《【書籍化】白の平民魔法使い【第十部前編更新開始】》765.乙

「はぁ……! はっ……!」

統魔法も解除されたエルミラは息を整えながらジャンヌと一定の距離を取る。

狙いが弱っている自分なのは重々承知。

戦いの中で何とか突破口を見つけようとジャンヌを見る目の端で――

(ベネッタ……!?)

ジャンヌ向けて駆け出すベネッタの姿を見る。

疑問を聲や表にする前に、エルミラはその行を信じた。

「『灰煙の主人(ハイドアンドレディ)』!」

エルミラの背後から放たれる十個の炎の塊。

その炎の塊はジャンヌに直接當たるわけではなく、ジャンヌの周囲の地面に著弾してそのまま発した。

発によって黒い灰の混じった砂埃が舞い、ジャンヌの姿を隠す。

『撤退の目くらまし……?』

ジャンヌにはエルミラの行の意味がわからない。

今更目くらまし? これでは戦うにも互いに互いに姿が見えない。あれだけの戦意を持っていて今更逃げるのかと。

だがその一瞬が命取り。ジャンヌは周囲に舞う砂埃と灰を鬱陶しそうに見つめていて……近付いてくる一つの影に気付くことが出來なかった。

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『なに!?』

「――!!」

砂埃を切り裂きながら突如目の前に現れる銀の瞳。

どれだけ視界が遮られようとも、ベネッタ・ニードロスの瞳はジャンヌの位置を正確にとらえる。

ベネッタは走る勢いのまま、虛を突かれたジャンヌの顔目掛けてその拳を振り抜いた。

「うあああああああああああ!!」

『ご……ぶっ――!』

ベネッタの拳がジャンヌの顔面を捉え、ジャンヌが砂煙の中を毆り飛ばされる。

赤黒い髪を揺らして飛び出してくるジャンヌの姿を見て、ベネッタは自分の推測を確信した。

「やっぱり!!」

「効いた!?」

砂煙の中を毆り飛ばされて出てきたジャンヌを見てエルミラはつい驚きを聲にする。

自分の統魔法すら通じなかった相手が今、鼻からを流している。

『っ……! この……!』

「うゃああああああああ!!」

『ごっ……ぶぁ!』

ベネッタはよろけるジャンヌの側面に回り、もう一度顔面目掛けて拳を放つ。

強化されたベネッタの拳は躊躇いなくジャンヌの頬を撃ち抜いた。

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『っ……ぁ……!』

(今まで見たきた魔法生命達はとんでもない怪ばかりだった……だから無意識にただ毆るだなんて無意味だって思い込んでたんだ!!)

そう……それは魔法生命と戦い続けていたからこその思い込み。

そして経験を積んでいたからこそ摑めたたった一つの勝ち筋だった。

(この人がどんな屬の魔法生命でも魔法が効かなくなっても、どれだけの人間を食べて"現実への影響力"を底上げしていても……生前から怪だったわけじゃない! この人は自分で言っている通りあくまで"人間"なんだ!!)

魔法生命ジャンヌ――ジャンヌ・ダルクは元いた世界では英雄とも呼ばれ、迎えた悲劇の結末と共に聖と呼ばれるに至った逸話は今でも語り継がれており、その伝承が風化する事はない。

だが……ジャンヌダルクはどれだけの伝承を重ねても人間である。

人間であるからこその救國の英雄であり、人間であるからこそ時を超えてされ続ける聖

は鬼でも悪魔でも、百足でもなければ龍でもない。生まれた時から人間の常識を超えた生命だったわけではない。

魔法を防ぐ神の加護はあっても……他の魔法生命が超常の生ゆえに持っていた鎧のような魔法生命の外皮など存在するはずもない。

「接近戦だエルミラぁ!!」

「そういう事ね……! 『不可侵無き炎貓(ノナス・カプノス)』!」

魔法生命に出來るのは魔法生命になったことで生前の能力や伝承に基づいた力を発揮することのみ。

ジャンヌは魔法生命ゆえに、屬魔法でを強化することもできない――!

