《【書籍化決定】公衆の面前で婚約破棄された、無想な行き遅れお局令嬢は、実務能力を買われて冷徹宰相様のお飾り妻になります。~契約結婚に不満はございません。~》この先の百年、ですか。

「……これは、どういう狀況なのでしょう……」

ウェグムンド領を抜けて、大街道を北上し始めて數日。

そろそろタイア領に差し掛かろうかというタイミングで見かけたものに、アレリラは戸いを覚えていた。

大街道整備計畫には、下地がある。

何もないところに道を敷くのではなく、それまで人々がロンダリィズ領と帝都を行き來していた道を土臺にして考えられたものだ。

効率的でない場所を短して繋いだり、狹い道を大きく広げる、橋をかけ直すなど、道そのものに関する整備の他にも。

途中の領にある既存の易街に泊まりやすい工夫、あるいは、長時間外で過ごす危険がある位置に新たに避難小屋や宿泊地を設ける措置、なども併せて行う為の下見だったのだが……。

「作っているのは、ほぼ間違いなくタイア子爵だろうな」

イースティリア様は、事もなげに答える。

赴く先がロンダリィズ領とタイア領に分かれる道の手前に、小さな集落が出來ていたのだ。

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決して、農耕に向く土地ではない。

にも関わらず、その集落はきちんと整備されており、小さいながら畑と石造りの水路を備えていた。

設置されている魔導などを見ても、まず間違いなくぺフェルティ領の上下水道などと同様の技が使われている。

しかも、大量の木材や石材が山から切り出されて積まれていたり、集落の規模に不似合いな建を立てていたりなど、明らかに計畫のある整備が行われているのである。

そこにいる人夫に話を聞いたところ、誰が金を出しているのかは分からず、ただ『指示された通りに作れ』と言われているらしい。

『ワシらぁ、魔獣に襲われて村を追んだされてなぁ。困っとったトコに聲掛けられたんじゃぁ。食いモンも住む家もくれっし、エラい強いおっさんが見回りに來てくれっし、はぁもうありがてぇんよ』

と、語ってくれた男に禮を述べて、アレリラたちは先に進んだのだ。

「位置的にも、我々が整備計畫の為に手をつけようとしていた位置だ」

「何らかの法に抵しませんか」

「ないな。この辺りは開拓地に指定されている。開拓後の所有権を、どこかの領主が主張するのなら申請が必要だが……」

「現狀では、特に問題がない、と」

「集落の様子から見て、住み始めて二年は経っている。數臺の馬車とすれ違ったのは、建材を運んでいるのだろうな。整理された區畫や道の様子から見て、あそこを宿泊地にしようとしているのは間違いない」

「……権利も主張せず、ですか」

「タイア子爵であれば、がなくともおかしくはない」

「ですが、資金は?」

タイア子爵領が、それほどの資金を提供できるとは思えない。

が増えているのなら、隠し資産でもない限り、稅収の段階で気づくだろう。

「帝王陛下が関わっている可能は低い。ロンダリィズ伯爵家と、共同で行なっている可能はあるだろう」

「目的が分かりません。整備計畫が始まれば我々が助かるのは間違いありませんが、あの位置の開発は、領地にとって得がないかと。將來的な利益を見越すとしても、持ち出しが多い點が引っかかります」

村や街を一つ作る、というのは、それほど簡単なことではない。

まして山が近いわけでもない場所であり、利便が高いからといって元となる資材を運ぶのが容易い地域でもなかった。

住む人々の當面の食糧確保もそうだし、あらゆる面でネックになるのは、やはり資金だろう。

インフラ整備は、資金元が儲からない上に、先行投資としてもリスクがある。

その為に、國の事業として行うのだ。

イースティリア様は、トン、と膝を指先で叩いた。

「実益を兼ねた実験、という可能もある」

「何を試しているのでしょう?」

「軽く見て回っただけだが……私は、村作りそのものよりも、人の配置が気にかかった」

「人……?」

その點を注視していなかったアレリラは、小さく首を傾げる。

「どのような面でしょう?」

「気づかなかったか? あの集落の者たちは、おそらく皆、文字を読める」

「文字を?」

言われてみれば、確かに。

道のそこかしこには看板が立っていて、それは文字が読めなければ意味がないものだ。

帝國だけでなく他の國もそうだろうけれど、田舎の識字率というのはさほど高くない。

貴族ならば習って當然の読み書き計算を、庶民は無縁のものと考えることが多く、それらが出來る者は識者扱いだ。

帝國は施策として識字率の向上に努めているが、手が回らない面や、難を示す者のせいで進捗が芳しくない地域もあるのだ。

「それでも北西部は、それなりに浸しているのでは?」

「國家間橫斷鉄道があるような大きな街ではそうだが、ここはまだロンダリィズ領にも達していない地域だ」

「だから、実験だと?」

言いながら、アレリラは確かにありそうな気がして頷きかけ。

ーーー商人とやり取りをしていたは、おそらく読み書きだけでなく、計算も……。

と考えて、ぴたりときを止める。

も……?」

「気づいたか?」

問われて、アレリラはイースティリア様の顔に目を向ける。

「男ですら、まだそれらを習っていない人が多いだろう地域で……」

「ああ。帝國の事務ですら、君を含めてほんの數人程度の採用率だ。貴族ですら、數字を相手にしている者はない」

ーーーなんて、先進的な。

そんな言葉が、頭を過ぎる。

「『百年先の帝國を見よ』……と、かつて口にした者を、陛下はご存知だそうだ」

持って回ったの言い方だが、この狀況で、イースティリア様がそのような言いで指し示す相手は、一人しかいない。

「百年先の帝國がどうなるのか、その為には何が必要か、という実験をしているということですか?」

「可能はあるだろうな。先を見れば、それはより顕著になるだろう」

イースティリア様は、窓の外に目を向ける。

つられて逆の窓から外を見て、アレリラは今度こそ絶句した。

タイア領のり口と思しき辺りに関所が見える。

その向こうに、土ではなく、馬車が走るための木板ですらなく。

まるで帝都の大通りのような、石畳とレンガで出來た広い道が敷かれているのが見えたからだ。

「……あり得ません」

アレリラがこの地に訪れていた頃には、まだそんなものは敷かれていなかった筈だ。

大街道計畫ですら、おそらくは街の近くにしか敷かないであろう石の道を、領のり口から敷いているなど、どう考えてもおかしい。

「目の前にあることが現実だな。むしろ栄に思うべきだろう」

「何をでしょう?」

イースティリア様は、関所の前で止まった馬車の中で。

隻腕の男がのそりと姿を見せるのを眺めながら、どこか嬉しそうに微笑みを浮かべた。

「この先の帝國の在りようを見せる相手として、我々が招かれたことを、だ」

そろそろ、お祖父様とのご対面です。

彼の真意はどこにあるのか。

というわけで、そろそろ新婚旅行前半戦が終わりですー。

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