「君が見つけた……カヤ・クダラノは常世ノ國(とこよ)の巫と呼ばれる特別な貴族で魔法生命の核を霊脈から引きずり出せる統魔法を持っているらしい」

學院長室に呼ばれての話は當然、アルムが確保したカヤ・クダラノというについてだった。

今は王都で拘束されており、來週にはアルム達も引き出した報についてを話し合う場を設けられている。

學院長であるオウグスは先んじて屆いた報を最初に伝えるためにアルムを呼び出したようだった。

「確認はとれたんですか？」

「ああ、君もよく知っているミレルのシラツユ・コクナ……それと現在王都付近にいる魔法生命ケトゥスの証言が得られた。シラツユ・コクナの話によれば常世ノ國(とこよ)出の貴族なら誰でも知っている話だから彼についての話は呪法にも引っ掛からないだろうとの事だ」

「ですが、彼はカンパトーレに拘束されていましたし……グライオスという魔法使いの呪法に引っ掛かるから詳しくは言えないと」

アルムはカンパトーレの魔法使いグライオスと戦闘後に語らった時間を思い出す。

グライオスは彼について何かを伝えようとした瞬間、間違いなく呪法が発していた。

「恐らく、どこまで知っているかが問題なんじゃないかなぁ」

「常世ノ國(とこよ)の巫はただの立場や役職を示す言葉ではない……という事でしょうか？」

「君はこういう事には察しがいいねぇ。そう、恐らく常世ノ國(とこよ)の巫の本來の意味がわかっているものにだけ呪法が契約させられていると私は解釈しているよ。君が戦ったグライオスはその意味を知らされていたんだろうねぇ……或いは、知らされる事で大蛇(おろち)に縛られていたのか……」

ここでアルムとオウグスが"常世ノ國(とこよ)の巫"と言葉にしても何か変化が起きるわけではない。

つまり魔法生命のように名前がそのまま呪いになる類のものではなく、重要なのはその意味ということだ。

「呪法を使うという事は……相手としても知られると面倒なんだろうねぇ……。來週の會議ではそこら辺の報を引き出す目的もある。なにせほら、あのカヤっては君の……んふふふ！　君に嫁ぐとか言っていたんだろう？」

真面目に話しているかと思えばオウグスは思い出したように笑みを浮かべる。

重要な報を見逃さないようにと書類に目を通している中、本人の発言記録の中にアルムの嫁になるやら婚姻を結びに來たなどが混じっていれば冗談としか思えない。

「笑わないでください……自分もよくわからないんですから」

「いやすまないすまない。カエシウスのお嬢さんは荒れていなかったかい？」

「気にしていない……というほど割り切れてはいないようですが、自分がカヤって人に靡くとも思っていないようなので落ち著いています」

「君に非は無いんだろうが、些細な所から関係は歪んでしまうからね。繊細な年ごろだ。気を付けたまえ」

「はい、ありがとうございます。ただ……」

「ただ？　気になる事があれば言ってくれたまえ。現狀君に対してが一番報を喋ってくれそうだから君の印象は大事だよ」

アルムは考えるように口元に手を當てる。

オウグスはアルムの考えが纏まるのをしばらく待った。

しすると、アルムは難しそうな表で頭をかく。

「その、笑わないでほしいんですが……冗談には思えなかったんです。あのの言葉が……」

「君の嫁になるとかがかい？」

「はい、會ってもいないのに……なくとも自分に會えて喜んでいるかのようなじはしました……」

「ふむ……？」

見知らぬが自分を慕っているのが噓とは思えない。

言う者が言う者なら自意識過剰にも思える発言だが、言っているのがアルムとなるとオウグスはし引っ掛かりをじた。

アルムはむしろ自己評価が低い傾向にある。教師であるヴァンがアルムの意識を危懼していたのも知っていた。

「もしかすると、本人にっては重要なのか……？」

「そこまではわかりませんが……」

人質が同を得るための策かと思って笑い飛ばしていた認識を改める。

本人にとって重要な部分であるならば、むしろそこが報を引き出しやすくなるきっかけになるかもしれないと考えた。

「よしアルム」

「はい」

「君、あのの人口説けたりは――」

「無理です」

「んふふふ！　無理かぁ！」

オウグスは報を引き出す近道になるかもと提案するがきっぱりと斷られる。

そう確かに……アルムが噓をついたりやりたくない事を誤魔化すのが死ぬほど下手なのは學院では有名な話。好きでもないを口説くというのはアルムにとってあまりにもハードルが高い提案だった。

