《スカイリア〜七つの迷宮と記憶を巡る旅〜》第225話 空の市場

大型浮遊商艇オープン・セサミ。各地を浮遊艇で移しながら、需要のある場所に必要なものを無駄無く供給する的確な嗅覚と手腕によって、一代で莫大な財をした大商人ミセス・カマス。彼の率いるカマス商會がこの船の持ち主だ。

俺たちは橋を渡ってハッチを潛り船の部へとり、まずは宿の付に並んだ。部屋は既に人數分の予約を澄ませてある。順番が來て鍵をけ取ると揃って船を進んだ。

「えーと、俺たちの部屋は……マス區畫の端か」

なにしろ大型の浮遊艇だ。宿はいくつかの區畫があって部屋のランクや階層も無數にある。俺たち六人は該當する區畫へ辿り著くとそれぞれの部屋に荷を置き、軽になって市場を見に行くことにした。

「すごい……」

「ほォー、これが噂に聞くカマス商會か」

カマス市場は船で最も多くの面積を占めるエリアだ。宿泊區畫を出て市場へった俺たちは、それぞれ嘆の聲をらす。

船の中に町がある。船を覆う可式の巨大な天蓋が開き、そこからが降り注ぐ市場は多くの人々で賑わっていた。市場だけでも小さな町くらいの規模はありそうに見える。

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関心しながら市場前広場に立って珍しげに辺りを見回していると、甲高い汽笛の音が鳴り響く。そしてし足下が揺れる。船が出航したのだろう。

「いよいよか」

「ま、しばらくは気楽にいこうぜ。ロスメルタまで半月以上は船旅や」

「このじなら退屈しなさそうですね」

々見て回りたくなるねー」

俺たちの前に、カゴを持った縞模様のネコがぴょんぴょん跳ねながらやってくる。

「やぁお兄さんたち、カマス商會の船にようこそ。歓迎のカマスまんじゅうだよ。甘くて味しいからぜひどうぞー」

そう言って持ったカゴの中に大量にったピンクを渡してくる。俺たちはそれぞれ饅頭をけ取った。

「ほんとだ、おいしい!」

「果が弾けて……、幸せですね」

「おお、サービスええやないか」

俺もその甘味を味わおうと口を開いたところで、フウカの肩に何か白いものが乗っていることに気づく。

「おいフウカ、それっ」

「え? わっ、なに……?!」

そこには謎の生がいた。翼の生えた白い鱗と羽に覆われた小さな、頭部に小さな角がある。

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「なんです、この子?」

「こんなんさっきまでおったか?」

「いや……」

そいつは寢ぼけたように目をしばたかせると、肩の上で浮き上がりキュイと鳴いた。

「マリアンヌちゃん、じない? この子多分波導生よね」

「そうですね。それにこの鱗は、竜……なんでしょうか?」

「ちっちゃくてかわいいねー」

陣のお気に召したようで、彼達は白チビを囲んできゃっきゃし始めた。竜。なんでそんなのが突然ここに?

「ナトリ、あいつなんか見覚えねえか?」

「それ俺も考えてた。どっかで————」

「ナトリー、この子連れてっちゃだめ?」

フウカが子竜を抱えて俺の方へ見せる。

「このじ、多分フラウ・ジャブ様だよ」

「キュ!」

竜の子はその通りだと言わんばかりに鳴く。

「マジかよ……。これがエルヒムやと??」

「フラウ・ジャブ様って……、噓だろ!?」

エルヒムの生まれ変わり? そもそも生まれ変わったりするもんなのか。

「あわわわわわ……、プリヴェーラの守り神様がどうしてこんなところにいるのよ?!」

「これ、マズくないですか?」

事の重大さを真っ先にじ取ったマリアンヌとリィロが揺しだした。

「でも、フラウ=ジャブ様はこの前街を守って消滅したんですよね?」

「た、たしかに……。どゆこと?」

「この子生まれたばっかりだよ、多分」

子竜とじゃれ合うフウカが笑いながら答える。

「……と、とにかく。一旦落ち著いた方がいいわね」

「せやな。とりあえず晝飯にでもせんか? 話しときたいこともある」

§

俺たちはクレイルの提案で市場へり、手頃なサンドイッチ屋のオープンテラスに陣取った。晝飯を腹に落とし込んだ俺たちの目の前、テーブルの上では小さなフラウ・ジャブ(?)様が寢そべって気持ち良さげに目を閉じていた。

