《【書籍化・コミカライズ】無自覚な天才は気付かない~あらゆる分野で努力しても家族が全く褒めてくれないので、家出して冒険者になりました~》また別の崩壊

「ジェームズ様、話があります」

「どうしたんだい? ポーラ……ああ、この前のピクニック、急に行けなくなった事か? 悪かったよ、エリックには謝っておくから。でもベタメタール本家からの客人の対応をしない訳にはいかなくて……」

「いいえ。いえ、それも関係がない訳では無いですけれど。とにかく、そちらに座ってくださいな」

リンデメンを治めるベタメタール子爵ジェームズは、普段は気弱な妻が珍しく強気な語調で話を切り出してきたので、既視に居心地の悪さを覚えながら目を逸らした。

何度かこうして、ジェームズは妻から態度や発言に関して改善を求めて苦を言われていた。ジェームズはその度ポーラの訴えをれ、謝罪し、意見に同意して見せた。

その多くは、ジェームズが昔から「親戚だから」「馴染だから」「ああしてこの街の柄の悪い連中をまとめているんだよ」と擁護してきたゴード一家に関わる事だった。

「じゃあ何を……いやごめん、ちょっと仕事があるから夜にでも改めて……」

「本日は、朝食後にある街の商業ギルドの幹部達との會合まで、予定はないと伺っています」

ジェームズは、妻にスケジュールをらしたであろう自分の執事に視線を向けると、諦めたようにため息を一つ吐いて椅子に座り直した。

仕方がない。逃げ場は無いようだし、恨み言を聞くしかないか、とジェームズは心ため息を吐いた。就寢前に眠気を堪えながら聞くよりかは良いだろう。

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「ドレイトンとその息子、彼らの周辺は逮捕されましたけど……妻と娘、それにドレイトンの妹は逮捕もされていないのが納得いきません。領民にも示しがつかないではないですか」

「ああ……その事か……いや、直接の関與なしと認められているし……それにお咎めが無いなんてそんな事。私財を沒収された上に今まで住んでいた家も取り上げられているじゃないか」

「でも……その不正に得ていた収でずっと生活していた人達が、その資産を取り上げられたはずなのに、來月店を開くと聞いたのです。どこからそんなお金が出てきたのか……きちんと追及してください……!」

「ポーラ、そんな。疚しい事をしているだなんて決めつけは良くないよ。夫がいなくなったマデリン達が自活する手段を手にれるのは良い事じゃないか。店をやるなら雇用も生まれるだろうし」

ジェームズは心の疚しさを隠すように、饒舌に説明を続ける。気も弱いし口下手なポーラの事だ、いつものように同意しつつもこうして言いくるめて、最終的に「でも確かに君の言う事ももっともだから。商業ギルドの監査では注意するように伝えておこう」などと曖昧な事を言って、話を終わらせてしまえばいい。

今までと同じ。上手くやれば問題ないと思っていた。

今は逮捕されたドレイトンとデュークも、ポーラは何度も「縁を切って、あの寄生蟲を追い出してください」などと言っていた。いや、この街の裏社會のコントロールをするために、私が彼らを使っている面もあるから。ジェームズはそう説明していた。

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そうしてドレイトン達に甘い顔をした結果起きたあの事件をけて、「今まであんなに良くしてやったのに裏切られた」と自分こそ被害者だというような顔をしていたのだ。

事件が公になった時もこうして言い合いをした。あの事件はこの領の主幹産業になるべき人工魔石の技について他國に売り払おうと企み、開発者のも危険にさらした。

息子の拐も、ドレイトンから領主邸の警備報などが洩した結果だったのに、実行犯達のみの犯行として処分は終わっている。警察組織も領の管理下なので仕方が無いのだが、自分の子を危険にさらしたそもそもの原因が罰をけなかった事に、ポーラは納得がいっていなかった。

こうなる前にきちんと罰していたら防げたと言ったら、この男は「これを機に捕まったのだから良いじゃないか。君も徹底的に法で裁くべきだと言っていただろう」と答えたのだ。