「そういえば……今日はヴァン先生は？」

思い出したようにアルムが問う。

今日はヴァンを見ておらず、學院長室にも同席していない。

「ああ、來週會えるさ。し問題が起きて王都にいるからね」

「ふぅ……流石にからかいすぎたわね……」

學院が終わった帰り道、ベネッタと一緒に歩くエルミラは流石に反省を口にしていた。

ミスティをからかうのは面白いが、しっかりとラインは見極めなければこのように返り討ちにあうといういい教訓だった。

「アルムくんのお嫁さんにって話、冗談だと思ってたんだけど、ミスティのあの様子だと結構カヤって人が本気っぽいのかなぁ……？」

「まじ？　同策じゃなくてって事？　それはそれで意味わかんなくない？」

「そうなんだけどー……ミスティがあそこまで怒る理由なくないかなー？　だってどう考えてもミスティのほうが優勢というかアルムくんが家に挨拶まで行っててもう秒読みなわけでしょー？」

「そりゃあね、アルムの相手が當然ミスティって思ってないとあんなからかいかたできんでしょ」

エルミラとベネッタも考え無しにからかっていたわけではない。

あんなからかい方をしたのはミスティがアルムの隣にいるのが揺るがないと本気で思っているからこそだ。二人の関係が良好なのは目に見えて明らかで、アルムは今回の帰郷期間でカエシウス家にまで挨拶に行っている。

アルムの格を考えてもここから大逆転など起きるはずもない。ミスティはもうしどんと大きく構えてもいいくらいだ。

「まぁ、今回は許してくれたしねー」

「私三日分の晩飯約束させられてるんだけど」

「ボクは二日分ー」

「何で私のが一日多いんですかベネッタ裁判」

「裁判も罰をけてるのでわかりませんー」

話しながら、こつこつ、とベネッタの手の杖が石畳を叩く音が小気味よく鳴る。

前まではベネッタと一緒に帰ってもこんな音は聞こえなかったが、エルミラはなんとなくこの音が好きになっていた。

目を失った不自由よりも、ベネッタの功績が聞こえてくるようでどこか誇らしくもある。

「今日はルクスくんいいのー？」

「あいつは実技棟。別に人だからって四六時中一緒にいなきゃいけないことないでしょ。今日はあんたと一緒に帰りたいの」

「えへへ……そうー？」

「そうよ」

あと半年もすればベラルタ魔法學院も卒業だ。

大蛇(おろち)との戦いやその他のトラブルを考えれば、こうしてゆっくりと帰れる時間はそれ以上にないだろう。

空の日が夕焼けに変わり始める帰り道。寮まで一緒に歩くたった數分が今になってしおしい。去年くらいまではこの時間がずっと続くと思っていたが、そんなはずはない。

「もうしで卒業かぁ」

「だねー」

他ない話題のつもりで話を振るが、ベネッタは短くそれだけだった。

「來年のボクなにやってるかなー？」

ただ今を名殘惜しむのではなく、來年の自分を想像しようとするベネッタがエルミラにはしだけ大人っぽく見えた。

「卒業できなかったりしてね」

「えー！？　ボク績いいよ！？」

「冗談よ」

し悔しかったのでほんのし意地悪をしてみるエルミラ。

ベネッタの住む第一寮が見えてきた。

「どうするエルミラー？　今日泊まってくー？」

「は？　急ね……いいの？」

「いいよー、おいでおいでー！　あ、呼んだらミスティもくるかなー？」

「來るでしょ。ああ見えて寂しがり屋だし」

「だよねー！」

寂しがり屋は一誰なのやら。

心の中を見抜かれたようなベネッタの提案にエルミラは力無く笑う。

ベネッタからすればお見通しという事なのだろうか。

「サンベリーナさんとかフラフィネさんとかも呼んで子會しちゃおうか！　グレースさんは……來ないか。フロリアとネロエラも呼んじゃう！？」

「いや部屋にらないわよ……てか、今日一度も見かけてないけどあいつらいるの？」

休暇明け初日だというのに自分達五人以外の三年生を今日は見かけていない。

まだ休暇先でのんびりしているのかトラブルで帰るのが遅れているのか。

「あ、そういえば……じゃあやっぱり今日は三人でいちゃいちゃしようかー」

「言い方！　ったく……じゃあ著替え持ってくるついでミスティ呼んでくるわ」

「はーい！　また後でねー！」

「はいはい」

エルミラは小走りでミスティの家へと向かう。

途中で道行く人達の視線をじた理由はきっと、外から見てもわかるほど足を弾ませていたからではないのだろう。そんなに浮かれてはないはずだ、と。

いつも読んでくださってありがとうございます。

エルミラはこういうとこある。