《傭兵と壊れた世界》第百三十七話:考えるのは嫌い
ホルクスは人付き合いが苦手だった。誰かの下につくのは嫌いだ。他人の機嫌をうかがって頭を下げるなんて馬鹿馬鹿しい。
そんな格だから軍で孤立し、上に嫌われたせいでいつまでも出世できず、同世代が次々に昇進をするなかでホルクスだけが取り殘された。ときには遠巻きから蔑んだ目を向けられ、ときには規律違反に近い暴行をけた。だが、ホルクスは耐えた。耐えて、耐え忍んで、いつか見返してやると心に誓った。
戦功はいらない。昇進に興味がない。ただ生き殘ることだけを考えていた。これが不思議なもので、生意気だからと出世が遅れた人間のほうが、期待に応えようと必死に戦う人間よりも長生きをするのだ。
自己保は恥か。に準ずるのは愚か者か。
難しいから考えるのをやめた。勝てば良いのだ。
の程をわきまえなければ軍人は勤まらない、と言ってくる同僚がいたが、彼は上の機嫌を取るために戦地へ向かい、そのまま帰らぬ人となった。
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仲間に信頼された優秀な男も、「賢くなりなさい」と言いながらなぜか世話を焼いてくれた娘も、いつの間にか昇進し、いつの間にか消えた。
つまるところ、生き殘る(すべ)を知っているのは賢い人間ではなく、泥にまみれた人間なのだ。絶の淵で意地汚く足掻く者だけが勝者になる。凡才も天才も関係ない。生への渇。本能のみが人を生かす。
「戦う理由ってなんだと思う?」
「突然ですね。そんなもの人それぞれ違うでしょう」
ノブルス城塞から外を見下ろすホルクス軍団長と副イサーク。彼らの視界には第三軍と解放戦線、そしてパルグリムの兵士が一緒になって訓練に勵む姿が映った。つい數ヶ月前までは敵同士だった彼らが、ホルクスの命令ひとつで同じ旗の下につく。その歪な景に潛在的な忌避を覚える。
「私は父に認められたくて軍人になりました。今は、父の仇(かたき)を討つために戦っています」
「イグリスか。最前線に行ったんだってな」
「ええ。アーノルフ元帥に反抗したから、見せしめにされたんですよ」
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イサークが拳を握った。彼の父、イグリス準將は反戦主義派の中心人であり、侵略を繰り返すアーノルフと何度も衝突をした。天巫の祭壇を封鎖した件も、一番反対したのはイグリスだ。彼は元老院の橋渡し役を擔っていたため、軍部と元老院のパワーバランスが崩れるのを嫌ったのである。
「まっ、軍人なんだから戦場にいくのはおかしくない。たまたま最前線だった、なんてこともある。アーノルフ閣下がどこまで関わっているかは俺達にはわからない」
「本気でそうお考えですか?」
「知らねえよ。だが上としてひとつ、忠告だ」
ホルクスの瞳はイサークではなく、眼下で訓練に勵む兵士に向けられていた。彼らは國のため、する人のために戦う者達だ。きっと自らの命よりも國や家族を優先するのだろう。そんな彼らに遠い目を向けながらホルクスが語る。
「意地を捨てろ。誇りを持つな。復讐心や國心を抱くな。そいつらは全部、死ぬための理由になるぞ」
復讐という言葉にイサークが反応した。
「父の仇討ちをやめろと言うのですか?」
「生き殘るってのは良いもんだぜ。勝手に昇進するし仲間もできる。なにせ笑い者だった俺が軍団長だ」
「國を裏切った人の言葉に説得力はありませんよ」
「そう睨むなよイサーク。あのままジジイの指示に従っていたら俺達は今ごろ使い潰されていたぞ。第三軍を嫌っている節は前々からあったが、あからさまに見捨てるとは思わなかった。その代わりにこの城はもらったけどな」
