《【書籍化決定】公衆の面前で婚約破棄された、無想な行き遅れお局令嬢は、実務能力を買われて冷徹宰相様のお飾り妻になります。~契約結婚に不満はございません。~》賊の襲撃があったそうです。

と言うわけで、ソレアナとサガルドゥのその後と、生まれた娘タリアーナのお話でした。

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『タリア……お父様は必ず帰ってくるわ。だから……それまで、良い子でね。してる』

そう言って、母ソレアナが亡くなった時。

バルザム帝國は、北國との戦爭の真っ只中だった。

普段、笑顔しか見せたことのなかった父が、とても厳しい顔をして旅立ったのを、タリアーナはよく覚えている。

『かつて帝國が犯した罪のツケを、算する時が來たのだ』

その言葉の意味が、まだかったタリアーナには分からなかったけれど。

いつも父に強く出ていた母が何も言わずに見送ったから、それが必要なことなのだと、理解は出來た。

戦の終結までには、2年掛かった。

その間、父は手紙をくれたけれど、一度も戻ることはなくて。

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訃報の手紙を送ったのは、戦爭が終わりかけた時期。

母が亡くなった心の整理がようやくつきかけた頃に、それは起こった。

外で何やら騒がしい聲が聞こえて『賊が出た!』と使用人がんだのだ。

そうして、タイア本邸のある村にり込んだ賊は、村を占拠した後、村の人々には目もくれずに『領主の娘を出せ』と門前に姿を見せたのだ。

賊は強かった。

門番が殺されてしまい、けれど門と屋敷を囲う壁は破られなかった。

帝國で見ても類を見ないほど、タイア本邸は強固で高い壁と厚い門、そして魔による結界が施されて守られていたのだ。

に抱き締められて屋敷の中でタリアーナが震えていると、侵出來ない事に業を煮やしたのか、賊が屋敷の周りに火を放った。

中には延焼しなかったけれど、壁の外や木々を這うように広がって行く炎の熱気と、草木の燃える臭い。

そして遠くから聞こえる、男のしゃがれた恐ろしい怒鳴り聲。

何度も夢に見るほど恐ろしい記憶が脳裏に焼き付き、タリアーナは男が苦手になった。

特に聲が苦手で、低い聲やしゃがれ聲は聞くだけでが強ばるくらいに。

けれど、天はタリアーナを見捨てていなかった。

籠城し始めて一日。

まず、結界や壁が破られる前に、雨が降り始めた。

後で聞いた話だと、火攻めが徐々に鎮火して行くのを見て、別の手段を模索した賊の一部が、村に戻って人質を取ろうとしたらしい。

その村に戻った賊が、何者かによって殺された、と外が騒がしくなった。

しばらくして、最初に怒鳴っていた男と誰かが言い爭うのがタリアーナの耳に屆く。

『ーーーの、胤かもしれぬ子を……!』

『奴の娘……らを、第二王子を貶めた報復……!』

『させぬ!』

『本気で惚れ……無様……』

『貴さ……己が罪を……!』

剣戟と鬨の聲、悲鳴に混じる、必死な聲と、嘲弄を含んだ返し。

やがて全てが収まると、老齢の家令が走ってきた。

「賊が、始末されました! 兵団を率いて來られた方が、怪我をなさっておられます! どうなさいますか、お嬢様……!」

家令の顔は引き攣っていた。

きっと、タリアーナに判斷を預けるのが心苦しかったのだろう。

でも今、この屋敷で、その判斷が出來るのは自分しかいなかった。

ーーーどうすれば。

そこでタリアーナは、母の言葉を思い出す。

『どのような失敗をしようと構わないけれど、恩だけは忘れてはダメよ』

だから、助けるように指示を出した。

けれど、タリアーナはしばらく會わせてもらえなかった。

ーーー命の恩人は、片腕が落とされてしまっていたのだ。

凄慘な狀況で、傷からの熱で生死の境を彷徨った彼が、どうにか命を取り留めたタイミングで、父が帰還した。

『會うか?』

を知った父にそう問われたタリアーナは、発し始めていた男への恐怖を堪えて対面した。

その様子をどう捉えたのか、禮を述べたところで、彼がふと言ったのだ。

『私は、旦那様に雇っていただけることになりました。ですが、お嬢様のお目にはなるべくれないように勤めます』

そう言って、回復した彼は村のり口で見張り番を務めることになったのだ。

※※※

「あの方は、元々騎士だったのですか?」

馬車の者とのやり取りの際に、ほんのしだけ目にしたことがある隻腕の老人。

その人の意外な話に、アレリラは問いかけていた。

「騎士であったかどうかは知らないけれど。命の恩人であることは間違いないわね」

「ていうか、そんなことがあって男が怖いのに、よく父上と結婚したね?」

フォッシモが不思議そうな顔をすると、母は首を傾げる。

「會うまではもちろん怖かったけれど、お祖父様の言葉は絶対だもの。でも実際に會ってみたら……あの人は全然威圧がないでしょう? それに、私はあの人の聲だけは、不思議と怖くなかったの」

確かに父は、背丈は母と同じくらいで、心ついた頃から小太りの型は変わっていない。

聲は割と高めであり、しゃがれてもいない。

どちらかと言えば、子どものような聲音とでもいうのだろうか。

すると、イースティリア様が會話がひと段落したところで口を挾む。

「お話を聞くに、タイア子爵と疎遠になったのは、その後の話のようですね」

「あ、ええ……母が亡くなってから、しずつ、というじかしら……あまり話すことがなくなってしまって」

ーーー母の、男に対する恐怖に気づいていたのでしょうか。

それだけが理由では、ないだろうけれど。

「お母様、お話いただきありがとうございました。お祖父様に伝えておくことは、何かありますか? 言伝で都合が悪ければ、手紙を認(したた)めていただければ、お持ち致しますが」

「あの人に? そうね……」

母は視線を上に彷徨わせると、小さな笑みで答えた。

「『私は今、幸せですよ』と、伝えてもらえる?」

「分かりました」

話は、それでお開きになった。

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