《【書籍化】白の平民魔法使い【第十部前編更新開始】》762.灰姫vs聖

「ったく……私ってば本當についてないわよね……」

二年前の自分だったら腰を抜かしてその場に崩れ落ちていただろう。

エルミラは自分の長を実するも、狀況がそれを喜ぶ余裕を與えてはくれなかった。

ただ対峙しているだけだというのに、世界改変の中にいるかのような重圧をじて汗が噴き出す。

ここにいるのは危険だ、と生きとしての本能が訴えかけているようだった。

だが……ここにいるのはそんなものに負けて逃げ出すようなではない。

なにより學院で見た生意気な後輩フィンの長した姿を見ておいて、自分が逃げ出すというのは笑い話にもならない。

『私は戦いは不得手なのですが……あなたとは"戦い"をしなくてはいけないようですね』

赤黒く変化した髪が風で靡く度に、魔力が鱗のように散る。

同じような現象をエルミラは見た事があった。

アルムが過剰な魔力を"充填"した時と同じ現象だ。自を魔法に変えたアルムのに度々見られ、が白くっているを見たことがある。

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であれば、髪を靡かせるだけで魔力を散らすそのにはどれだけの魔力が渦巻いているのだろうか。

無論、敵の魔力切れなどという甘い決著は想定しないほうがいいだろう。たとえばアルムを相手に魔力切れを狙うと言う者がいたとしたら自分にだって笑わない自信は無いなとエルミラは思う。

『【戴冠への道(クロヌトリステス)】』

「!!」

黒い魔力が迸り、周囲に人影が現れる。

當然、生きた人間であるはずが無い。

ジャンヌという魔法生命を守るように現れた人型の魔力だ。

――召喚?

エルミラは魔法の常識に當てはめてそのを予測する。

人型の魔力は思い思いの構えを見せて、そこには武が形される。

剣。槍。武。そして巨大な筒のようなものを用意している魔力もいる。

『勝利は我等の手に』

「ちっ――!」

向かってくる人型の魔力に躊躇は無い。

振るう魔力の剣は魔獣を裂くがごとき剣閃。

元を狙って突いてくる槍は烈火のように。

一撃を躱し、燃やす。灰の発で軌道を逸らして燃やす。

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まるで魔力を相手にした対人戦。エルミラは向かってくる人型の魔力を次々と相手していく。

『流石に手練れですね……』

ジャンヌは自分が唱えた魔力の軍団がエルミラを仕留めそこなっているのを見ながら、両脇で作業をする人型の魔力を一瞥する。

『撃て』

ジャンヌの橫で人型の魔力が用意していた巨大な筒は大砲。

短い號令と共に二門の大砲は轟音を轟かせながら放たれた。

砲主も砲塔も、砲弾も鬼胎屬の魔力。

しかし"現実への影響力"は忠実にジャンヌが知る大砲の威力を再現する。

――かつて勝利してきた戦場で見た景のまま。

「"炸裂(アネロ)"!!」

他の人型魔力を相手しながらエルミラは砲撃を迎え撃つ。

灰の発と砲弾の発が合わさり、炎と変わって町の石畳を剝がす。

エルミラは屈んで風を最小限に抑えながら、風の中でも向かってくる人型魔力の一撃を躱し続ける。

「ぐっ……! 倒せはするけど――!」

エルミラは剣を持つ人型魔力を焼き払いながら表を歪める。

一息つく間もなく炎の中から槍の切っ先がエルミラの頭を狙うが、斬ったのは髪だけだった。

エルミラは橫に躱しながら、槍を摑んで引っ張る。炎の中から引きずり出された人型魔力をそのまま毆り燃やしてジャンヌを見據えた。

そう……倒せはする。倒せはするのだが、數に阻まれて本であるジャンヌに近付けない。そして倒せはするだけでエルミラに向かってくる人型魔力は決して弱くない。耐久力は無いが、人間の急所を理解して致命の一撃を狙ってくる。

