《スカイリア〜七つの迷宮と記憶を巡る旅〜》第224話 オープン・セサミ

ガンドール武店にラグナ・アケルナルの水龍玉をネックレスにしてもらい、ラケルタスクロークを預けた翌日、俺とフウカは南區の浮遊街區に來ていた。

「すっごーい。おっきな魚だねー」

「でかい船だなー」

街區に接するように停泊しているのは大型の浮遊艇だ。巨大な魚のような外観で、下層の街並から見上げていた時もかなり目を引いていた。

プリヴェーラに大型の浮遊艇が停泊するのは珍しい。風のない陸で、鉄道網が発達したガストロップス大陸では、巨大な浮遊船自あまり見る機會はないからな。

それもあってか停泊中の港には多くの人が集まっており大変賑やかだった。

この船のことは昨日街へ遊びに出かけていたフウカ達から聞いた。彼達が耳にした噂によって、とある商船がプリヴェーラに寄港するという報を得たのだ。

だから野次馬気分でフウカと一緒に見に來た。わりかし近所だったし。

それに船の行き先によっては、途中まで乗っていけるかもしれないからな。

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ちなみにリッカは今日出かけている。彼は今日から特別に波導の指南をけるそうだ。それもなんとあの東部三大賢者のアンナ・バルタザレア様から。

は希な黒波導の使い手であり、相當な技量を持った波導師だ。

バベルで料理をご馳走になった際、リッカはバルタザレア様と話す機會を得た。その時に黒波導の指南を約束してくれたのだという。數日だが、三大賢者に直接指導してもらえるなんて貴重な機會だ。

「リッカ、今度私にも黒波導を教えてくれるって。楽しみだなぁ」

「よかったな」

大暴走の時も使っていたが、何故かフウカは黒波導を使えるようになっていた。

翠樹の迷宮で記憶が戻った時に風の屬を使えるようになったので、今回もマグノリア公國で戻った記憶の影響だろうと思う。思い出した……ってことなんだろうか?

船に近づこうとして、人だかりを避けて進んでいくと、前方に見覚えのある後ろ姿を見つけた。

「あれっ、カストールじゃない?」

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「どこのどいつだァ? 俺様を呼び捨てにしやがるヤローはヨ」

