《ロング・ロング・ラブ・ストーリーズ 4度目のさようなら that had occurred during the 172 years》第4章 1963年 プラスマイナス0 - すべての始まり 〜 8 智子の両親(4)

8 智子の両親(4)

見れば奧にある扉が開けっぱなしで、そこから聞きなれない音が響いている。さらに耳をすませば、音にじって唸り聲のようなものまで聞こえてくるのだ。

でも飼ってるのか? 一瞬そう思うが、決して犬貓の鳴き聲なんかじゃない。

ただなくとも、扉が開いているからには、そこに家政婦がいるのだろう。そう思うまま扉に近づき、彼は開け放たれた扉の先を覗き込んだ。

――ああ、やっぱり、ここにいたんだ。

最初、目に飛び込んだのは、やはりさっき目にした家政婦の背中だ。その奧側にももう一人いて、同時に視界の隅に見知った顔が映り込んだ。

その瞬間、剛志の心はあっという間に凍りつく。

聲をかけることも忘れ去り、ただただ目の前の景に釘付けとなった。

ずいぶん、変わり果ててしまっていたのだ。一見すると別人のようだが、それでもそれは、紛れもなく智子の母、佐智の顔だった。

ベッドに寢かされ、家政婦が細長い管を彼の口へ押し込んでいる。

きっと、相當苦しいのだろう。さっきの唸り聲こそ佐智のもので、もう一人が彼の両腕をしっかり押さえ込んでいた。

なくとも片方は、きっと本當の家政婦じゃない。

漠然とそんなことを考えながら、しばらく部屋のり口からその様子を見守った。やがてから管が外され、と同時に佐智のき聲もピタッと止まる。そうしてようやく、二人はり口に立っている剛志のことにも気がついた。

に詰まった痰を、取って差し上げてました……。

そう言ってきたのは、やはり正真正銘の看護婦だ。

「ただここでは、二人とも家政婦ということになっていますから……」

だから余計なことは口にするなと、無表のままそんな意味合いを匂わせる。

桐島佐智が、恍惚の人になっていた。

恍惚の人――確か作者は有吉佐和子だったか……。

剛志が就職してしばらくした頃、母恵子が真剣に読んでいたのを覚えていた。

ドラマにもなったから剛志もストーリーは知っていて、癡呆の進んだ主人公があれ以降も生き続けていれば、いつの日かこの佐智のようになったのだろうか?

聲をかけても返事はなくて、もちろん話などできるはずがない。起きていることすべてを理解せずに、寢たきりで、時に探しでもするように両腕だけをかしたりする。

歩けなくなってから、ここまではあっという間のことだったらしい。

「娘さんが行方知れずになる前から、きっと、徴候くらいはあったんだと思います……」

さらにこんなことを告げられて、

――神に誓って、兆候なんかなかったさ……。

心だけで、剛志はそう言い返すのだ。

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