《傭兵と壊れた世界》第百三十六話:各々の使命
イヴァンは任務をける旨をミリアム達に伝えた。あくまでも「けるふり」だ。ソロモンの件もあるため最初は協力者として戦いつつ、折を見て天巫を奪取する。
「けてくれるんですか……!」
二人は喜んだ。騙すようなかたちになって申し訳なく思いつつも、イヴァンは表に出すことなく話を進めた。
「戦いはもう始まっているのか?」
「私達が出発したときはまだ渉中でしたが、アーノルフ閣下が要求をのむはずがないので、おそらく始まっているかと思います」
「それなら急ぐ必要があるな。ベルノア、船の準備を頼む」
「いつでも出発できるぜ。ミラノ水鏡世界への遠征に使うつもりで整備していたからな」
口はうるさいが仕事は早い男ベルノア。
そうと決まればすぐにでも出発だ。ミリアム達を連れて機船の船著き場に向かった。
シザーランドは峽谷にあるため、地表付近の窟を船著き場として開拓し、大型の昇降機を使って機船を搬出している。地上から直接を掘って出口を作るという話も進んでいるが、資材も人材も足りないためまだまだ先になりそうだ。
広大な窟の中に各小隊の機船がずらりと並んでいた。隊員が好き勝手に改造をしているため同じ外見の船はほとんどなく、特に第二〇小隊のような歴の長い小隊ほど原型を留めていない。
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長く乗れば著がわき、自分達が住みやすいように手を加えられ、戦いと共に各小隊の「」がつく。機船とは、いわば第二の家である。
「ん?」
機船の前に人影があった。エイダン率いる第三六小隊だ。ウォーレンを失って四人制になった彼らがイヴァンの行手を塞ぐように立っていた。
「どこに行くんだイヴァン。足地の用は済んだと聞いたが?」
「野暮用だよエイダン。そっちこそノブルス城砦で戦っているはずだが、なんでここにいる?」
「ああ、俺達も野暮用だ。団長に頼まれて帰ってきた」
イヴァンは目を細めた。これは駄目そうだ。いつでも銃を抜けるように外套の下で腕をかす。
「用があるのはお前達じゃない。後ろの二人。傭兵じゃないな?」
「観客さ」
「この迫した時に、か。ちなみに俺達の野暮用というのはローレンシアの鼠探しだ。シザーランドに向けて出発した敵兵がいると連絡をけてな」
「それはご苦労なことだ。だが鼠なんて探し出したらキリがない。さあ、通してくれ」
かぬエイダン。後ろでアワアワと顔を変える苦労人は別として、ヌラも表に影を落としている。エメの姿は見當たらない。別行をしているのだろうか。
「観客を連れてどこに行く?」
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「だから野暮用だよ。プライベートに干渉されるほど俺達は仲良くなかったと思うが?」
「すべての傭兵に招集命令がおりたはずだ。観案は後回しにしてもらおうか」
「ああ、そうだったな、忘れていた。だが依頼を途中で投げ出すのは傭兵として駄目だろう?」
いつもならば聞こえる油鷲の鳴き聲が止んだ。落ち蛍のがスーッと暗くなり、封晶ランプの明かりがチカチカと明滅する。
直後、戦闘開始。
最初にいたのは偏卿ヌラ、そしてベルノアだ。わずかにベルノアのほうが早い。
「詰めが甘いんだよ、てめえもイヴァンも!」
ベルノアの晶壁が両者をわかつ。一拍遅れてヌラが発砲するも、晶壁によって弾かれた。
ミリアムとココットが峽谷に侵したのはバレていたのだ。傭兵國はラトリエ団長のお膝元。彼の報網を侮っていたわけではないが、あまりにも対応が早い。団長室で念りにイヴァンを説得しようとしたのも、ラトリエがすでに報をつかんでいたからだろう。
「ナターシャは依頼人とベルノアを連れて船に迎え! ソロモンは前へ! ミシャは増援が來ないように気をつけろ!」
イヴァンの指示の下、ソロモンが晶壁を砕きながら突撃した。さらに牽制の焼夷砲。翼を広げたような炎が視界一面に広がる。
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さすがに第三六小隊を焼き殺すわけにはいかないため、あくまでも迂回中のナターシャ達に注意を向かせないための炎だ。いかに英雄といえども鋼鉄の炎は突破できないはず――。
「ぬん!」