「……で、連れて來ちゃったジャブ様どうしよう」

既に街を離れて時間が経っている。まだオリジヴォーラ辺りまでは日數がかかるだろうが、一旦降りてでもプリヴェーラに連れ帰るべきか。

「そもそもなんで復活しとるんや」

「食べながら考えてたんだけど……。エルヒムは人の信仰から生まれるって話だよね。ってことは、人が居る限り不滅とも考えられるわけでしょ」

「プリヴェーラの街が守られ、人々の心から再びフラウ・ジャブ様が生まれた、ということでしょうか?」

「街を守ってくれた時に波導を使いきっちゃったみたいだし、一時的に消えてたんだと思うな」

エルヒムってつくづく不思議な存在だよな。

「でも……、その神様を私たちが連れて來ちゃっていいんでしょうか」

街の守り神なのだから、プリヴェーラに存在するのがどう考えても自然だ。今の狀況は異常ともいえるだろう。

「うーん……。でも、神様がここにいるってことは、街の人もそれを認めてるってことになるんじゃないか」

「確かにそうですね……。白龍様の意思はともかく、理由なく私たちと一緒にいるとも思えないですよ」

「じゃあ連れてってもいい……のかなぁ?」

リィロが手をわきわきとさせながら子竜に近づき、つかまえる。

「ふおおおー、もっふもふ!」

「次に街に戻ったときに返しときゃええやろ」

クレイルが半ばなげやりにそう答える。

「いいのかなぁ……。まあ、いなくなったところで街の人達にはわからないだろうけど」

「そういえばクレイルさん、さっき何か話したい事があるって言ってましたよね」

「覚えとったかリッカ。旅の前に、お前らに言っとかなあかんことがあってな」

「なんだよクレイル。改まって」

クレイルは椅子に深く腰掛けて腕を組むと目つきを鋭くする。

「エンゲルスの連中のことや。リィロも何も知らんままはさすがに危険すぎるやろうしな」

「!」

「王都にいる間ずっと奴らについて調べてたって言ってたよな」

「ま……、たいしたことはわからんかったがな。王宮でエンゲルスの一員とやり合ったことは前に話したな」

「ええっ?! あの極悪非道の犯罪組織エンゲルスと戦ったの?」

驚愕に目を剝くリィロにクレイルは頷く。そして俺の方を向いた。

「ナトリよ。あ(・)の(・)こ(・)と(・)、言ってもええか」

クレイルの言いたい事はわかっている。おそらく奴らとフウカの関わりについてだろう。俺はまだフウカに言ってなかったが、そのに危険が及ぶ危険は十分に考えられる。これは彼も知っておかなければならないことだ。

