《やり直し令嬢は竜帝陛下を攻略中》

後宮の手前、皇妃たちの謁見に使われるという貴賓室で、そのはジルと視線が同じになる高さまでゆるく頭をさげた。フリーダと同じ、らかそうな髪が肩からこぼれ落ちる。

「第八皇妃フィーネでございます。フリーダから事は聞いておりますわ。竜の花冠祭を開催されるため、人手を必要としておられるとか」

「はい。協力していただけませんか」

背筋を一杯ばして、張しながら問いかける。人した子どもがいるとは思えない可憐な顔立ちのは、にこやかに応じた。

「おまかせくださいませ。後宮にとっても、竜の花冠祭は大事な行事です。必ず功させましょう」

フィーネは手際よく、その場で今後の予定をてきぱきと立ててくれた。

ほっとジルはをなで下ろす。散々、ナターリエやフリーダに後宮を甘く見るなと脅されていたせいで、警戒しすぎていたらしい。竜妃の騎士としてついてきたジークとカミラも、し気を緩めたのが気配でわかった。

(優しそうなひとでよかった)

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祭りの準備は多岐にわたる。竜の花冠祭は他國から賓客を招くような大きなものではないが、店が並ぶ中で帝都を巡るパレードも行われ、竜の乙役が竜帝役から花冠をかぶせてもらう神話由來の儀式もある。店の許可、パレードに參加する聖歌隊や踴り子たちの手配、花冠や裝の準備、諸々の警備、回し、すべきことをあげればキリがない。前回までの開催のノウハウや人脈がある後宮の協力は必須だ。

しかも三百年ぶりに竜妃が主催する『本當の』竜の花冠祭である。去年開催されなかった分を含めても、民の期待は高まっているだろう。祭りの開催告知後、店の許可申請が殺到したと聞いている。ここで失敗すれば、確実に竜妃の評判は地に墜ちる。

それはすなわち、ハディスの足を引っ張るということだ。絶対に許されない。

しかも、今、ジルには『しの竜妃殿下』から始まるあやしげな手紙という厄介な事もある。今のところ手紙が屆いているだけでジークとカミラも警戒してくれているものの、祭りの準備でひとの出りが増えたため、差出人を捜し出すのは逆に困難になってしまった。容はさして変わらないものの、気づけば本棚に挾まったりしている。今朝も店のリストと帝都の配置図をまとめた資料の中に二つ折りのカードがまざっており、慌ててポケットに突っこむ羽目になった。

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いずれ対処はしなければならない。わかっている。

――しかし、正直、こんなに祭りの準備が大変だとは思っていなかった。

「ジルちゃーん、パレードと會場の警備予定、サウス將軍からもらってきたわよ~」

「そこに置いておいてくれカミラ、ジークが戻ってきてから見る」

かないでください、竜妃殿下」

「す、すみません!」

「竜妃殿下はお著替え中です。殿方は外ヘ出てください」

ジルだけでなく衝立の向こうにいるカミラにも、からの注意が飛ぶ。はぁい、と返事をしてカミラはすぐに出ていった。次の指示を出せなかったことをジルは々後悔する。待たせてしまうかもしれない。鏡がないので、今、自分がどうなっているのかもよくわからない。黙々と仮いのドレスの著付けをしている仕立屋やたちは、後宮から派遣された見知らぬ顔ばかりなので、話しかけるのも気が引けた。

(このあとは、陛下と裝合わせして、そのあとは裾持ちのの子たちとの顔合わせして、そろそろ花冠のデザインのチェックもくるんじゃないかな)

竜の花冠祭では、竜妃はもちろん皇妃もそれぞれの名前で花冠をデザインし、売りに出すのだそうだ。これは三百年前にもあったとかで、フィーネから見せてもらった資料を元にジルも試作品を作ってもらっている。

ジルにとっては見たこともないお祭りだ。覚えること、準備することが山盛りで、頭がこんがらがりそうである。

「同じ花冠祭でも、クレイトスとはずいぶん違うよな……」

ぴくり、とジルの著付けをしていた周りが固まった気がした。まばたいたジルの前に靴をそろえて置いた人が、顔をあげる。このドレスをデザインした仕立屋だ。初めて目が合った。

「クレイトスにもあるのですか、花冠祭が」

「あ、はい。とはいえあっちは竜妃とは関係なくて、祭りというより十四歳になったの子のための人の日なんですけど。花冠も自分で選んで、洗禮をけに行くんです。洗禮が終わったら籠にワインと果をもらえるんですよ。どの街もずっと火を焚いて夜もお祭りが続くので、その日だけは娘が人といて遅くなってもお目こぼしされるんです。とはいえ時期が冬なので、朝まで外ですごすのもだいぶがいるんですけど」

かつて十四歳だったときの験を思い出しながら、悪戯っぽく笑う。既に戦爭が始まっていたが、あのときはラーヴェ帝國での爭いが大きくなって休戦狀態だったため、ジルも帰國していた。とはいえすぐけるよう、王都ではなくサーヴェル家で洗禮をけたのだが。

(……顔だけ出してくれたんだよな、ジェラルド様。すぐ帰ったけど!)