ホルクスは先の戦いを思い出した。研究者ベルノアによって結晶の壁に閉じ込められた件だ。あの一戦によってホルクスの主力部隊は戦力を削られ、結果として南側に孤立した。もっとも、シモンがすぐさま救援を送れば十分に復帰可能な狀況だ。そのために軍団長を二人投したのだから。だが老將シモンは救援を拒否した。狼部隊がいなければノブルスを守りきれないというのに、悪手と理解したうえで切り捨てたのだ。
そんなホルクスに手を差しべたのが敵であるはずの解放戦線。ひいては背後にいるパルグリム。彼らとの約のもと、ホルクスは老將シモンを討ち取った。
「アーノルフ閣下も別に嫌いじゃなかったが、どうにも覇王の道から外れているんだよな。ありゃあ國のためにいてねえ」
「解放戦線が勝つと?」
「ああ、直だ。でもこれが一番當たるんだ」
トントン、と頭をつついた。まったく拠のない話だがホルクスが言うと説得力がある。彼は狼。獣染みたを持つ男だから。
「生き殘るのは俺達だ」
遠方にラスクの塔が見えた。長い歴史とともに幾人もの業が積み重なった街だ。
開戦は明日。夜明けと同時に首都へ攻め込む予定である。
自信ありげなことを言いつつもホルクスは騒ぎがした。勝ち戦の匂いに混じって亡霊の匂いがするのだ。だが後戻りはできない。解放戦線についた以上、彼が生き殘る道は勝利のみである。
各々が戦いの気配を鋭敏にじ取っていた。
たとえば大國ローレンシアの首都にて。
アーノルフ元帥がラスクの高臺から戦場を睨む。盤面上で見れば追い詰められた格好だろう。あとしでローレンシアの頂點に立ち、天巫の悪習を斷てると思っていた矢先に最後の難関が立ち塞がった。
「ここで向かい風が吹くか。相変わらず意地の悪い神だ。天巫を降ろした私に罰を與えようというのかね」
因果は巡る。算の時が予想よりも早かった。ホルクスの裏切りを予想できなかったのはアーノルフの失態。積み上げた業が高壁となって道を阻もうとする。
「終わらせるものか。そうでしょう、天巫様」
星天は人に微笑むか。元帥の願いは業に勝るか。
闘志をたぎらせるのはアーノルフだけではない。解放戦線では妄執に取り憑かれた旗頭が。シザーランドでは戦いにを躍らせる赤獅子が。そして、忘れ名荒野を走る機船にはルーロの亡霊が、今か今かと戦いの牙を研いでいた。
◯
人の気配がなくなったラスクの街。普段ならば子供達の元気な聲が響く孤児院もすっかり靜かになってしまった。もっとも、それは街の雰囲気だけが原因ではない。
「突然押し掛けてごめんなさい。ここに住むようにってアーノルフに言われたんだけど、迷だよね」
「迷じゃねえ……あ、いや、ございません」
「ディエゴ隊長、張しすぎです」
「うるせえ! しょうがないだろ!」
並んで座るディエゴとサーチカ。その向かい側になぜか天巫が座っていた。
ディエゴにとって天巫は雲の上の人だ。どちらかといえばアーノルフ元帥のほうが近にじられる。もしも天巫に不敬な態度を取れば首が飛ぶのではないかと思うと、ディエゴは張を隠せなかった。
そんな彼の様子に申し訳なく思いつつも、天巫は憧れていた「普通の暮らし」にを弾ませている。
「私も実は張しているんだよ。主塔の外で泊まるのは初めてなんだから」
「護衛は連れていないんですか?」
「そう聞いているよ」
ディエゴは橫目でサーチカを見た。彼は小さく頷く。
(護衛の気配あり、ね。ちゃんといるじゃねえか)
アーノルフが天巫を無防備にするはずがなく、アメリア直屬の親衛隊が住民に扮して孤児院の周囲に隠れている。
面倒事が転がり込んできた、とサーチカは辟易(へきえき)した。彼も天巫を敬しているのだが、遠巻きに眺めるのと一緒に住むのでは話が別だ。巻き込まないでほしいというのが本音であり、戦場から遠ざかってようやく手にれた平穏が音をあげて崩れるような覚がした。
もちろん顔には出していない。だが、天巫は普段から顔を隠して生活するため他人の気配に敏だ。
(けれられない、か。仕方がないよね。私は天巫だもの)
しょんぼりと肩を落とす。普通の暮らしには憧れたが、それ以前に彼は天巫だ。個人の意思で民の生活を邪魔してはいけない。