「話してくれ」

「おう。……俺は波導士となってから、ずっとそのエンゲルス共を追っとる。そんで、奴らとフウカちゃんにはなんらかの関わりがあるみたいなんや」

「それ……本當なんですか」

「マジや。マグノリア公國でやり合うた魔アガニィは覚えとるか?」

「うん。覚えてる」

「あのはフウカちゃんを尋常やなく憎んどったな。実際殺そうとしてきおったしな。……あいつはおそらくエンゲルスの一員や」

「何か拠はあるんですか?」

「確かな事は何もないが、俺にはわかる。俺は今まで二人のエンゲルス構員に會った。アガニィの雰囲気はそいつらと同じやった」

「エンゲルスに三人も出會ってよく生きてるね……クレイル君」

「まぁな。そんで」

クレイルはフウカを見據える。

「フウカちゃんも同(・)じ(・)なんや。奴らエンゲルスと纏っとる雰囲気がな」

「!」

フウカには黙っていたが、実際マグノリア公國で俺もじたのだ。あのアガニィとフウカに共通する印象を。

「じゃあ、私……そのエンゲルスっていうのにってたのかな」

「そんなわけない……。フウカちゃんがそんな悪い事するわけないもの」

「でも、記憶を失くす前にもしかしたら」

やはりフウカにはれ難い容だったようだ。彼は下を向いて俯いてしまう。

「レイトローズ王子も言ってたじゃないか。フウカは記憶を失くす以前は王宮神だった。そんなわけない」

「そう、なのかな……」

「俺もフウカちゃんがあいつらの構員だとは思っとらん。逆に奴らはフウカちゃんを憎んどるみたいやしな」

「昔の私が、何かしたのかな」

「…………」

そればかりは、きっと奴らに直接聞かないことにはわからない。

「その上でナトリ、フウカちゃん。お前らに謝らせてくれや」

「え、なんで?」

「お前らと初めて會うたイストミル行きの浮遊船、覚えとるか」

「俺とフウカが王都を出た時のことだな」

「浮遊船で初めてフウカちゃんを見かけた時、俺はお前らがエンゲルスの一員なんやないかと疑った。ま、行を共にするうちその疑念は晴れたが」

「そうだったんだ……」

クレイルがフウカを探しに迷宮へ一緒に來てくれたことや、ミルレーク諸島へ同行してくれたのはそういう理由からだったのか。確かに、仲良くなったとはいえ、なんとなくで迷宮なんかに來てくれるわけないもんな……。

フウカの正を見定めるという目的があったわけだ。

「すまんかったな、二人とも。ずっと疑うてて」

そう言うとクレイルは頭を下げた。

「そうだったんだね……。でもありがと、話してくれて。そうやってずっと私を見てたクレイルが、やっぱり違うっていうなら、本當に私はエンゲルスじゃなかったのかも。えへへ、……ちょっとだけ気が楽になったかも」

「何謝ってるんだ。クレイルにはむしろ謝しかないよ。俺一人じゃ翠樹の迷宮でフウカに追いつくことも、時空迷宮から抜け出すことも出來なかったんだから」

「そうか……。その言葉、聞けてよかったぜ。改めてよろしゅうな、二人とも」

「ああ、対等の関係になれたってじがするよ」

今更そんなことでクレイルのことを信じられなくなったりはしない。大事な友であることに変わりはないのだから。

「話を戻すが、奴らの目的は『盟約の印』や」

過去、マグノリア公國を壊滅させたアガニィは「盟約の印」を探していた。クレイルが王宮地下で遭遇した紫電のフュリオスというもまた、クレイルの持つ印を奪おうとしたらしい。

「つまり、私とクレイルさんのことを探してるってこと……ですよね」

「そうなるな。だからリッカ、お前も奴らには気をつけとけよ」

「リッカさんにクレイルさん、おまけにフウカさんまでエンゲルスと因縁があるなんて……。確かに今後も出會う確率は高いかもしれません」

マリアンヌが真剣な面持ちで呟く。実際その通りだろう。遭遇しないのが一番だが、奴らは各地に赴き印を探しまわっているみたいだし。

「フュリオスは排除したし、アガニィは時空迷宮の中で消えた。俺らが印を継承しとることは、奴らにはまだバレとらんはずや。だが、これから先俺らがエンゲルスに遭遇する可能は高い」

「だよね……やっぱ」

リィロが竜の子を抱きかかえながら顔を青ざめさせる。

「奴らは強い。どいつもこいつもアイン・ソピアルを會得してやがるからな。戦えば一筋縄ではいかん」

「でも、奴らがフウカを害しようとするなら負けるわけにはいかない」

「みんなで力を合わせれば、きっと対抗できるはずです!」

強大な力を持つ波導使いの犯罪集団だろうが、フウカを傷つけようとするならただじゃおかない。

「俺の目的は奴らを壊滅させることや。のこのこ來ようもんなら返り討ちにしてやる。だからそんときは俺に任せてくれや」

「私ももっと泡石(エトピリカ)に磨きをかけないと」

「私弱いから、そのときはクレイル君どうかお願いね……」

エンゲルスという脅威について報を共有し、クレイルの謝罪と注意喚起は終わった。

「そういえばこの子、なんて呼べばいいんでしょう?」

リッカが白竜を見て言う。

「たしかにフラウ・ジャブ様だと長いですよね」

稱つけてあげようよ!」

「そうねー。『フラー』とか? 単純だしの子っぽいけど」

「いいですねそれっ。すごくかわいい!」

の子達はフラウ・ジャブ様のニックネーム付けで盛り上がっている。

何故かペットが一匹増えてしまったじだけど、船上は非常に和やかな雰囲気だった。しばらくはこのまま船旅を続ける事になる。これだけ仲間がいれば、退屈さとは無縁の旅になるだろう。……きっと。

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