なお、「フェイリスが行けと言うから」という余計なひとこと付きだった。

ふふ、と昏く笑うジルに手を貸して靴を履かせながら、仕立屋がにこやかに答えた。

「さすが、の國。ずいぶんと奔放的な祭りをなさっていたのですね」

ん、と違和を咀嚼する前に、鏡が運ばれてきた。

「どうぞ、ご覧ください」

うながされるまま、ジルは鏡に視線を映す。そこには見事な青に染められた生地を重ね、リボンやフリルでごてごてに著飾られたドレス姿の自分がいた。頭の後ろには扇形に広がった大きな襟が立っている。ジルは両目を見開いて、まばたく。

著付けを手伝ってくれたが笑顔になった。

「サイズはぴったりですね。デザインも伝統的で威厳があります」

髪は結いあげる予定です」

「あ、あの。いいんですか、この……」

青は、クレイトスのだ。ラーヴェでじられているではないが、青い竜がいないという逸話になぞらえて、ラーヴェでは忌避されていると思っていた。竜騎士団の見習いが水の腕章をもらうこと、ライカで見せしめに作られた落第學級が蒼竜學級と呼ばれていたことからも、そういう扱いをけているのがわかる。

だがジルの遠回しな質問に、仕立屋は淡々と答えた。

「ここはクレイトスとは違います。大丈夫ですよ」

「だ、だとしても、その……このドレスだと、マントは似合わないですよね……?」

今回、ジルは竜の乙役として、民衆の前でハディスに花冠をかぶせてもらう。その際は、マントを羽織ると聞いていた。裳裾を持ってもらう裾持ちは三人とまできっちり決められている。ドレスのには決まりはないが、マントに関しては決まりがある――ということは、安易に省略してはいけない伝統的な意味があるはずだ。

ジルが今著ているドレスは肩のあたりがやけに膨らんだ、一昔前のデザインに見えた。威嚇的な襟といい、マントを羽織ると邪魔になるのは明らかだ。もちろん、合っているのならいいのだが。

「マントは今回不要だとの注文でしたので、このようなデザインになりました」

迷いのない仕立屋の返答に、ジルは目を丸くする。

「え……き、聞いてません、わたし。あの、いったい誰がそんなことを?」

「第七皇妃殿下です。私は第七皇妃お抱えの仕立屋ですので」

手配したのはフィーネではないのか。困するジルの耳に、扉を叩く音が聞こえる。

「せんせー、るよ。……なんで騎士を部屋の外に出してんの?」

ルティーヤだ。ちょうどいいところにきてくれた。すかさずが聲をあげる。

「著替え中です。殿方は外に」

「え、今、著替え中!?」

「だ、大丈夫だ、もう著替え終わってるから! どうしたんだ、ルティーヤ」

ルティーヤは皇弟だ。も安易に追い出せない。衝立の向こうで固まったルティーヤを逃がさないよう、ジルは自分から素早く姿を現す。ぎゃっとルティーヤが聲をひっくり返した。

「で、出てくんなよ! き、著替え――え?」

「ど、どうかな、このドレス。竜の花冠祭で著るドレスを仕立ててもらったんだ」

ジルの微妙な笑顔に気づいたのだろう。壁際まで逃げたルティーヤが、目をぱちぱちさせたあとで、神妙に答える。

「……とりあえず公式行事でまずいんじゃないの、青が多いのは……」

「だ、だよな……」

「え、何。仕立ててもらってそれ? 嫌がらせじゃん。しかもだっさ。誰の指示?」

「そ、それでなんの用事だ!?」

周囲が聞いているのだ。慌てて話題を変えると、ルティーヤが目を細める。

「なんの用事って……先生がハディス兄上との裝合わせにこないから、迎えに」

「え、裝合わせって今からだよな?」

ルティーヤが舌打ちしたあと、斜めに視線を落として吐き捨てた。

「……ハディス兄上の予定だと、今から一時間前だよ」

さあっと頭からの気が引いた。

「ち、遅刻……!? へ、陛下は!? まだ待っててくれてるのか!?」

「會議の予定がってたからそっちいった。また時間調整しようって伝言」

ハディスも忙しいのだ。ジルとしては頷くしかない。

「わかった……陛下に謝っておいてくれ」

をかけてしまった。肩を落とすジルに、ルティーヤが聲をひそめる。

「……ナターリエとか、フリーダは? スフィア先生もいないよな」

スフィアはジルの家庭教師だが、最近はフリーダに続きルティーヤの禮儀作法もみてくれている。周りに聞かれて困る話題でもないが、なんとなくジルも聲を小さくした。

「ナターリエ殿下とフリーダ殿下はパレードの裝チェックとか、踴り子の面接をしてもらってるんだ。スフィア様はベイル侯爵家が祭りで出すバザーの件でなんかトラブルがあったらしくて、まだきてない」

「……わざとじゃね? 裝合わせも、今の狀況も」

ジルがまばたくと、目の前に真剣なルティーヤの顔があった。

「……ハディス兄上、呼んでこようか」

「陛下、今、會議なんだろう」

「先生が呼べば飛んでくるよ。今だってどうせ仕事が嫌だってごねてるんだろうし」

「――行き違っただけだ、ルティーヤ。思いこみはよくない。お前は陛下が逃げないよう、見張っててくれ。頼んだぞ」

ぽん、と背中を叩いて笑ってみせる。ルティーヤは不満そうにを尖らせた。

「……なんかあったら呼べよな。僕は暇だし」

「竜妃殿下、こちらにいらっしゃいます? 花冠の試作品ができあがって……あら」

ひょっこり顔を出したフィーネがルティーヤを見てまばたく。ルティーヤはぎろりとフィーネをにらみ返し、無言で踵を返した。

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