タイア子爵領は、ロンダリィズ伯爵家のタウンハウスに訪れた時か、それ以上にが躍る場所に変わっていた。

領の大きさそのものは、実家のダエラール子爵領よりも狹い。

しかし隻腕の門番に通行を許された後に走り始めた石畳はしく、また機能を兼ね備えている。

水捌けが良く、振もないのだ。

また道の両脇に街燈が等間隔で立てられており、おそらく夜になればそれらがって明るく辺りを照らすようになっているのだろう。

以前の記憶では木々が道の両脇に茂っていたが、それらは伐採されて背の低い低木に植え替えられている。

視野が広く、また見慣れぬものも等間隔で立っていた。

兵士のような姿をした人形で、両目の部分に寶玉のようなものが埋められている。

「街燈は、魔導でしょうか」

「おそらくな。火では何らかの事故が起こった時に危ういだろう」

「魔力の供給が、一人では賄い切れないのでは」

基本的に、魔導というのは魔力を注ぐことで起する。

なので、火打ち石の代わりとなる火や、飲料水を湧かす魔導などは広く普及しているが、手元を照らす明かり以外、例えば夜間の恒常源となる魔導などは、まだまだ多くの魔導士を雇える地域でしか主流となっていない。

「國家間橫斷鉄道のエンジン技、の応用だとは思うがな……」

「魔石から魔力を取り出す裝置が、それぞれの街燈に備えられていると？　あれ程に小型化しているということですか？」

魔石の魔力は無限ではない。

定期的に換が必要であるし、馬車のような大きさのものに積めるような大きさではない、という記述を目にした覚えがある。

「あるいは、どこかに設置した裝置から供給しているかだな。街燈同士の間を、何かの線が結んでいる」

イースティリア様の言葉で改めて目を向けると、確かに源となるだろう部分同士を繋ぐように、細い線が風に靡いていた。

「導線、という名稱だったと思うが……魔力を流すことの出來る素材で出來ているものがある」

「……なるほど。では、あの人形は何だと思われますか？」

街燈の間にいる人形も、謎の彫像である。

同じ造形で兵士のように見えることから、偉人像ではない。

「ゴーレム、ではないかと推測しているが」

「士もいない狀態で、あれがくと？」

ゴーレムは、土の魔に優れた魔導士がる土や石の人形である。

土木工事に有用なので使用されているのは度々見かけるが、意志を持たない為、一部の魔導士だけが使えるものの筈である。

「百年先の帝國では、主流となるのかも知れん。実際に、量産する為の手法そのものは研究されている。……そうだな、最先端の魔石技を応用すれば……」

イースティリア様が思索に沈み始めたので、アレリラは質問を打ち切った。

ーーー最先端の技、先進的な教育、それらを支える、莫大な資金……。

どれもこれも、元・王太子とはいえ、現在一子爵に過ぎない人が用意出來るものとは到底思えない。

しかもそれらによる建造が、噂にすらなっていないのは、祖父が人との付き合いを極力減らしていることも理由なのだろう。

易路から外れた小領に、わざわざ立ち寄る好きな貴族はいないし、このような場所に流れてくる行商人は貴族との付き合いが薄いだろうからだ。

道を敷く労働力は……アレリラには考え付きもしないが……ゴーレムをなんらかの方法でることによって賄うとしても、である。

そうして、子爵家のある村が近づいてくると、その景はさながら、帝都の裕福な地域のようだった。

整備された道と、しく頑丈そうな家。

石作りの外壁は裝飾に彩られており、それらが畑などとは々アンバランスに見えるものの、そう、おとぎ話の『妖の村』のような優雅さをじさせた。

ーーー祖父を、質問攻めにしてしまいそうです。

頭がクラクラしそうなほど魅力的な、帝國中を移する手段も含めて、見たこともないような數々の技と、それらを活用する方法を思いつく頭脳と、錬金のような資金作り。

紛れもない傑の目には何が見えているのか、その全てを聞いて、學びたい。

アレリラは、時に祖父との流が途絶えてしまっていたことを、心の底から悔いていた。

※※※

「ウェグムンド侯爵ご夫妻。わざわざこのような地までご足労いただき、ありがとうございます」

そこだけは、あまり外観の変わっていないタイア本邸の中に案され、人払いをした応接間でにこやかに出迎えてくれた祖父は、優雅に頭を下げた。

「そしてご婚、おめでとうございます。祝儀の席にも參加せぬ無禮を行いましたこと、誠心誠意謝罪致します」

言葉遣いこそ目上を敬う丁寧なもの。

だけれど、その笑みはからかうような気配に溢れており、恭しく頭を下げた後に、祖父はパチリと片目を閉じた。

サガルドゥ・タイア子爵は、記憶の中よりも年老いてなお、活力に溢れていた。

相変わらず貴族らしからぬ淺黒いを日焼け顔で染め、皺がさらに深くなった顔はそれでも気品を漂わせていて、服裝も田舎臭さや野暮ったさをじさせない。

シャツにベスト、スラックスだけという質素な服裝だが、今をもってなお引き締まったをしていて姿勢が良い為、非常に似合っている。

で付けた髪は真っ白だが、未だかで……瞳のは、王族の紅玉だった。

記憶の中の祖父は、そんなの瞳をしていない。

だから、気づかなかったのだ。

確かに、そんな瞳を曬して歩いていたら『どこの誰であるか』など一発で看破されてしまうだろう。

王族のに連なる者のみが備える瞳のであることを、貴族ならば誰でも知っている。

しかしそうと知って見れば、格こそ違えど、祖父は帝王陛下によく似た顔立ちをしていた。

イースティリア様は、祖父の態度に逆に頭を下げる。

「サガルドゥ殿下（・・・・・・・）におかれましては、ご壯健そうなご様子で喜ばしく思っております」

「我自は、もう、いつこの世を去ってもおかしくないと思っておりますが。……おや、アレリラも驚かないのだね？　せっかくサプライズをしたというのに」

ツンツン、と目を指差して笑みを浮かべる祖父に、どう対応していいか分からず、小さく頭を下げる。

関わったのがい頃だけで、話し方一つ取っても、王兄殿下として扱えばいいのか、祖父として接すれば良いのか迷う程度の関係なのである。

ーーーお仕事の話になれば、また別なのですが。

すると、し悲しそうな顔をした後、アレリラの心を悟ったのか、祖父は肩をすくめた。

「畏まらなくていいんだけどね。今はただの子爵で、君たちの方が地位が高いんだし」

「ご謙遜を。この街並みを見て、お祖父様の功績を理解出來ない者に、イースティリア様の側近は務まりません」

祖父にそう告げると、パッと顔を輝かせる。

「アレリラ、分かるのかい？」

「理解は追いついておりませんが。そうした話をゆるりと聞かせていただければと、思っております」

「そうか、そうか」

幾度か頷いた祖父は、パチンと指を鳴らした。

すると瞳のが褐に近い茶に変化して、家令が音もなくドアを開ける。

「では、とりあえず部屋に案させよう。準備を整えて、夕食としようじゃないか。聞きたいことがあれば、いくらでも聞くといい」

サガルドゥ・タイア子爵とようやく出會いました。