の差があるのか。それとも別の場所に飛ぶ理由があるのか。

だがそんな事を気にしている余裕はエルミラにはなかった。

(トヨヒメが使ってた魔力殘滓や百足と初めて會った時と似た雰囲気がする……魔法生命の中でもやばいやつってわけね……！)

エルミラと同じように、もエルミラを観察していた。

「……今まで見た糧の中でも、特に洗練されていますね。神の加護無しでこれとはどれだけ上等な糧なのでしょうか」

エルミラを見定めるように眼が妖しくる。

洗練された魔力と活力の漲る、そして恐怖に侵されない神力。

魔法生命としてではなく、戦士としての判斷が瞬きの間だけ宿っていた。

「あれ……？　私、何を思ったのでしょう？」

だがエルミラを完全に見定める前にの思考は途切れていた。

お腹が空いている。だから食べる。

味がしてくれれば言う事は無い。

まだ一度も満たされていない腹が鳴って、頭の中が塗り潰される。

「ああ、主よ……試練に集中すべきという啓示ですね？」

は申し訳なさそうに祈って、エルミラに問いかける。

「あなたが私に教えてくれるのですか？」

「教える……？」

「この空腹を満たす方法を」

「！！」

次の瞬間、向かってきた剣をエルミラはかわす。

「『炎奏華(カロリア)』！」

「どれだけの信仰を捧げても神の試練は終わらない……あなたを食べれば私は果たせるかもしれません」

の上空に無數の剣が出現し、エルミラ向けて降り注ぐ。

剣一本一本はエルミラに防げる威力であり、速度も強化をかけたエルミラを捉えられるほど速いわけではない。問題は降り注ぐその量だった。

「『蛇火鞭(フレイムスネイク)』！」

ずどどどどど、と雨のように剣が四方八方から降り注ぐ。

息継ぎすら苦しくなりそうな絶え間ない攻撃。

常に降り注ぐわけではなく、エルミラのきの緩急や重心移のタイミングを狙っている。

町の住人やフィンを相手していた時のような一方的な殺戮ではなく、ここからは戦闘。

エルミラの危険度を見てか、魔法生命は明らかに攻撃の仕方を切り替えた。

火の鞭で剣を弾いていくも、それに合わせて剣の雨も変化していく。

(戦い慣れしてる……！　まずい……！)

エルミラは対応に苦戦するもこの攻撃が様子見をしているようにしか見えなかった。

それは貴族が持つ切り札を警戒してのきだろうか。

切り札を……統魔法を使うのを待っているのか。

敵の能力も何もわからないエルミラにとっても様子見がしたい狀況だったが……このままでは魔力も力も浪費するだけ。

せめてベネッタと合流するまではと思っていたが、ここでただ削られるだけならばと覚悟を決めた。

「【暴走舞踏灰姫(イグナイテッドシンデレラ)】」

剣が床に刺さる音をかき消して、歴史の聲が重なる。

エルミラのが燃え上がり、灰が舞い上がった。

高らかに鳴るヒールの音と共に降り注ぐ剣は燃え上がる――！

「"炸裂(アネロ)"」

エルミラ向けてに一斉に降り注いだ殘りの剣も発して霧散する。

ロードピス家の統魔法その覚醒――呪詛を燃やし盡くす炎は當然小手先の攻撃では削る事すらかなわない。鬼胎屬であればなおさらだ。

そんな灰のドレスを纏い、炎と同化したエルミラを見てのきが止まる。

「炎に……灰……」

「……？」

突然、の目から戦意が消えたのをエルミラはじる。

自分を見ているようで見ていないような不思議な視線を疑問に思ったが、すぐに魔力が膨れ上がった。

黒い霧の中にいるかのような魔法生命らしく膨大で重苦しい覚が辺りを満たす。

「ああ、これは試練ですね。神はやはり私を見ている」

鬼胎屬の魔力が広がる中、は手を合わせて祈りを捧げた。

その姿はあまりに魔法生命らしくない。魔法生命はこの世界にいない神の座とやらを目指しているはずなのに。

「まるで自分以外に神がいるみたいな事言うのね」

エルミラのその問いに、は首を傾げた。

「……？　それはそうでしょう。私はただの人間ですから神に祈るのは當然の信仰では？」

「は……？」

の発言にエルミラの頭は一瞬混した。

今この怪は自分の事を何と言った？

混した頭は答えを探して、モルドレットから聞いた四の魔法生命の話を思い出す。

そう……一、人間だった魔法生命がいるという話を確かに聞いていた。

「そうです。信仰を……そう……あれ？　だから、お腹を……満たして……？　そう……証明しなければいけないのかもしれません」

揺らめく炎のを浴びて、は呟く。

「私は人間であると。そうすれば……糧の味もじられるようになりましょうか」

それは(エゴ)なのかそれとも使命なのか。

本人すらわかっていないまま言葉を紡いだの魔力は収束する。

「――【異界伝承】」

周囲にあった鬼胎屬の魔力が消えたのをエルミラはじた。

恐怖で神を脅かす重圧が……異界とこの世界を繋ぐ文言と共にに集まって――

「【墮とされし聖(ラ・ピュセル)】」

――解放される。

怨嗟の聲が魔法の名と重なっていく。

産聲を上げた呪いはその場の生命を否定するように顕現した。

『私は人間……ただの人間ただの"ジャンヌ"。神に與えられた試練を果たし、神に與えられた日々の糧を得るためにくだけ。ああ、この場に集まりし民衆よ……その炎を喰らえば認めてくださいますでしょうか？』

魔法を唱え、軽裝だったを甲冑が纏う。

黒い魔力を纏った赤い鎧。赤黒い長髪は風に靡いて暗く輝く。

ただそれだけの変化で周囲の空気は凍り、じる魔力は神に焼き付くように重い。

僅かに殘った花も、その生存を諦めたように枯れていく。

「この魔力……人間って言うには無理あるでしょ……」

冷や汗を流しながら、エルミラは対峙する。

敵対する魔法生命の中で人間らしいのは、ジャンヌと名乗るその名前くらいなものだった。

いつも読んでくださってありがとうございます。

とてもありがたい事にレビューを頂きました！雪さんレビューありがとうございます！これからも頑張ります！