《傭兵と壊れた世界》第百三十三話:幕間 帰る場所
第二〇小隊がミラノ水鏡世界に向かっている間、ルーロ革命の向は大きく変化していた。
まず革命の発起點であるノブルス城塞だが、総指揮を取っていたシモン軍団長が殉死したことによって防衛ラインが崩壊し、ローレンシア軍は撤退を余儀なくされた。その後も指揮を失った大國は連敗を重ねてどんどん後退する。後世に語られるノブルスの悲劇。かの城塞はルートヴィアに対する最大の防衛拠點であるため、この敗北はローレンシアにとって大きな痛手となった。
ノブルス城塞を占領した解放戦線は三つの條件を提示した。
まず祖國ルートヴィアの國土解放。次に賠償金の要求。そして最後に、天巫の引き渡し。
ローレンシアは當然のように要求を拒否した。天巫を引き渡せと要求された元老院が烈火のごとく怒り狂ったのはいうまでもない。國民の反発もすさまじく、皮にも民と元老院を団結させる要因となった。
ローレンシアのきは各國が注目している。もしも大國が傾けば商業國だけでなく、北や東といった周辺諸國も參戦してくるだろう。
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かくしてルーロ革命発から早一年半。様々な思が飛びい、絡み合った結果、ついには大國、亡國、商業國、傭兵國を巻き込んだ一大戦爭に発展しようとしていた。
そんなノブルス城塞の指令室。
かつて老將シモンの席だった椅子に旗頭ユーリィが座っている。彼は流し読みをするような勢いで報告書に目を通すと、近くの部下に問いかけた。
「各地に散っていたローレンシア軍はどうなっている?」
「首都ラスクに集結中ですが時間がかかっているようです。夜の走行が難しいため早くても一ヶ月以上かかるでしょう」
ローレンシアは広い國土を有しているため、相応の兵を各地に割かなければならない。戦力分散をしなければ國土を維持できないのが大國の弱點であり、亡國がまともに渡り合えた理由の一つだ。
ノブルス陥落をけて兵を召集しているようだが、方々に散った兵士をすぐに集めるのは厳しいだろう。その間に攻めきれば解放戦線の勝機がみえる。
「首都防衛はアメリア師団長か。目立った戦績をあげていない分、報がなくて厄介だな。天巫はまだラスクにいるんだよね?」
「はい。ラスクを出たという報はっておりません。ですが、無理に首都を攻めてまで天巫を狙う必要があるのですか?」
「なぜかアーノルフは天巫の力を使いたがらないけど、天巫の力は本だよ。なにしろ『彼ら』が天巫を求めているんだから」
「彼ら……深い商人どもですか」
「せめて支援者(パトロン)と呼んであげようか」
商業國がルートヴィアを手厚く支援しているのは戦爭経済で利益を得るのも理由の一つだが、一番の目的は天巫の力を奪うことだ。パルグリムは當初、ノブルス陥落が難しいならば戦爭の長期化を考えていた。だが、首都まで手が屆くのならば話が変わる。天巫が手にるならば戦爭経済なんて目ではない。ルートヴィアに多額の支援を送っても十分に元がとれる。
解放戦線にとっても、またとない好機だ。ようやくパルグリムが乗り気になってくれた。彼らの後ろ盾があれば首都陥落が夢語ではなくなってくる。
「そのような力、商業國に渡してよろしいのですか?」
「世間的にみれば、よくない。でも僕達に選択肢はない。祖國が解放されるためならば喜んで金の亡者に尾を振ろう」
ユーリィも當然わかっている。だが止まれない。もう引き返せない場所にまで來てしまった。
綺麗事を語れるのは余裕がある人間だけだ。手段を選べるのはいつだって勝者である。戦いに負け、ローレンシアに隷屬するユーリィ達に殘された道はひとつだけ。戦いだ。武を取るしかないのだ。亡國の民として後ろ指をさされる日々にさよならを告げ、次代に生まれる子供達がを張ってルートヴィア人だと名乗れるために、ユーリィはあえて非道の選択をする。
もしかすると愚か者として歴史に刻まれるかもしれない。だが、その程度。汚名を被るだけで自由が得られるならば、ユーレィは喜んで旗を掲げる。祖國解放。ルートヴィア再興の旗印である。
「さあ、僕達の革命を終わらせよう」
進軍開始。目指すは首都ラスク。
○
ミラノからの帰還は難航していた。理由は郷の海で迷ったからだ。広大で真っ暗な窟が方向覚を狂わせ、シザーランドへの帰り道をわからなくさせた。
なんとか出口らしき場所に辿り著いたものの、窟を上った先は傭兵國ではなかった。
「ここ、月明かりの森だわ」
海に流されて違う出口に來てしまったのだろう。鬱蒼と広がる森と、いたるところから生える結晶、そして海底都市に似た建築様式の廃墟が広がる。空を見上げれば馬鹿でかい結晶の塔が視界にり、逆に視線を落とせば逆流した川が窟の中へ落ちていく。すぐに全員が防護マスクをつけた。幸いなことに結晶憑きの姿は見當たらない。
「そういえばナターシャと出會ったのも月明かりの森だったな。俺達と森は縁があるのかもしれん」
「私達が出てきたのは塔の南側ね。久しぶりに廃墟観でもする?」
「足地を観とは豪膽だ」
「だって足地巡りはもう終わりでしょ?」
「ああ、そうか……これが最後か」
イヴァンが表を和らげた。彼の中でのルーロ戦爭が本當の意味で終わったのだろう。これから先、危険を冒して足地に挑む必要はない。金も潤沢にある。戦場から離れることだって可能だ。ようやく自らを縛る重圧から解放された彼は清々しい様子だった。
「傭兵は続けるの?」
「どうかな。続けてもいいが、まだわからん」
「もしも辭めるなら旅行に行くのはどうかしら。今度はみんなで味しいものを食べに行くの」
「それは名案だ」
亡霊がようやく眠りにつく。すなわち第二〇小隊の終幕。
「終わり、ですか」
だが、人それぞれに戦う理由があるのだから、終わる者がいれば終われぬ者もいる。
呟いたのはソロモン。彼はまだ終われない。
「慨にふけっているところをわりーが、船もないのにどうやって帰るんだ?」
「歩くしかなさそうね」
「正気か? どれだけ距離があると思ってんだ?」
「意外と何とかなるものよ。大丈夫、経験者が言うんだから信用して」
第二〇小隊が月明かりの森を南下する。彼らはまだルーロ革命の現狀を知らない。
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