《【書籍化】白の平民魔法使い【第十部前編更新開始】》772.怪達の知る答え

『人々が英雄に求めるのは恒久の平和か? それとも聞いて憧れるような波に満ちた伝承か?』

魔法生命ケトゥスは誰にでもなく問う。

帰ってくる言葉は無い。見える星空もない。

魔法と化したケトゥスには天を観測できる権利が無い。

どこまでも広がっていきそうな平原。夜風もささやかな夏と秋の狹間の夜。

南も見れば小さく音を立てながら燃える旅人の焚火、東を見れば荘厳に聳え立つマナリル王都アンブロシア。

対話とは理解を求めるゆえの行為であり、ケトゥスはこの疑問を理解したがっている。

元いた世界では神に問う事も簡単だったのに、今はどれだけ縋るように答えを求めても何も帰ってこなかった。

――この世界に神はいない。

神に寄り添う社會で生まれたケトゥスにとってはあまりに寂しい場所だった。

痕跡こそあれど信仰の薄い星。

寂しくはあったが、ただの怪としていられるのは本當の自由だった。

海を泳ぐ。空を泳ぐ。

自分に與えられた力はたったそれだけで怪にしてはあまりに非力。

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ならばこの自由を奪われないように空を泳いでこの星で生きる人間を見屆けようと思った。

人間と神はあまりに接だ。

他のは自然をあるがままするが、人間は自然や現象にカタチを想像して信仰する。

人間が見えない何かを信じられるのは、手をばせるのは――それが自由(・・)だと知っているからだ。

『平和か? ならば伝承に憧れるのは何故だ? 伝承とは平和でなかった世を描いたものだ。有り得るかもしれない未來を描いた過去を何故れる?』

ケトゥスは問う。

答えは返ってこない。

『伝承か? ならば平和を願う忘卻は罪悪となるだろうか? 憧れる英雄は平和でない世だからこそ伝承となった世の象徴でもある』

答えは返ってこない。

誰もいない空から自分の知りたい答えが返ってくるかもしれない、などというのは傲慢だ。

ただその問いは嘆きのようだった。

ケトゥスが隠れている雲から雨が降る。

『此方(こなた)はただ知っているだけだ。神話と伝承、戦爭に救済……何故呼ばれたかはそれぞれ違えども、英雄と呼ばれた者の結末は決して幸福が待っているとは限らない。幸福をできるのは決まって、何も知らない後世の人間くらいなものなのだと』

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ケトゥスはこれから何が起きるのかを知っている。

世界に訪れる戦いの時。あまりに殘酷な選択肢。

勝利と敗北によって別れる結末よりも重要な分岐點を。

『この世界に神はいない、か』

――ゆえに奇跡も起きない。

ケトゥスは表に影を落として下に広がる世界を見る。

奇跡とは星と神の特権。ゆえに神がいないこの世界で救いの手は人にびず、星はただ一人のためにその資源(リソース)を使う事は決して無い。

この世界に神がいないというのなら。

いずれ選ばなければいけない選択が神の試練でもないというのなら。

人間という生命にとって、どれだけ殘酷な必然が訪れるのだろうか。

『何故死んだスピンクス。この世界で出會った此方のたった一人の友よ。

君が生きて"答え"を示してやれば、一欠片の救いくらいは與えてやれたかもしれないのに』

ケトゥスは人間をしている。

星座となって見屆け続けた弱き人々の人生を。

たとえこの世界で人を食らう怪として生まれたとしても、この世界の天となれなかったとしても、人間を憂う権利くらいはあるだろうと雨雲を泳ぎ続けた。

何も伝えられない呪詛に縛られながら泳ぐ自分のは、まるで枷がついたように重かった。

自分はこんなにも自由であるはずなのに。

【無駄だケトゥス。どうせ貴様には何も出來ん】

大蛇(おろち)は嗤(わら)う。

空を不自由に泳ぐくじらを見て。

一番宙(そら)に近いはずが遠ざかる生き方を選んだ生命の憐れさを見て。

【鵺(ぬえ)もあの人間の(ジャンヌ)も役には立たなかった……一つの霊脈も穢せず死んでいった。所詮は人間の恐怖から生まれた塵とただの人間だったという事か。魔法生命という新しい生命のカタチを得ても何もし得なかった】

