《やり直し令嬢は竜帝陛下を攻略中》2
まだ日程など公表されていないが、婚禮の準備は始まっている。ハディスは目を細めた。
「今更、反対するとでも?」
「はっきり申し上げるとそうですな。三公として賛同できない狀況です。不作以外にもライカでは竜が暴走したという報告もあがっています。竜の制は天剣と同じく、竜帝陛下の神威に関わるものです。お心あたりは?」
「婚禮に賛できないのは、僕が不甲斐ないせいだとでも?」
「なくとも何かあったんだろう、違うのか?」
馬鹿正直に尋ねてきたブルーノに、おそらく悪気はない。
だが、笑いをこらえたモーガンや止めないイゴールは、ハディスが本當に竜帝としての力を備えているのか、もっと言えばクレイトスと対等に渡り合えるのか、疑いを抱いているのだろう。
「殘念だが僕はお前らを信じていない。話し合いにならないから、帰るといい」
薄く笑い返したハディスに、ブルーノが眉間にしわを刻みさらに何か言いかける。その行を、ぱんと両手を叩いた音が遮った。
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「おっしゃる通り。話し合いの前に、我々にはまず信頼関係が必要です。々ありましたからね、々」
「……僕に刃向かう連中と常に関わりがあったお前が言うと実があるな」
怒り、席を立たないのは意外だった。モーガンがにこやかな笑みを返す。
「どうぞ親しみをこめてモーガンとお呼びください、竜帝陛下。誤解のないように言っておきますが、私がここに馳せ參じたのはあなたへの嫉妬からです」
「嫉妬?」
怪訝に問い返すハディスに、堂々とモーガンは頷いた。
「私は憧れていたのです、ゲオルグに。い頃から常に私の前を歩く、大きな壁でもありました。彼とくらべると私は常に見劣りする存在だったもので。同世代にもそういう者は多い。彼が皇帝を名乗った際、彼ならばという想いがあったことは否定しません。協力してくれと頭をさげられたときは興しました。まあむかついたので完全に協力はしませんでしたが」
まさか捜索隊しか出さなかった理由はそれか。なんだか背筋がぞわぞわする。
「ですがあなたは味方をつけ、彼の崇高な使命を打ち砕き、反逆者の彼をラーヴェ皇族として弔うという慈悲さえ見せた。そう、慈悲。憐れまれたのです、我々の英雄が」
モーガンは顔を伏せたままくつくつとを鳴らして笑っている。平然としているのは橫にいるヴィッセルと、イゴールだけだ。彼の正面の席にいるブルーノは目をぱちぱちさせているし、それ以下の席にいる高たちは息を殺している。ハディスも會議をやめたくなってきた。
だがすぐさまモーガンは穏やかな表を取り戻し、姿勢を正す。
「そのとき私は悟ったのですよ。もう私の時代ではないのだ、次がきている、と。自分が散々老害だと罵った連中に、私はすでになっているのだと」
「――つまり、何が結論だ。話が見えない」
「だから嫉妬ですよ。若さと、私が切り開くのではない未來への。私、自己分析は得意だと自負しています。今の私はわかりやすく言うと老害。すなわち、何かしらの影響力を若者に対して持っています。だから、若く力もあるくせにろくに政治も人もかせやしない未な皇帝を今のうちに散々笑ってやろうと思い、馳せ參じました」
穏やかな眼差しに、ひねくれまくったがねじりこまれている。
(え、つまり悔しいから老害に徹するってことなのか……?)
困しきったラーヴェに、そうなんだろうな、とうんざり答えておく。
だがモーガンの眼差しが、ふと隣の兄に注がれる。
「特にヴィッセルは目をかけていましたが、どうやら小賢しい真似はやめてあなたの治世を築くことにしたようだ。それをただ邪魔するのも大人げない。嫌がらせめいた協力をして悔しがる姿を上から眺めるほうが楽しいでしょう? 私を出し抜くことしか考えなかった子が、私に協力してくれと頭をさげにきてくれて、ゲオルグのときと同じくらい興しました」
「本當に、見事な老害におなりで」
吐き捨てた兄に、ハディスも心で全力で頷き返した。見かしてか、にっこりとモーガンが微笑み返す。
「そういうわけで、私は信頼していただいてかまいませんよ」
「どこにも信頼できる要素がないぞ。正直、引いた」
「おや、ではノイトラール公になったばかりのあなたはなぜここに」
「竜帝には腕相撲で負けるからだ、多分だが!」
「聞いた私が馬鹿でした」
「皆に黙って座っていればいいと言われたしな。何より、裏切った姪っ子の処分を不問にしてもらった恩がある」
一応、エリンツィアが一時期ゲオルグの味方についたことは有耶無耶にしてあるのに、堂々と宣言されてしまい、ハディスが遠い目になる。挑発したモーガンも呆れ顔だ。
「本當に黙って座っていたほうがいいですよ、あなたは」
「うむ!」
「――わたくしめは」
靜かに、けれどよく通る聲が周囲を落ち著かせる。改まった口調で、イゴールが続けた。
「リステアード殿下――孫に、竜帝と敵対し國をわるような三公など害悪である、レールザッツ公としての矜持があるならすぐさま竜帝に馳せ參じるべきだと、説教されましてな。いやあ、大きくなったものです――クレイトスと渡り合ったこともない小僧が」
イゴールが口元のしわを嘲りの形にゆがめ、目に力をこめて低く笑う。
モーガンのような不気味さはない。ただ、圧があった。魔力などではない、ただ時代を生き抜いてきた者の、経験値だ。――事実、彼は二十年前、クレイトス王國との和平を考えた先帝メルオニスに怒り、三公をとりまとめてクレイトスの王都に攻めった。
「そのリステアード殿下に、ベイルブルグを任されたと聞いて驚きました。これはいよいよかと馳せ參じた次第です。今になってと手のひらを返したとお思いですか?」
「実際、そうだろう」
「甘い」
だん、と杖が床を叩いた。眼鋭く、イゴールが嘲る。
「甘いぞ、若造。何が今を作っているのかわからないのか。お前の選択だ。エリンツィアを許し、ヴィッセルを説得し、リステアードを味方につけた。だからその先がつながったのだ。これが人脈、政治というものよ。理解せぬものをただ排除するのはたやすかろう。だが、それでは何も続かぬのだ。ひとの目を潰す神の威に甘えるな」
言い分には、一理あった。頬杖をついて背もたれに深く腰かけたハディスに、イゴールが目元をゆるめる。
「差し出がましいことを申しましたな、老骨の戯れ言だと思ってお許しを」
「――お前たちの言い分はわかった。僕が竜帝であることは認めているが、皇帝にふさわしいかはわからない。だから様子見していたが、姉上や兄上たちが頭をさげてきたので、重い腰をあげて出てきたというわけだ。つまり今のところ、自分たちが役に立ってはいないと認めるわけだな」
ブルーノは目をぱちぱちさせ、モーガンは忍び笑いをする。
足を組み直し、顎を持ち上げてハディスは告げた。
「僕からの信頼とやらがほしければ、せいぜい働け。利用され、追いやられぬようにな」
「ではお答えください、竜帝陛下。――ラキア山脈から広がる不作は、神の仕業ですな」
ほとんど確信を得ているイゴールの質問に、ハディスは胡に頷き返した。
「だろうな。だがこれ以上は広がらないし、続かない。神にそんな力はもうない」
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