《12ハロンの閑話道【書籍化】》思わぬ波及(2)

「テツゾーがやる気なくしてるだぁ?」

大阪杯はある意味順當な結果に終わった。

中距離戦線においてローテーション的にサタンマルッコとかみ合わなかった舞臺が多かったとは言え、世代の絶対王者と言えば元々はストームライダーだった。二年前サタンマルッコのレコード決著にハナ差未満の僅差の二著。昨年度の天皇賞秋こそスティールソードに敗れたが、基本的にこの2000mという距離での実績は世代の中でも秀でたものがあった。

スティールソードはパカパカモフモフの後塵を拝して3著。前二頭のストームライダーとパカパカモフモフは頭差だったが、スティールソードはそこから一馬ちぎられての敗戦。改めてあの牝馬とは到底思えない雄大な格を有したライバルの実力は抜きんでた脅威であることを認識する結果となった。

まあ、それは良いのだ。初めから照準は天皇賞春としており、大阪杯は言わば休み明け一戦目の叩き臺でもあったのだから。本當に勝ちに行くつもりなのであれば、その前にもう一戦使うのがスティールソードのいつものローテーションだ。

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レースに負けた。それは結果としてけ止めるとして、問題はレース後に発覚した。

鞍上の細原文昭は調教中にその違和に気づいた。

曰く、馬が走る気を失っている。と。

「やる気がないっていうのはどういうことなんだ。別に今日だってそんな時計出そうって運じゃあなかっただろう」

「それはそうなんだけど、なんていうのかな……集中力の欠如? みたいなじ」

「近頃のお前みたいにか。嫁さんこさえていちゃ付き放題しやがって」

「お義父さんやめてくださいよーそーゆーのセクハラっていうんですよー」

「えへへ、ごめんねナミちゃん。こいつが最近たるんでるもんだからサ」

「そうなんですか? ダメだよフミフミ。しっかりしないと」

「なんかすみません」

「チッ、俺だって母ちゃんと甘々な生活を送りたいぜ」

ちなみに客観的な視線で言うと言うほど文昭はたるんでおらず、どちらかというと父親の方が義娘にデレデレで緩んでいるきらいがある。

「ちょっと難しいじなんだが、本當になんか『走る事』に前ほど意識を向けていないじなんだよな。言われたから走ってるみたいな」

「うーむ、そういうものか? 的にどんな問題がありそうなんだ」

「なんだろうなあ。たぶんレースに出たら走るの止めちゃうんじゃないか? そういう危うさをじる」

「何かいつもと違うところとかなかったか」

「うーん……そうだ。大阪杯の時、返し馬で何か探してて、スタート前の乗りで『あれ?』みたいな顔してたな」

「なんだそら」

「わかんねえけど、確かにそんなことがあったぞ」

「まあ、馬のことは馬に聞いてみないと分からないからなぁ。とりあえずレースも近い。強めに追って気合れてみてレースに挑もう。オーナーにもこの件は伝えておく」

そしてこの懸念は現実のものとなり、スティールソードは天皇賞春を大差で大敗してしまう。

突然全く走らなくなってしまった馬に文昭は困していた。

これまでは勝利という目標に純粋だった。時々運ばれた先で走る時、一番になる事を周囲の人間に期待されている事を、賢いこの馬は分かっていた筈なのだ。

飽きてしまったのだろうか。燃え盡きてしまったのだろうか。もしくは有馬記念であまりにもサタンマルッコに差をつけられてしまったことで、走る事そのへの気持ちに何か変化が――

「サタンだ……サタンがいない」

サタンマルッコがいない。そして天皇賞春ではこれまで負かしてきた相手しかいなかった。馬の考えることは、本當のところは人間では分からない。だが、もしもという予想をするのならば。

「テツゾー……お前、サタンを見返したかったのか」

昨年末の有馬記念。あれだけ完璧に千切られたから。一度たりともその影すら踏むことなくゴールされてしまったから。スティールソードはリベンジがしたかったのではないのか。なのにいざレースに行ってみれば奴の姿はなく、それも二回続いてしまった。

何か察するところがあったのかもしれない。彼の目線から見て、そういった『運ばれた先で會わなくなった奴』は沢山いたのだ。その中にリベンジしたかったアイツが含まれてしまったとしても不思議ではない、そう考えてしまったのではないか。

「そうだとして、解決方法はあるのか。これから先だってサタンはいねえんだぞ」

父の言葉に文昭は押し黙るよりほかない。

それはつまり、このまま走ることを止めてしまえば、競爭生活の終わりを意味するのだから。何とかしてやりたい。しかし手だてが思いつかない。

「あのさー」

沈黙を破ったのは自分の仕事を終えて戻ってきたナミだった。

「なんだよ」

「うわこわ。いやさ、會いに行けばいいんじゃないって思ったんだけど」

「會いに? 誰にだよ」

「いやだから今話してたサタン? がいないっていうならさ、會いに行けばいいんじゃないのって思っただけ。人間だってもやもやしてるとき、直接顔合わせたら々スッキリすることもあるし」

直接。直接。サタンマルッコに直接會う。

「なあ親父。サタンって確かフランスで繋養されてたよな?」

「一年間はそこで休養してから繁に回るって話だったな。

フランスか。フランスか……フランスか」

「なあ。馬鹿のフリして中川さんに相談してみないか?」

スティールソードがフランスでサタンマルッコに會う方法。

思いがけない明により、道は定まりつつあった。

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