並みに傾いたファッション。付き眼鏡を掛けたストルキオが振り返る。

「なんだ、テメーらか」

「カストールさん、先日は本當に助かりました」

「俺様のおかげで倒せたようなモンだろ。謝しろヨ? ハッハッハァ」

「カストールも船を見に來たの?」

彼は船に向き直りその全容を見上げる。

「まぁな。なんせこの大型浮遊商艇『オープン・セサミ』は俺様が設計したんだゼ?」

「え!? そうなんですか?」

「どうだ。イカしてんだろ?」

カストールは得意げに鼻を鳴らした。そういえば彼の本職は浮遊船の設計士だったか。

「すっげえ……」

「プリヴェーラに寄港するって小耳に挾んだんでな。家に帰る前にいっぺん見とこうと思ったのヨ」

ピンクの塗裝が目立つ魚型の船は、言われてみればなんとなくカストールらしいじがする。

側面には大きなハッチが開き橋が渡されている。そこを渡って荷の積み降ろし作業に勤しむ人々の姿が見える。

「人との出りが多いですね」

「何も知らねえオメーらのために俺様が解説してやるゼ。この船はなぁ、俺様がカマス商會から依頼をけ直々に設計した移市場なんだヨ」

「移市場……?」

「そうだ。つまり船の中がまるごと市場や居住空間になってんだ。市場を蔵した船ごと移して、各地の港に寄港し、を卸すだけでなく現地で直接商売するってぇ寸法ヨ」

カストールの話を聞いてフウカが目を輝かせる。

「すっごい!」

「だろ? 俺様の偉大さをもっとじやがれ」

「ねえナトリ、私中にってみたい!」

「え? ああ、確かに見てみたいな」

場料を払えば中にって市場で買いできるみたいだが、リッカに何も言わず俺たちだけで楽しんでいいものだろうか……。

「おう、俺様の作品を堪能し目に焼き付けてけヨ。こいつがロスメルタに向けて飛び立っちまう前にな」

「次の目的地は西部なんですか?」

「そう聞いたゼ。首都の刻印都市ルーナリアまで行くらしいな」

刻印都市ルーナリアって、俺たちの次の目的地じゃないか。

「俺たち次は輝の迷宮を目指す予定なんです」

「なんだ、なら丁度いい。こいつに乗ってけヨ」

「もしかして、これに乗って旅できるの?!」

「オープン・セサミには一通り娯楽施設も揃えてっからな。退屈させねえゼ」

フウカはもう喜満面といった様子で俺を見上げてくる。この大型艇で空を旅するのを想像し、テンションが上がりまくってしまったのだろう。とはいえまさに渡りに船。確かにこの機會を逃す手はないだろう。

「よーし、行くかロスメルタに。これに乗って!」

「やったー!!」

早速俺たちは船の航行予定を確かめた。

「出航は6日後か。あんまり時間がないな。早速みんなに連絡して準備を始めてもらわないと」

「じゃあオメーら、元気でな」

カストールが踵を返し、去っていく。

「カストールさん! 本當に、ありがとうございました!」

「ま……、実際魔龍をやれたのはオメーらの力だ。誇っていいゼ」

「また、會えるよね!」

彼は口元を曲げて、含んだように笑う。

「はっ、まるでダチみてーな言い方だな。オメーらのやろうとしてることはハンパじゃねー。この先きっと何度も挫折する。でもな、辛かったら逃げてもいいんだゼ」

「そんなわけにもいきませんよ」

「オメーらだけに世界の命運背負わせるなんてオカシイだろ、絶対。そこになんの責任もありゃしねえ。なくとも俺様は、オメーらが逃げてもそれを責めたりはしねえヨ」

「ありがと、カストール。でももう私たち決めたの」

彼は振り向く事無く黃い首筋を掻く。

「……そうか。ならもう何も言わねえ。だがな、死ぬんじゃねーぞ。ナトリ、フウカ。気張って來い」

「はい!」

「はいっ!」

俺たちは人波の向こうへ去っていくカストールを見送った。

§

いよいよプリヴェーラを発つ日がやってきた。俺たちは今日も多くの人々が出りするオープン・セサミ前の広場に集まっていた。

話を聞きつけ見送りに來てくれた人々との別れを惜しむ。

「トレイシーさん、今までありがとう」

「それは私の臺詞です。本當に々なことがありましたが……、ランドウォーカー様には本當に助けられました」

何も知らずにバベル南支部に足を踏みれた俺を、丁寧に案してくれたことが思い出される。

「それにしても街の英雄にまでなってしまうなんて想像もできませんでしたが」

見送りに來てくれたトレイシーはいたずらっぽく分厚い眼鏡の奧の瞳を緩める。

「しばらくはお會いできないでしょうね」

「そうですね。今度は長旅になるだろうし」

旅に出るにあたり、プリヴェーラで借りている部屋も引き払ってきた。銀行からも無事に資金を引き出し準備は萬全だ。

「遠くにいても、みなさんのご活躍を願ってます。どうか、ご無事で」

「なんとか頑張ってみます。そうだ、二人のことよろしくお願いしますね」

「わかっています。ですが、おそらくベリサール様もエルマー様もプリヴェーラには戻られないでしょうね」

「俺もそんな気はしてるんですが、一応」

あのアルテミスの二人がバベルに寄ったら俺の行く先を伝えてほしいと彼には頼んでおいた。

「ルーナリアでも我々バベルがランドウォーカー様とジェネシスをサポートしますので、現地の支部にも是非寄ってくださいね」

「きっと世話になると思います」

「いい、リッカ。わたしの教えを忘れるんじゃないよ」

「はい、バルタザレア様。ご指導いただき、どうもありがとうざいました」

「あんたには人並み外れた才がある。自分の力でも黒波導の神髄に近づけるだろうさ」

俺たちの側ではリッカとバルタザレアが會話していた。リッカはここ數日彼から指導をけていた。

二人をみているじ、ここ數日でかなり距離がまったみたいだな。バルタザレアは旅立つ孫を気にかける祖母のような態度でなんだか微笑ましい景だった。見た目的にはリッカよりもじさえするのだが。

