《傭兵と壊れた世界》第百三十五話:最後の任務
第二〇小隊の居室に々しい雰囲気が漂う。外もぴりぴり、中もぴりぴり。
ナターシャは膝をかかえて椅子に座った。難しい選択だ。解放戦線につけば爭いは加速し、大國につけばラトリエ団長を敵に回し、かといって戦わないという選択肢も傭兵として角が立つ。いっそのことミラノ水鏡世界にゆっくり滯在したほうが気楽だったかもしれない。
「依頼をけましょう。そしてホルクスを討ちましょう」
最初に意見を口にしたのはソロモンだ。彼が天巫側につくのは順當だろう。他ならぬホルクスが解放戦線に味方をしたのだから。
「大國に手を貸すことになるがいいのか?」
「こうなった以上、アーノルフに協力するのが私にとっての最善ですので。ちなみに、解放戦線と手を組むのでしたら私は船を降りますよ。奴と肩を並べるなんて我慢できません」
鋼鉄の乙は迷わない。彼もミシャと同じく戦場に生きる者であり、戦う理由を持っている。たとえ古き戦友のユーリィに頼まれたとしてもホルクスと同じ旗の下では戦えない。
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復讐の是非は別として、本人が選んだ答えならば仲間として尊重したいとイヴァンも思う。だが――。
「俺は嫌だね」
ベルノアが拒否した。この男も強。
「どっちにも肩れしない。傭兵なんてやめて研究一筋で生きるんだ」
「ルーロ革命を放置するつもりですか?」
「そう睨むんじゃねえよソロモン。傭兵ってのはそういう場所だ。自分勝手な願いを持った奴らが集まってできたんだ。てめえだって同じだろ」
「同じ?」
「第二〇小隊が心殘りだから、せめて墓をたてるまで隊に殘ったんだろう? でも俺達の旅は終わった。これからは復讐をするも、研究をするも自由だ」
當初の目的は達した。第二〇小隊を繋いでいた鎖がなくなった。そして、ベルノアには夢がある。後回しにしていた研究や、足地に関する報の査、もしくは任務の傍らで集めた結晶の分析。銃を握っている場合ではない。
「金がないから傭兵になった。でも、今は余るほどある。自分の船も手にれた。ようやく俺の夢が葉うってのに、なんで今さら戦地に行かないといけないんだ。しかも俺の故郷を奪った大國を助けに、だと?」
ベルノアは亡國の民だ。商業國と大國の板挾みになったことがある。ソロモンと違って復讐をしようとは考えていないが、なくとも手を貸すのは難しいだろう。
ナターシャはなおも膝を抱えて丸まった。ぷらんぷらんと前後に揺れる。
運命とはままならないものだ。大國の侵略によってソロモンは生を失い、ベルノアは故郷を追われた。結果として第二〇小隊が生まれ、アーノルフの覇道を阻んだ。ルーロ戦爭がジーナを奪い、ルーロ戦爭でミシャと出會った。奪い、奪われ、複雑に絡み合う者達。落とし所を用意しなければ彼らはずっと戦い続ける。
「ねえ、イヴァン。アーノルフなら革命を事前に防げたと思うんだけど、どうして追い込まれたの?」
「天巫の力を奴の権限で封じたからだろう。だから解放戦線のきが読みにくくなり、そこへホルクスの裏切りが重なって崩壊した。結果的に自らの首を絞めることになったが、どうしても天巫を自由にしたかったんだろうな」
ホルクスは仲間を大切にする男だが、國心は微塵も持ち合わせていない。きっとアーノルフも狼が裏切る可能は考慮していただろう。されど進むことを選んだ。それを揶揄していいのは當事者だけだ。
(背中を押したの、私なんだよね)
目を閉じてゆっくりと息を吸った。
言ってしまえばアーノルフの自業自得だ。報いをけても仕方がないほどの業がある。だが、ナターシャだって無関係とはいえない。あの日、彼に助言をしなければ天巫の力は封じられず、ルーロ革命も早期に収束していたかもしれない。
「ナターシャはどうしたい?」
イヴァンが問うた。
彼はあえて自分の意見を主張せずに聞いている。全員が納得したとはいえ、妹の墓をたてるために仲間を連れ回したのだから、今度は仲間の気持ちを尊重したいのだろう。
「私は、ローレンシアに行きたい」
「ハッ、ナターシャもそっち側かよ」
「ううん、違う」
「あ? どういうことだ?」
ベルノアが怪訝な表を浮かべた。
「大國に手を貸すんじゃない。むしろ逆よ」
揺れるのはやめた。所詮は自分もろくでなしだ。
正直なところ、ルートヴィア解放戦線にはあまり思いれがない。戦友でもなければ仲間でもない。どちらかといえば、一緒に買いをした天巫や孤児院を建ててくれたアーノルフのほうがナターシャにとって近である。
人ひとりに一つの命。だが命の価値は平等ではないのだから、天秤がより傾いたほうを選ぶ。ただ、それだけなのだ。
「天巫を取り合っているんなら、私達が奪ってやるの。天巫が商業國に渡れば世になる。かといって易々と大國に協力できるほど私たちのは淺くない。だから、私達が天巫を拐(さら)ってしまえば、なくとも商業國が肩れする理由はなくなるでしょ」
「お前本気か? そんなことをしてみろ。大國からは天巫を奪った略奪者として、商業國と亡國からは手柄を橫取りした卑怯者として、シザーランドからは命令を無視して敵國についた裏切り者として、あらゆる國から追われることになるぞ?」
「でも、大國に味方をするわけじゃないし、ベルノアの嫌いな商人達に一泡吹かせられるよ? イヴァンだって心では爭いの発展を止めたいと思っているだろうし、依頼をけたふりをすればうまくローレンシア國にれるかもしれない」
危険を恐れて傭兵は勤まらない。ましてや我らは第二〇小隊。他人に恨まれるのは日常茶飯事である。
「追われたっていいじゃない。歴史に殘る大犯罪者になりましょう」
天巫が渡ってからでは遅い。止められるのは今しかないのだ。遅かれ早かれ戦いは起こる。だが、天巫が商業國に渡らなければ、戦爭の規模は格段に小さくなる。
これは第三の選択だ。爭いの火種を積むための礎となる任務だ。今一度、ルーロの地に亡霊を送り込む。今度は傭兵の裏切り者として。
「……ふん」
ベルノアは鼻を鳴らした。斷る理由は探せばいくらでも見つかるだろう。だが、ベルノアがどれだけ止めても彼らは戦場に往く。そもそも、ソロモンを止められない時點で、ナターシャ達が戦いに參加しないという選択肢はない。合理をうたいながらも彼達は仲間を一人にできないのだから。
勘弁してほしいものだ。巻き込まれる側の気持ちにもなってほしい。
故に――。
「頑張れよ!」
ベルノアは満面の笑みで親指を立てた。
「……そこは『俺がいないと誰が縦するんだ』とか言って手伝うやつじゃない?」
「はあ? なんで俺が言うこと聞かねえといけねえんだ。んなもんソロモンに任せろバカが」
「本當はベルノアも手を貸すつもりのくせに。もうちょっと素直になればいいのにねえ」
「俺ほど素直な人間はいねえだろ。だいたい各國から追われたら俺の研究者生命はどうなる? 信用がないと研究発表すらできないんだぞ」
「信用なんて元からないでしょ」
「ああ!?」
第二〇小隊は汚れ仕事の請負人。最後の任務が始まろうとしていた。
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