ずるずる。ずるずる。

闇の中を我が顔で蠢く大蛇(おろち)。

この星で神に最も近い怪は同胞の弱さを嘆いた。

いずれ自分が神になった時、手駒にする予定だった二は自分に何の利益ももたらさなかった。片方には首一つ分の力まで與えていたというのにあろう事か霊脈を目の前にして死を選んだ。

不可解。

あまりに不可解。

弱き者は強き者の下で盲従するのが賢い生き方だ。

弱き者は個(・)を貫けない。ゆえに弱き生命は群(・)としての生き殘りを目指すしかないのだから。

だからこそ圧倒的に強い個である自が人間を支配するのは自然なことだ。

――たった二千年の繁栄で星の頂點に立ったと勘違いしたか?

人間が他の生命から生存圏を奪ったように、人間が人間の中で上下を作るように。

我等が現れるというのは、人間が維持することしかできなかった世界を先に進ませる瞬間が來たというだけに過ぎない。

アポピスは失敗したが、魔力殘滓ではそこが限界だったという事だ。

を喪った悪神は"神が為の神話(ミュトロギア)"を|刻めずに終わった。所詮はたった一人の人間に阻止される程度の存在だったのだ。

【地獄の底から見ているがいいアポピス。貴様では葉えられなかった席に我等が屆く瞬間を……千五百年の眠りを選んだ我等が正しかったのだ】

大蛇(おろち)は嗤う。

八つの首が嗤う。

笑い聲は闇に響き大地を揺らす。

雨の中、人の世がし揺れた。

【ああ、笑いが止まらぬ! 我等を笑い殺す気か!?】

人間を本當の意味で支配するのはまだ先。

まだ全てをばら撒いてもいない。みの霊脈を手にれてもいない。

それでも笑わずにはいられない。

まだ何とかなると無駄な抵抗を畫策している人間達はお笑いだ。

洪水が迫る中、小さな枝を折って積み上げようとしている子供を見ているよう。

【まだ"分岐點に立つ者"に託せば何とかなると思っているのか?】

自分にとっての最後の敵になり得るであろう男。

大蛇(おろち)が敵と定めているのはアルムしかいない。

【あの時も勝利した! この時も勝利した! だから次も"分岐點に立つ者"が何とかできると……がががが! 本當に弱い生きと言うのは度し難い!】

唯一敵となり得るからこそ、大蛇(おろち)は勝利を確信していた。

確かにアルムは自分の敵とり得るだろう。

だがそれは……アルムが本當に分岐點に立てるのなら、の話。

【本當に、悲しいな人間? 葉わぬ幻想すらも抱かせてくれない現実というのは】

大蛇(おろち)は嗤う。

心底からの喜びを浴びて。

人間は弱く、脆く、そして自由な生き

誰かと関わり、知り合い、助け合う事でその弱さを補ってきた生命。

その在り方では決して乗り越えられないものがある。

笑い聲が響く。轟く。

雷鳴のように、津波のように、嵐のように。

――アルムが自分の敵になる事は出來ない。

大蛇(おろち)は嗤いながら自分の勝利を確信する。

嗤いながら、最初で最後であろう謝をした。

生まれてきてくれてありがとう、餌にも労働力にもなるあまりに都合のいい生命よ。

未來永劫の繁栄を約束してやろう。手放すにはあまりに惜しい。

信仰を捧げさせ、永遠にこの星で飼い続けよう――この八岐大蛇(やまたのおろち)の名の下に。

いつも読んでくださってありがとうございます。

殘っている魔法生命達。

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