「トレイシーさん、バルタザレア様ってガルガンティア様とどういう関係なんだ?」

「私の報によると、昔の修行仲間みたいですよ。互いに厳しい修行と研鑽を積んだ結果、お二人はアイン・ソピアルを得られたんだとか」

「へえー……」

俺たちが顔を寄せ合ってこそこそと話していると背後から圧を込めた聲がかかる。

「おい」

「は、はい!」

バルタザレアが俺を見上げていた。心なしか目つきが険しい。

「この子を泣かせたら承知しない。半端な気持ちで連れてくんじゃないよ」

「言われなくてもわかっています。もうリッカを一人にはしません。厄災にも渡しはしない」

「ナトリくん……」

リッカを必ず普通の人間に戻す。難しいことはわかっているが必ずなんとかする。の厄災ともいずれ決著をつける時が來るはずだ。その時俺は絶対に彼を……。

「ハン、言うじゃないか小僧。その心意気、今は信じてやる」

頬を赤く染めるリッカにバルタザレアが言う。

「……アタシの教えたテクニックを駆使してモノにしてきな」

バルタザレア様の言葉に、何故かリッカはさらに顔を赤くし茹でダコのようになってしまった。

「テクニック? リッカの波導も強くなってそうで心強いよ」

「え? あ、は、はいっ! あはは……」

「ランドウォーカー様、なかなかやってますねー」

「何が?」

「いえいえ、お気になさらず」

話を聞いていたトレイシーが乾いた笑いを放つ。

「マリア、昨日街へお寄りになったお父様からあなたに伝言を頼まれたの」

「お父さまが?!」

「ええ。ロスメルタ主都にいる叔母様に話は通してあるから何かあったら頼りなさいと仰っていたわ」

大きな荷を背負ったマリアンヌはガルガンティア協會の面々に囲まれていた。

「あはっ、マリアンヌ人気あるなぁ。可いもんね」

「ふふ、そうだね」

は協會でも最年。なんだかんだで皆に可がられているようだ。

「そろそろ乗船した方がええんやないか?」

「お、もうそんな時間か」

俺たちの前にガルガンティアが歩み出る。

「すまぬな。お主達だけに重荷を背負わせることになる」

「いえ。これは俺の役目だと思ってますから。ガルガンティア様達がいなければこの街を守る事だってできなかった……。みなさんはもう十分に頑張ってます。それにマリアとリィロさんもついて來てくれるし」

「え?」

何故かきょとんとした顔で困するリィロに、彼の家族らしき人々が杖や荷を差し出す。

「あたしの杖? そ、それに父さんに、母さん? なんでここにいるの?」

「頑張れよ姉ちゃん!」

「家のことは心配するな」

「あなたがいないと寂しくなるわ……。でも頑張ってね」

「お前を送り出せること、エンヴィア家の長として誇りに思うぞ。父さんは最高の娘を持った!」

「……は?」

「どうしたんですか? リィロさん」

「私も……いくの?」

「いかへんのか?」

「行かないの?」

「ガルガンティア様ぁ……」

は助けを求めるようにガルガンティアを見る。老ラクーンはリィロに対しニヤッと口の端を持ち上げて微笑んでみせる。

「お主も既に彼等ジェネシスの一員じゃろう。なに、協會の仕事については心配するな」

「えぇ……」

「頑張れリィロ! 俺も応援しているぞっ!」

確かマルコスといったか。見送りにきてくれたリィロの先輩士がを伴い彼に熱いエールを送る。

「……クソが」

「何か言った?」

「う……、ううん。なんでもない。なんでも……。もう、意味わかんない……。行きますよ。行けばいいんでしょう……」

俺たちは新たにリィロ・エンヴィアという仲間を加え、西へ向って旅立ったのだった。

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