《ロング・ロング・ラブ・ストーリーズ 4度目のさようなら that had occurred during the 172 years》第4章 1963年 プラスマイナス0 - すべての始まり 〜 8 智子の両親(2)

8 智子の両親(2)

そうしてやっと、彼は林に行こうと思いつく。あの巖をちゃんと見屆けて、この時代で生き抜く覚悟を刻み込もうと思うのだ。

そして思った通り、やはりマシンは戻っていない。

一目見て、剛志はそんな事実をすぐ知った。戻っていれば、座れるはずのない巖の上に、俯き加減の男があぐらをかいて座っている。

――ああやっぱり、そうだよな……。

それでもそれなりにショックはけて、剛志は視線を落として下を向いた。

そのままふた呼吸くらいして、再び顔を上げようとした時だった。

「あんた、誰だ?」

微塵の好意もじさせない聲がして、見れば男が上目遣いに剛志を睨みつけていた。

「いえ、ちょっと……」

剛志は思わずそう言って、とっさに何かを言いかける。すると俯き加減だった男の顔が、視線を変えずに正面を向いた。

その瞬間、男がどうしてそこにいて、何ゆえ不機嫌そうかを思い知るのだ。

――おじさん、どうして……?

まるで別人になっていた。のよかった顔は淺黒く、シャツから覗く腕は骨と皮だけになっている。男は智子の父親で、桐島勇蔵という名の弁護士だった。ただきっと、もう弁護士の仕事はしていない。現在の彼を目にすれば、誰もがきっとそう思うだろう。

確か正一と同い年のはずなのだ。なのに見た目が一気に年老いて、老人と言ってもいいように映る。そんな彼が巖の上で立ち上がり、剛志に向かって大聲をあげた。

「おい、おまえ! おまえもどこかの雑誌記者か!?」

恐ろしい形相でそう言うと、あっという間にすぐそばまでやってきて、剛志のぐらを力任せに両手でつかむ。それからさらに顔を突き出し、彼は次から次へとまくしたてた。

「おい! 何が聞きたい!? うちの娘が凌辱されているシーンを夢に見るかって聞きたいか? それともあれか? 殺されちまったところを、想像することがあるかって聞きたいのか? え? いったい何が聞きたい! なんでも答えてやるから言ってみろ!」

そこまでは、まさに鬼の形相だった。

ところが徐々に力みが抜けて、深い悲しみだけが滲んで殘る。

「その代わり、その代わりにだ! 俺が話したことは絶対ぜんぶ記事にしろ! もし、適當なことを書いてみろ? 俺はおまえを許さない! どこまでも捜し出して、二度と噓の記事が書けないようにしてやるぞ。だから書け。書いていいから、警察は何をしているって、何をやっているんだと書いてくれ。たった小娘一人捜し出せないで、何が警察だって……頼む! 頼むから……そう書いてくれ、頼む……」

そこまでが、きっと限界だったのだ。急に黙ったかと思えば、彼はいきなりしゃがみ込んで苦しそうに咳き込んだ。

〝凌辱されているシーンを、夢に見ますか?〟

〝殺されたところを、想像したりしますか?〟

きっとそんな問いかけは、実際にあったことなのだろう。

剛志はこれまで、一切考えてもみなかったのだ。

確かに、智子は生きていた。しかしそんな事実を知らなければ、彼と近しい人々の苦しみは解消されずにずっと続く。剛志が児玉亭で飲んでいる時間も、ミニスカートだなんだとき回っている時だって、智子の母親は心晴れないままでいたはずだ。

――俺はどうして、あの家を訪ねてみようと、これまで一度も思わなかったのか?

父親でさえこうなっている。ならば智子の母親は、今頃いったいどうしているか?

にそんなことを知りたくなって、

「ぜひ、お話をお聞かせてください。できる限りのことは、やらせていただきますから」

気がつけば、そんな言葉を口にしていた。そうして彼の後ろにそっと立ち、剛志はその背中に優しく手を置いたのだった。

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