《スカイリア〜七つの迷宮と記憶を巡る旅〜》第226話 の領域

ナトリ達ジェネシスの面々が、大型浮遊商艇オープン・セサミに乗り込み三日が経った。

商艇は順調に航行を続け、夕刻にはガストロップス大陸を離れ東の空を西へ向けて進み始めた。

そして真夜中を隨分と回った頃。

オープン・セサミは眠らない。真夜中であっても飲み屋や一部の娯楽施設は営業している店舗もあった。そんな市場へ続く通りを、一人のが歩いていた。

が、彼の容姿は人と呼ぶにはあまりに異形であった。頭部からは二本の黒角が生え、背中からは一対の黒翼、そして細長く先端の尖った尾が、彼の歩みに合わせるように左右に揺れく。

悪魔を彷彿とさせる異形の姿をしたは、ほとんど下著だけという薄著でありながら堂々と広場を歩む。

「今宵は小娘の意思が及ばぬ折角の夜。せいぜい楽しむこととしようぞ」

金髪のは誰に語りかけるでもなく呟く。薄手のネグリジェを押し上げる雙丘が期待するように弾む。

「早速、『』の糧を漁るとするかの」

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は自らのれると頬を上気させ口元を緩めた。

「と、言いたいところであるが、これはどういうことじゃ」

早くもは違和じ取る。浮遊艇全域に及ぶ妙な気配と、取るに足らぬ人間達の生命力の弱まりに。

は目を閉じ、周囲の時空間へと意識の手をばす。浮遊船全が、目覚めた瞬間から既に彼の魔法(ドミネイト)によって支配領域と化していた。

「——く、ふふふ」

ひとしきり自らの領域査すると、彼は突然笑い出す。何がそこまでを愉快にさせたのか、さも可笑しいといった風に。

「これは愉快じゃ。全く持って、とんだ茶番であるな」

はうっすらと目に涙さえ浮かべ、笑い聲をらす。その聲に反応する者は皆無であった。

「——まさか全滅とはの。くふふっ。全く片腹痛い」

「大義を背負い街を飛び立った直後にこれか。あの憎たらしい小僧も、その取り巻きもくたばりおった」

「この小娘のも蝕まれておるな。そう長くはない。全く愉快じゃ」

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の厄災である彼にしてみればその通りであろう。何せ、邪魔な盟約に縛られ、満足に自由を得られぬからもう幾刻もせず解き放たれるというのだから。

浮遊商艇オープン・セサミは航行不能に陥っていた。それもそのはず、船をる乗組員の約半數が既に息絶えていたのだから。

そしてそれは乗客も同様であった。彼等の多くは自室の暗闇の片隅で、既に人知れず息を引き取っていた。

深夜の靜けさが支配する広場で一人笑う。彼の脳裏にある考えが過る。

「ふむ。妾にとってはどちらにせよ同じ事。だが——」

「手間が省ける、か」

は笑うのを止め、その瞳に悪戯めいたを宿す。

「それもまた一興、であるな」

は地面からふわりと浮かび上がると、自らの魔力を解き放つ。

「時よ、しばし戻れ——、『時空迷宮(ルクスリア)』」

「ん……?」

圧迫じて目を覚ました。部屋は暗く、まだ深夜であることが察せられた。

天井に向けた視線を下げると、にかかる圧迫の正はすぐに判明した。

「リッカ?」

艶やかな金髪。大きな青い瞳。リッカが俺のがり、前屈みになって俺を見下ろしていた。そして彼の頭から生える捻れた角に気がついた瞬間、俺はリッカを撥ね除けて飛び起きた。

「リベリオンッ!」

寢臺から飛び降り、ベッドの上に座り込むリッカ——、の厄災アスモデウスにの刃を突きつける。

「アスモデウス、なのか?!」

「くふふふ、その通り。妾じゃ」

いつものリッカとは明らかに異なる様子で、彼は妖艶に笑う。

「リッカは……お前に飲まれたのか……!?」

「案ずるな。小娘は眠っておるだけよ。まだ無事じゃ。まだ、な」

「どういう意味だ……!」

「この娘は我が時空迷宮(ルクスリア)の発と引き換えに、その心の一部を妾へと差し出した。妾の支配域が拡大するのは當然のこと」

「……!」

まさか、以前王宮で俺を蘇生してくれた時のことか。そのせいでリッカは厄災にを?

「なんてこった……」

「そんなことより小僧。妾の糧となれ」

「?」

「妾はの化と呼ばれし者であるぞ。が妾の力となる。つまりはニンゲン共の行う行為というヤツじゃ」

そう言って厄災アスモデウスは薄手のネグリジェの元をぐいと引く。リッカのかなの谷間がになる。

「っ……ふざけるな! くそ、こんな奴がリッカの中に……」

「ふん、つまらん小僧よ。小娘は常日頃からお前を想い、自らをめておるというにな」

こいつは厄災だ。人じゃない。それっぽく振る舞っているのはリッカの記憶を取り込んでいるだけ。だが、こいつがリッカと融合している限り、厄災だけを排除することは難しい……。

『マスター、ここは既にアスモデウスの支配領域と化している』

『え……、じゃあ時空迷宮が発してるってのか?』

『一度、時空間の捻れを観測してる』

そういえばリベルの意識までは時空迷宮の魔法の力は及ばないんだったな。マグノリア公國でもこいつは俺の死の記憶を覚えていてくれた。

「俺たちは、また時空迷宮に囚われてるのか……」

俺の言葉にアスモデウスはさも愉快そうに笑う。

「気づいたか。いや、勘づいたのはお前に宿るあの小癪な杖の方であろうな」

「何が目的だ」

「目的も何も、お前達を助けようと思っての事。妾に謝せよ」

「助けるだって……?」

「飲み込みが悪いの、小僧。まだ気づかぬか」

改めて周囲の狀況に気を配ってみる。すると、なんだか異様な靜けさが艇の上に降りているような気がする。

『リベル、この艇止まってないか』

『間違いない。先ほどから停止してる』

「っ!」

俺は厄災に背を向け自室の扉を開け放つ。深夜のマス區は閑散とし、靜まり返っている。等間隔に設置されたフィル燈が廊下を照らしているだけだ。慌てて隣室の扉を叩く。

「フウカ! 起きろフウカ!」

しばらく呼びかけたが応答がない。

「くそ、こうなったら!」

リベリオンの刃を扉に突き立て、扉の鍵を強引に破壊した。

るぞフウカ!」

扉を蹴破り中に突する。部屋の中は暗く、すぐに寢臺の上に橫たわるフウカの姿が確認できた。

「?!」

だが彼の様子は明らかにの異常を訴えていた。顔は苦しげに歪められ、揺り起こそうとするが既に意識がない。そして、彼の辺りには何故か紫の炎が燈っていた。炎に手を翳すが熱くはない。れることもできなかった。

「なんだよこれ……、どういうことなんだよ」

「その娘の命はもう長くない。それは妾のや小僧、お前も同じことであるが」

向いの部屋にいるマリアンヌも確認したが、フウカと同様の癥狀に陥り意識が失われていた。おそらくは他のみんなも同じだろう。

フウカの部屋の扉にもたれて立つアスモデウスの元へ戻る。

「さっき、時空迷宮を使ったって言ったよな。俺たちを救ったとも。……それじゃ」

「察しの通りじゃ。あと數刻もせんに、お前達は再び全員死ぬ運命よ」

魔人となったリッカが頬を歪めて嗤った。

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