ほぼ無盡蔵の魔力で數(・)を作る。あまりに有効な手と言わざるを得ない。

戦いをしなくてはいけない、とわざわざ宣言しただけはある。人間に対する嫌味でもなんでもなく……ジャンヌにとっては先程までは本當に戦いではなく食事だったのだと知る。

『クロスボウ部隊。前へ』

「っ!」

エルミラはジャンヌの後ろから新たな人型魔力が現れたのを見る。

一列に並んだ人型魔力は何かを構えている。小型の弓のような形……クロスボウだ。

普通のクロスボウならばともかく、魔法生命が作り出した武ならその威力は普通であるはずがない。

そして、ジャンヌは手を合わせて何かに祈った。

『――【フィエルボワの聖剣(エペサント・フィエルボワ)】』

唱えて、ジャンヌの前に一本の剣が現れる。

まるで最初からそこにあったように石畳に刺さっている。

ジャンヌは刀に刻まれた十字架にれると、その剣を引き抜いた。

『大人しく、糧になってください』

そしてエルミラに向かって橫に一振り。

當然、この距離で屆くわけはない。

だが鬼胎屬の魔力が斬撃となり――人型魔力の相手をするエルミラまで屆く。

「誰が大人しくなるか!」

エルミラはその一閃をかわすが、斬撃は人型魔力よりも速く腕をかする。

かすったとはいえ軽傷だ。過度な痛みも無く、魔法と同化しているのもあってもでない。

炎の揺らめきを斬った程度の気にすることの無い一撃のはず――

「は――?」

瞬間、異変に気付く。

エルミラの覚醒した【暴走舞踏灰姫(イグナイテッドシンデレラ)】はそ灰の発の威力と概念としての呪詛を焼く力に加えて……使い手自統魔法と同化する事で、実と魔法の切り替えができる萬能の"現実への影響力"を持つ。

だが……斬撃がかすった腕が炎に変わらない――!

(炎に変わる"現実への影響力"を斬られた――!?)

エルミラは右肩から先だけが呪詛を焼く炎に変化させられなくなった異変を一瞬で理解する。

向かってくる複數の人型魔力を相手しながら冷靜に事態を把握するその神力は、誰かが見ていれば心さえ覚えるだろう。

統魔法の機能を一部だけ停止させられるなどという異常事態を前に混せずにいられるだけエルミラは優秀を通り越している。

『撃て』

だが相手の悪意はそんな一瞬のエルミラの遅れでさえ許さない。

ジャンヌの一聲で先んじて配置させられていたクロスボウを持つ人型魔力が一斉にエルミラ向かって矢を放つ。

「"炸裂(アネロ)"!!」

纏わりついてくる人型魔力ごと薙ぎ払おうと灰を発させるが、全ての矢は捉えられない。

風の中をすり抜け、二本の矢はエルミラの肩と腕に突き刺さる。

「ぐ……ぎっ……ぁああ!」

『何度も繰り返せば言わぬ糧になりましょう。狩りの時間です。この空腹を満たすために……一人の糧を狩りましょう』

鬼胎屬の矢から流れ込んでくる知るはずの無い戦場の記憶と本來の痛みが頭の中で結びつき、恐怖と苦痛を煽る。

しかしそれを耐えている余裕もない。

新たに現れた人型魔力は勿論、ジャンヌの手にある剣を攻略し、ジャンヌ本の核を破壊しなければならない。

(っ――! 手數が……足りない――!)

自分の炎をジャンヌ本まで屆かせればそれだけで優位に立てる。

だがそれを阻む人型魔力と絶え間ない大砲とクロスボウの攻撃。

呪詛に対する特攻を持つ自分の統魔法を活かす一瞬が訪れない。

『戦意を失わない戦士の眼……その両目もおいしく頂きましょう。きっとその両目なら今度こそ味がするはずです。神は認めてくださるはずです』

(一呼吸置ける時間さえあれば……!)

を破壊されても毆りかかってくる人型魔力を二人毆り倒しながらエルミラは顔を歪めた。

百足や大嶽丸のように圧倒的な力を振るうのではなく、膨大な魔力を丁寧に合理的に運用する魔法使いのような手強さをジャンヌに見る。

……ジャンヌは意図してエルミラという個の強さを手數で封じている。

エルミラを糧と見ていながら、油斷や慢心は決してない。

は戦いでそんなものを持ち込むのがどれだけ隙を生むのか知っている。

ジャンヌの目的はエルミラの捕食。ならばその目的に至るまでに甘えなどあるはずもなかった。

今まで通ってきた村でも一人殘らず屠ってきたように……徹底的にエルミラを追い詰めていく。

「っそ――! え……?」

そんな狀況の中、エルミラの耳は後方からの聲を捉える。

誰かがこちらに向かってくるような聲を。

魔法生命の重圧の中こちらに向かってくる人……そんなもの一人しかいない。

「どりゃあああああああああ!!」

「っ! ふふ……おっそいのよ……!」

翡翠の髪を揺らして、フィンを運び終わったベネッタ・ニードロスが到著する。

開いた両目は銀に輝いてジャンヌの核の位置をすでに捉えていた。

「お待たせエルミラー!」

「ずいぶん早かったわね! あくびしてたとこよ!!」

ベネッタはすでに狀況を理解し、エルミラに纏わりつく人型魔力を杖で毆り倒す。

絶えず向かってくる人型魔力を半分請け負うように、エルミラと背中合わせとなった。

「さあ反撃開始といこうじゃない! 一瞬で決めるわ!!」

「任せといてー! ボクとエルミラが揃えばこわいもんなーし!!」

『一緒……に……』

エルミラの表はベネッタの到著と共に笑顔に。

二人を見るジャンヌの目はどこか遠い場所を見つめていた。

いつも読んでくださってありがとうございます。

二人の共闘は久しぶりですね……。

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