「強化で一気に決める! 『導者の加護(パストル)』!!」

「核は私が破壊する! 援護して!!」

「うん!!」

ベネッタは強化の二重掛け。エルミラの上位の獣化に全ての魔力を注ぐ。

顔を毆られてふらつくジャンヌ。これがこの魔法生命を倒せる最後のチャンス。

ベネッタが作った隙を手繰り寄せるようにジャンヌとの距離を詰める。

『っ……! 【戴冠への道(クロヌトリステス)】!!』

向かってくる二人との間を遮るようにジャンヌは人型の魔力の塊を展開する。

先程とは違い銀の魔力。信仰屬による強度を持つ人型魔力はジャンヌを守るべく二人に突っ込む。

「ニャアアアアアアアアア!!!」

その人型魔力をエルミラは咆哮と共に薙ぎ払っていく。

エルミラの纏う逆立つような赤の魔力が怒る貓を想起させる。

疲弊した神に更に負擔をかける獣化の魔法。エルミラは自分の魔法に神が引っ張られるのに耐えながらジャンヌとの距離をゼロにした。

「ベネッダ!!」

「『守護の加護(シールド)』ぉ!!」

『なっ……!?』

ジャンヌの人型魔力を振り切り、距離を詰めた瞬間二人とジャンヌの間に防魔法が展開される。

『守護の加護(シールド)』は本來なら使い手とその周囲を守る壁を展開する防魔法……だが二人はその防魔法を敵を逃がさない檻へと変えた。

「うらああああああああアアア!!」

『っ……! ぁあああ!!』

「ご……のおおおおおおお!!」

毆る。毆る毆る毆る!