ポーラはこうして決定的な事が起こる前、それこそ婚約者時代から今まで何度ともなくあの男達とは縁を切るように訴えていた。しかし「デュークは馴染だから良く知ってるし、そう悪い奴じゃない。それに見捨てたらそれこそ悪い方に転ぶかもしれない」などと言っていたのに、その本人がだ。

自分が取るべき態度を取って毅然と斷っていたら早くに排除出來ていた問題だったのに。

ずっと、「うちの祖父さんが継いでたらあの屋敷もあの家の金もこの街も全部自分達のものだったのに」と思い込んで逆恨みしていたドレイトン達の事をポーラは警戒していた。貴族籍の無いあの人達では夫や息子に萬が一の事があっても産も何も手にらないが、愚かだからこそそんな事も知らずに、いつかとんでもない事をしでかすかもしれないと。

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しかしポーラ自、今まで夫に改善を訴えかけるだけで何も変えられなかった。それは強く後悔している。だから今回、強く変わろうと決意したのだ。

「……私、もしかしてジェームズ様が考えを改めてマデリンやデムア達と縁を切ってくださるなら、と思っていたのですけど。……もういいです」

「な、何がだ?」

普段は気弱なだけの妻に、ふつふつと靜かに燃え滾るような「熱」を見たような気がしたジェームズは、にわかにうろたえた。

しかしポーラはそれ以上何も答える事はなく、その時の話はそこで終わってしまった。

「ポーラ! リアナ君が……リアナ君が街からいなくなってしまったんだ!!」

あの話し合いから數日。夫妻の間に険悪な雰囲気が続いていたベタメタール子爵邸だったが、妻を避けていたジェームズの大聲が響いた。

応接室で商業ギルドとの會合を行っていたはずの領主が相を変えて走って來た事で異常を察した使用人達も、その言葉に息を呑むように驚いている。リンデメンの街が現在どれだけ好景気に沸いているのか……それが誰のおかげでもたらされたものなのか、皆が知っていたからだ。

ポーラは、今出て來た子供部屋で休むエリックの様子を気遣うように視線をやると、「こんなところではなく、サロンでお話をしましょう」と促してその場から移した。

「飲みを用意してちょうだい」

「なぁ、ポーラ……、何か知ってるだろう……? リアナ君が手放した工房、今は所有者が君の名前になっているじゃないか」

使用人にお茶を淹れるよう指示をするポーラに、待ちきれないようにジェームズが話を切り出す。手にはいくつかの書面が握られている。それらからポーラの関與を確信して、こうして話をしに來たのだ。

「実はリアナさんからは、リンデメンの街を離れたいと前から相談をけていたのです。今日は全ての手続きが終わって、街を離れる日でした」

「……は?! 私はそんな事、聞いていないぞ?!」

「ええ。ジェームズ様とベタメタールの本家に縁談を斡旋されそうになっているから、何とかして逃げたいとおっしゃっていて。公にならぬよう準備を進めていたようです」

「そんな事……! 父上だって、私達のやり取りを知った上で、それならばと判斷して婚姻の打診をしたのだぞ。リアナ君だって見合い相手の寫真と上書まで持ち帰っていて、どうしてこんなに急に手の平を返す真似を……! 嫌なら一言そう言えば良かったじゃないか!」

自己主張しなかったのが悪いと、ここにいないリアナに責任転嫁を始めたジェームズに、ポーラはため息を吐いた。ポーラはリアナからやり取りを聞いたが、とてもリアナがこの婚姻の話を持ち込まれて乗り気だったとは思えない。

ジェームズはいつも事を自分の都合の良いようにとらえがちだし、すぐに容を誇張する。その上事実からかなり逸した話をしていると自覚も無い。

次から次へ安請け合いするくせに、後から破綻しそうになると、押し付けやすいところに我慢を強いて終わり。これが平民なら信用を無くして終わりだが、貴族という分があるからたちが悪い。結婚してになる事で、その「我慢」を何度も強いられる立場になったポーラはジェームズの質を知っていた。