「やっぱりアーノルフに言って祭壇に戻してもらうよ。封鎖されているけど、こんな狀況なら許してくれるかもしれないし」
サーチカは心で安心した。手を貸したいのは山々だが、流石に天巫を匿うというのは危険すぎる。素直に引き下がってもらうのが賢明だろう。
そんなサーチカとは対照的に、ディエゴは神妙な顔をしていた。そう、考えることが嫌いなあのディエゴが難しい顔をしているのだ。
「ディエゴ隊長? なにか変なことを考えていませんか?」
サーチカは嫌な予がした。この元上が神妙な顔で黙っているときは大抵の場合、サーチカのまない選択をしようとしているときだ。
「いいんじゃねえの?」
「ディエゴ隊長……!」
戸うサーチカを無視して彼は続けた。
「俺はバカだけどよ、あんたが殘念そうなのはわかってんだ。ここで暮らしたいんだろ? なら遠慮したら駄目だろ」
「隊長、そんなに簡単な問題じゃないんです。どうか黙ってください」
「別に俺だって何も考えてないわけじゃないぞ。ラスクにいる時點で危険なのは変わらねえ。それなら孤児院ごと親衛隊に守ってもらったほうが安全じゃないか?」
「それはそうですが……」
サーチカはなおも不服そうだ。彼の直が「よくない選択だ」とんでいた。だが、同時に彼はディエゴの考えを尊重したいとも思っている。馴染みと決別し、仲間も戦場で失った彼に、せめて自分だけは寄り添ってあげたい。ゆえにサーチカは黙る。たとえ本能が警鐘を鳴らしていようとも。
天巫は「本當にいいのかな」と迷った様子をみせつつも、ディエゴの力強い言葉を信じることにした。
「じゃあ、お言葉に甘えて、その……お世話になります」
「おう! どんとこい!」
「隊長、不敬罪」
「痛っ……!」
ディエゴの守るべき家族が一人増えた。不用だから格好よく生きられないが、彼なりの方法で前に進む。そうしたらきっと、次に會うときはを張れるはずだ。
(俺は頑張るぜ。だからお前も無事でいろよ)
脳裏に馴染みの姿を思い浮かべながら、ディエゴは強い覚悟を心に抱いた。
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【書籍化決定!】BKブックス様より『自宅にダンジョンが出來た。』が2019年11月5日から書籍化され発売中です。 西暦2018年、世界中に空想上の産物と思われていたダンジョンが突如出現した。各國は、その対応に追われることになり多くの法が制定されることになる。それから5年後の西暦2023年、コールセンターで勤めていた山岸(やまぎし)直人(なおと)41歳は、派遣元企業の業務停止命令の煽りを受けて無職になる。中年で再就職が中々決まらない山岸は、自宅の仕事機の引き出しを開けたところで、異変に気が付く。なんと仕事機の引き出しの中はミニチュアダンジョンと化していたのだ! 人差し指で押すだけで! ミニチュアの魔物を倒すだけでレベルが上がる! だが、そのダンジョンには欠點が存在していた。それは何のドロップもなかったのだ! 失望する山岸であったが、レベルが上がるならレベルを最大限まで上げてから他のダンジョンで稼げばいいじゃないか! と考え行動を移していく。 ※この作品はフィクションです。実在の人物・団體・事件などにはいっさい関係ありません 小説家になろう 日間ジャンル別 ローファンタジー部門 1位獲得! 小説家になろう 週間ジャンル別 ローファンタジー部門 1位獲得! 小説家になろう 月間ジャンル別 ローファンタジー部門 1位獲得! 小説家になろう 四半期ジャンル別 ローファンタジー部門 1位獲得! 小説家になろう 年間ジャンル別 ローファンタジー部門 7位獲得! 小説家になろう 総合日間 1位獲得! 小説家になろう 総合週間 3位獲得!
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