魔法と能力を駆使した魔法戦から一変し、行われるのは麗しい乙三人による毆り合い殺し合い。

ベネッタが毆ってきたジャンヌの腕を摑み、そこにエルミラが蹴りをれて腕を折る。

ジャンヌは自分の腕を摑んでいるベネッタの腕のを噛みちぎり、エルミラを蹴り飛ばす。

魔法というリングの中で行われる生臭い接近戦。

三人はもれなく顔面を毆られており、切れた口からと唾を吐き、鼻が垂れ流れるのも気にしないまま互いの敵に攻撃を続ける。

『ぐふっ……! はっ……!』

「らああああ!!」

「えええええい!!」

『ぶっ! ごはっ……!』

ただでさえ二対一の接近戦。

そしてが強化されたエルミラとベネッタ相手にただの人間の能力では分が悪い。

魔法生命の"現実への影響力"がジャンヌを支えているが、その人間のは徐々に追い詰められていく。

顎を撃ち抜かれて視界が歪む。足を蹴り抜かれて勢が崩れる。

このままでは、とジャンヌは二人に向けて手を突き出した。

『【を走る白馬(ラヴィサンシュヴァル)】!!』

「ギだ!! ベネッタ!!」

「うん!」

風屬魔法のような衝撃が三人の周囲に展開されていたベネッタの防魔法を砕いて、三人を囲むリングは無くなった。

しかしそれを読んでいたのか二人は示し合わせたように違う方向に跳んでかわす。

一瞬の迷い。接近戦に持ち込まれた事によってどちらもジャンヌへの脅威となった今、ジャンヌは優先する方向を一瞬迷う。

「ふん!!」

『貴様――!』

その迷いを突いてかベネッタがジャンヌに薄する。

ベネッタは折れてないジャンヌの腕を固めて、そして固定するようにごとしがみついた。

「エルミラぁあ!!」

「あああああああアアああアあああああ!!!」

『――!!』

エルミラとジャンヌとの間にあるのは自の強化を活かす助走距離。

ベネッタの合図でエルミラは最大速度でジャンヌ目掛けて駆ける。

赤い魔力が軌跡を描き、エルミラの腕はジャンヌのへと突き刺さった。

『ぐ……がああああああああああ!!??』

「ァあああああああ! ぶチ抜ゲえええええええ!!」

『まだ……わだしはああああああああああ!!』

「エル……ミラ……!!」

エルミラは獣化によって極限まで強化された拳をジャンヌの核目掛けて突き刺す。

その勢いは止まる事無くその拳はを突き破り、肋骨を砕いて……心臓部分にあたる核までと。

核まで屆くような攻撃をされながら、ジャンヌはエルミラの首を噛み砕かんとかぶりつく。

首からじる激痛に耐えながら、エルミラはその拳に力を籠め続けた。

『か……はっ……! あ……!』

「終わりだぁ!! 魔法生命!!」

『ぁ……ああああああああああああああああ!!!!』

ジャンヌの絶と共に魔力が迸り、その衝撃でエルミラとベネッタは吹き飛ばされる。

拳にじた手応えが離れ、エルミラは地べたに転がりながらジャンヌのほうを見た。

「は!? 逃げ――!?」

揺れる視界の中、エルミラは馬型の魔力に乗って逃げるジャンヌの背中を見る。

逃げた。魔法生命が逃げた。

その景に勝利を確信していたエルミラの表は一気に青ざめる。

追い掛けようにも今の一撃で魔力切れ。獣化も強化も解けていて、エルミラにはもう追い掛ける気力は殘っていなかった。

「ベネッタ! ベネッタ!! 追いかけて! お願い!!」

「駄目だよエルミラ! 傷がひどすぎる!!」

吹き飛ばされたエルミラに駆け寄ったベネッタはすぐに首の傷に治癒をかけ始めた。

ただでさえエルミラはを流し過ぎており、さらには魔力も底をつきている。エルミラをここに置いて追い掛ければ帰ってきた時には冷たくなっているだろう。

「私の事なんていい! あいつを逃がしたらもっと被害が出る! そんなの駄目よ!! この町どころじゃない!! もっと多くの人が食われるわ!!」

「それでも行けない……エルミラを置いてなんて……! それに核に攻撃は屆いていたよー! 大丈夫! しばらくしたらあの人は――」

傷からが噴き出るのを見てベネッタが宥めようとするが、エルミラは烈火のごとく聲を荒げ続ける。

「しばらくじゃ駄目よ! その間に誰かが殺される! そんなの駄目! あいつの魔力ならしばらく生き殘り続ける!! 霊脈に接続されたら延命できる可能だって!!」

「それでも駄目だよエルミラ……! ボクはエルミラを……置いてけないよ……」

「ベネッ――!!」

エルミラはそのまま言葉をぶつけようとして……ベネッタがボロボロと涙を零しているのを見てしまう。

涙を拭うこともなく自分を治癒してくれているベネッタの姿を見て、エルミラは喰いしばるようにをぎゅっと締めた。

落ち著いて自分の様子を見れば確かにひどい様子だ。

中傷だらけ。腕は刺されてぷるぷると震えていて、口の中はの味がする。

の中からは突き刺すような痛みが続いていて骨か臓が傷ついているのは間違いない。そしてベネッタが優先して治癒している首はもっとひどい事になっているのだろう。

「核に攻撃が屆いてたのは見たから……。とどめを刺さないともうくのもわかってる……でも……追い掛けたらエルミラが死ぬ……こんな事、言ったら怒るかもだけどー……エルミラが死ぬのは……やだよぅ……」

「わかってる……怒んないわよ……。けど、あんたが言うなダブラマの聖様」

魔法生命ジャンヌは二人から逃亡し、パルダムでの戦いは終わりを告げる。

核に致命の傷を負った敵がどこに行ったのかわからないまま。

ベネッタは友達を見捨てられない想いと魔法生命を逃がした後悔がり混じった涙を流し続けながら……ボロボロになりながら生き殘ったエルミラの治癒を倒れるまで続けていた。

いつも読んでくださってありがとうございます。

ここで一區切り……ではありませんが決著です。

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