「……本家の方がそう思ったのは、ジェームズ様が『家族関係に問題があったみたいで、慣れない土地で心細いのか本當の娘のように慕ってくれる』と、かなり腳して伝えていたからでしょう」

「いや、実際まるで本の親戚のように……実家に連れ戻されそうになった時だって、真っ先に頼ってくれたじゃないか……!」

ジェームズが口にする「言い訳」は、隨分と都合が良い容になっていた。ベタメタール本家……ジェームズの実家にあたる侯爵との話も、「私の方が優秀だったのに跡取りの兄貴ばかり贔屓していた父親」の鼻を明かそうとして以前のように話を誇張しすぎたのではポーラは推測している。

「確かに普通の後援の貴族と錬金師よりかは親しい距離でしたけど。でもジェームズ様は我が家に逗留した彼のご家族と話をしだしたら彼らにもいい顔をしていましたわ。それに、目立つ事はしたくないと言っていたのに、表彰式に呼んだ事があったでしょう。あの時から不信があったそうです」

「そんな……言ってくれないと、そんな事……」

ジェームズは晴天の霹靂のように青ざめているが、ポーラは相談をけた時も驚きはしなかった。

実際、リアナは失禮ではない言い回しで拒否はしていた。それを自分の夫がやんわりと強要しているのも分かっていた。自分も同じようにいつも無理を通されていたから。

表彰式だって、街の有力者やよその貴族に「錬金師リオと私は個人的な友誼を結んでいる。屋敷にも招いている」なんてなんて事実を誇張して話していた、自分の都合を押し付けたのだろう。

「彼は貴族家で育ったお嬢さんですからジェームズ様も親戚の貴族令嬢に接するような態度を取っていましたけど、今は平民の錬金師なのですよ。領主から意にそぐわぬ縁談を持ち込まれたら、諦めてれるか住民権を捨てて逃げるしかなかったのでしょう」

呆然自失といった様子のジェームズに、ポーラは話を続ける。

「最初は、リアナさんはとても怒っていらしたのよ。実家を含めて貴族と関わりたくないから外國の強い力を持った貴族を頼ったのに、こんな話を持ち込まれるなんて裏切られたと……」

「いや、それは……」

「もし、冒険者ギルドか錬金師ギルドを挾んで、強引に囲い込まれそうになったと訴えられていたらどんなに大変な事になっていたか。工場の運営に支障をきたして、二軒目の工場どころか、人工魔石の事業譲渡の話も白紙になっていたかもしれませんのよ」

事業が他家の貴族家に注目されている今、それは十分に考えられた。人工魔石事業の生む富を妬んだ他の貴族たちが、ベタメタールの足を引っ張るためにと必ず邪魔をするだろう。

「リアナさんを穏便に説得して、何とか穏便に話をまとめましたの。ジェームズ様にもお伝え出來なかったのは、それが彼との契約だったからなのです。私の持參金から持ち出す事になりましたが、當初の予定通りに事業譲渡していただけました」

「っ……! 良かった……」

「けれど、リアナさんは私個人となら契約していいとおっしゃってくれたの。なので人工魔石事業は私が(・・)運営しますね」

「へ? それはどういう……」

サロンにる前に一旦離れていたポーラの侍が、恭しく封筒を手渡す。そこからテーブルに広げられた書面に事業主として記載されている妻の名前に、ジェームズは息を呑んだ。次から次に書面をめくりつつ慌てて目を通すが、そのすべてが元の事業主だったリアナから正式な手順でポーラ個人に事業が譲られた事を示していた。