「……!?」
偏卿ヌラ、宙を舞う。彼は両足ので炎の波を飛び越えるという荒技をこなした。この男、頭も腳力も常識外れなり。
「本當に人間ですか……!」
「我が敬は炎よりも熱し!」
「相変わらず意味不明なことを!」
ヌラの強烈な足蹴りを防ぎつつ、焼夷砲で再度牽制。されどヌラの足を捉えるに及ばず。二丁拳銃による反撃が炎の中から飛んでくる。互いに生半可な攻撃が通じぬ相手とわかっているからこそ、容赦のない応酬が続く。
そこにする者が一人。
エイダン隊長が重火砲を構えていた。室なんて、なんのその。銃口に沸々とエネルギーが溜まる。
「貴様の鋼鉄と我が重火砲、どちらが上か試そうじゃないか!」
が、さらに者。
「させん!」
晶壁の影からイヴァンが襲いかかった。銃ではなく、得意のナイフによる近接格闘だ。ソロモンのド派手な炎に意識を奪われたからこそ、エイダンとヌラの虛をつけた。
「ぬぅ、いつの間に……相変わらず影の薄い男だなイヴァン! 英雄らしく覇気をまとわんかい!」
「戦場には不要だろ!」
戦だ。鋼鉄の炎が幾度となく燃え上がり、二丁拳銃の連続した銃聲が響き、拳と拳、ナイフと手甲が火花を散らす。
互いに殺意はない。戦場に漂う、焦げ臭い死の匂いもない。だが、無力化をするためならば腕の一本、足の一本、相手の傭兵としての道を斷つ覚悟で戦っている。
「……不な戦い。これも任務」
ミシャは停泊している機船の甲板から撃ち下ろした。気付かれないように高所を取ったつもりだが、ヌラやエイダンは予測していたかのようにコンテナを使って防ぐ。
「……厄介」
各々が役割を全うするために戦っていた。
仲間が囮になっている間に、ナターシャは依頼人を連れて第二〇小隊の機船に飛び乗る。ベルノアも晶壁による妨害を続けている。ヌラとソロモンは互角の戦いを見せ、エイダンとイヴァンも激しく刃を重ねる。そして――。
「ひぇー、なんでこんなことに!」
苦労人ネイルは逃げ回っていた。
○
甲板に到著したナターシャはすぐに船を出発させようとした。だが、縦席にった途端、彼の足が止まる。後ろにいたベルノアが怪訝な表を浮かべたが、室にいる人を見てすぐに舌打ちをこぼした。
エメだ。第三六小隊の最後の一人が腕を組みながら待っていた。
「あなた方は本當にいつも騒ぎを起こしますね。拭いをする我々の気持ちにもなってください」
「第三六小隊に面倒をかけた覚えはないけど」
「俺はあるぜ」
思わずジト目のナターシャ。イヴァンの心労がほんのしだけ理解できたかもしれない。
張のない二人とは対照的に、エメはすぐにでも襲いかかってきそうなほど迫とした顔をしている。
「全員かないでください。この船の力庫に弾を仕掛けました。私の合図ひとつで起できます」
「バッ……この馬鹿! 俺様の船になんてことをしてやがる……!」
「無策であなた方と戦いませんよ」
「あほバカちび!」
「……」
煽るな煽るな、と頭を抱えるナターシャ。心労は増すばかり。
「これも団長の指示なの?」
「第二〇小隊の捕縛は指示されていますが、私の個人的なも混じっています」
「そう、それなら――」
ナターシャのがぶれた。次の瞬間、急加速した彼がエメのすぐ目の前にまで迫る。
その理外なきにエメは目を見張った。の力。マリアン・マレーの反重力だ。反応が追い付かずに固まるエメの首もとへ、ナイフをあてがった。
「弾を解除して」
「嫌です」
「こっちだって本気なのはわかるでしょ?」
「それでも嫌です」
大きな黒い目がナターシャを睨みあげる。一切の震えもない。彼自は特別なも突出した力も持っていないというのに、第三六小隊の一員に相応しい毅然(きぜん)とした態度である。
「あなた方がローレンシアにつく、という意味を理解していますか? 戦爭はもう始まっているのです。早期決著こそが犠牲を最小限に抑える方法。なのに、あなた方が解放戦線と戦えば余計な犠牲が生まれます」
「私だって気持ちは同じつもりよ。今後、起こりうる悲劇を避けるための任務なの」
「幾多の戦場を食らった第二〇小隊の言葉とは思えません。今度は何をするつもりですか?」
噓は許さぬ、という決意の目。ナターシャの返答次第では自分諸共破して機船を破壊する不退転の覚悟。