今後は、この大規模な稅収を見込める事業の全てが、ポーラの手に委ねられる。それを知ったジェームズはすがるような目を向けた。

「もう、人工魔石事業にジェームズ様には関わっていただけませんの。特許使用料など、まだ『錬金師リオ』とのつながりはなくなってはいませんし」

「いや、そんな……君が工場の経営なんて……素人が出來るはずが……」

「ジェームズ様だって、錬金に関しては門外漢ではないですか。もちろん私も、運営をするだけで、実際の経営や工場長には人を雇いますわ」

「それは……」

「そして、私が事業主となるからには、人工魔石の関連事業で不正は許しません。稅や違法就労、不公平な取引等を行った前歴がある業者は一掃して、定期的に取引を見直します」

「?!」

それは、今までジェームズに取りって甘いを吸ってきた業者達に対する実質的な排除宣言だった。二軒目の工場もジェームズが候補に挙げていた「學生時代の友人から頼まれた弟」ではなく、きちんと経営が出來る者と、錬金師の資格を持った工場長を既に見つけていた。

勿論ポーラは一軒目の工場についても、後々手をれるつもりだった。

「ジェームズ様。私がいなかったら、人工魔石事業自が暗礁に乗り上げていたかもしれない、そこは理解してくださいますよね?」

「あ、ああ……」

「リアナさんは錬金師工房の立ち上げ人員や街の人にも知り合いがいます。これでジェームズ様が関與して、私の名義になったこの事業で馴染の業者にまた味しい思いをさせているなどと知ったら、今度こそ想を盡かされてしまうかもしれません。だから、この事業は私が、私の名前で責任を持って行います」

いつもは口で丸め込める妻が、今日は饒舌にジェームズを追い詰めている。

「ど、どうしたんだ、ポーラ……?! いつもの君らしくない」

「いつもの私って、『気が弱くて、言葉で丸め込める奧さん』の事ですか?」

「いや、そういう事じゃ……」

口ごもるジェームズは、言い當てられてやましい気持ちがあるのかフイと目を逸らした。

貴族夫人らしい微笑を浮かべたポーラが、言い聞かせるように言葉を続ける。

「リアナさんは、自分を大切にしてくれない人の期待に応えるのはやめようと思ったのだとおっしゃってましたわ。私も、ドレイトンの妻達にこの期に及んで目こぼしをしようとするジェームズ様に、失しました。彼達よりないがしろにされたのですもの」

「そんなつもりでは……」

「どんなつもりだったのかは関係ありません。実際私の訴えを退けて、あの達を擁護したのはジェームズ様です。……この事業に貴方の口は挾ませません」

しかしそれは、夫が自分の都合をしずつ押し付けてくる質と、リアナの自己評価が低く遠慮がちなのを知っていて結局止められなかった自分の反省もある。だから、今後はしっかりと逆らう事を決めた。

あれから、子爵夫人の名前で商業ギルドに監査を送っている。資金の大部分が後ろ暗い金だった事どころか、資金捻出のために売り払った裝飾品の一部に盜難の屆け出が出されているが含まれており、現在余罪を追及中だ。

これも、その他全ての産業に匹敵する利益をリンデメンにもたらす人工魔石事業を握ったからこそ出來る采配だった。

「でも、ベタメタールの本家も、貴方が腳した話を吹き込んだからとはいえ、彼を囲い込もうと強引な縁談を持ち込んだ非はありますよね」

「そ、そうなんだ! 私は父の言葉に扇されたところもあって……」

厳しい事を口にしてから、優しい聲で共の言葉をかける。今日までジェームズに、リアナが街を出る事が見しないようにといくつかアドバイスをくれた冒険者の言葉だ。

「でも、金の卵をこれから何個も生んだであろう天才錬金師を逃してしまったのはジェームズ様のせいですから。これからは二度とこのような事が起きないよう、人工魔石事業に限らずしっかりと私が管理させていただきます」

「……」

「いいですね?」

天才錬金師を強引に囲い込もうとして逃げられた事はこの後長い間、他の貴族から失敗を嗤われる材料になってしまった。しかし領主の妻が権力を持つようになったリンデメンでは、縁故で贔屓されずに公平な商売が出來るようになったと靜かに評判で、注目されていた人工魔石事業がより活化したそうだ。

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