ナターシャはちらりと後ろに目を向けた。依頼人の前で天巫拐の話をするわけにはいかない。ましてや話せばエメ達を巻き込むことになる。第三六小隊は団長からの命令でこの場にいるため、ナターシャ達の目的を知れば報告義務が生まれるだろう。匿すれば彼達も共犯者。シザーランドの英雄を地に落とすことになる。
「ごめんね」
ナターシャは小さく謝罪をしたあと、エメの細腕を後ろ手に拘束した。
「離しなさい! 起しますよ!?」
「弾なんて噓でしょ?」
「本當です! 疑うなら――」
「だってそんな危険を冒すのをヌラが許すはずがないもの。あなたが船に乗っている時點で弾は噓よ」
正直なところ、ナターシャも確証はない。だが、衛生兵として命を大事にする彼が第二〇小隊ごと船を破するとは思えないのだ。
エメを拘束したまま甲板に連れてくると、第三六小隊から見えるように甲板の端につき出した。
「考え直しなさいナターシャ! 何をしようとしているのか理解していますか!? 団長は本気です! 絶対にあなた方を逃がしません! だから――」
「団長に會えないのが殘念だわ。きっと面白い顔をするはずだもの。代わりに伝えておいてくれる? 飼い犬に噛まれる気分はどうですかって」
「ちょっとナターシャ! 話を――」
そのままエメの背中を押した。悲鳴を上げながらまっ逆さまに落ちるエメ。
「エメ様ァ!」
反的にヌラがく。ここまではナターシャの計算どおりだ。エメが落ちればヌラは必ず助けにくる。そうすれば、ソロモンが自由になる。
「ベルノア! 船を出して!」
「よしきた!」
機船から蒸気が昇る。黒銀の裝甲をまとう亡霊の船がうねりを上げる。さあさあ我らが亡霊の旅立つ時間だ。ランプを燈して汽笛を鳴らせ。八本足を大地に穿て。
異変を察したエイダンが船を見上げた。黒銀の船が昇降機に向かっている。
「ぬぅ、エメが失敗したのか……!」
阻止しようとするエイダン。しかし、船との間を炎が走った。完璧なタイミングだ。自由になったソロモンが第三六小隊の足を止めた。
「イヴァン、今のうちに乗り込みますよ!」
「待て! 俺は自力で――」
イヴァンの制止を無視して彼を橫抱きにすると、ソロモンは大きく跳躍した。隊長イヴァン、鋼鉄の乙に抱えられて宙に躍り出る。人生二回目のお姫様抱っこだ。視界の端に、機船をつたって飛び移るミシャの姿が見えた。自分もああすれば良かった、とイヴァンが後悔したのはいうまでもないだろう。
昇降機はすでに下りている。作盤の前に晴れやかな表の元神父と、眼帯をした狩人見習いが立っており、彼らは自慢げにを張っていた。わざわざ第二〇小隊のために同期諸君が手を回してくれたようだ。戦友達に見送られながら、第二〇小隊はシザーランドを出立する。
古傷まみれの八本足に新たな傷を刻みにいこう。昇る蒸気は旅立ちの合図。いざ、業が集いしルーロの地へ。
○
靜けさを取り戻した船著き場。コンテナの裏から苦労人ネイルが顔を出す。
「止めようと思えば重火砲で破壊できたでしょうに、よかったんですか?」
「逃げ回っていたやつが偉そうに言うな。まあパフォーマンスはこれで十分だろう」
エイダンが視線を走らせると、窟の裏をこそこそとく人影が見えた。あれらはラトリエ団長の子飼いだろう。シザーランド全に広がる報網の一端であり、第三六小隊が嫌々ながらも足止めをした理由の一つ。
「それに俺は、同じくあの地獄を経験した者としてイヴァンを信用している。目的は知らんが、なくともルーロの悲劇を繰り返すような真似はしないだろう」
「嫌いなのに?」
「ああ、嫌いだ。昔から型にはまらずに命令違反を繰り返す奴だった。だが、あいつが意味のない無茶をしたことはない」
「気持ちの悪い信頼関係ですねえ」
「……言っておくが、お前が戦いに參加しなかったのは子飼いに伝わっている。後日、呼び出しをけるだろうから覚悟しておけ」
「ええ!? そんなぁ! 隊長から何か言ってくださいよ、ほら、僕は戦いに向いていないから參加しなかっただけどか、実は凄いやつなんだとか……隊長? ねえ、聞いてますか!?」
エイダンは峽谷に背を向けた。彼は直的に理解している。これから先、第二〇小隊と肩を並べることは二度とないだろうと。ルーロ戦爭を生き延びた數ない小隊がまたひとつ旅立つ。エイダンは「亡霊がいなくなって清々した」と言いつつも、その背中はどこか寂しげだった。
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