《【書籍化】白の平民魔法使い【第十部前編更新開始】》778.アルム4
「よくお気付きになられましたね」
「あなたは俺がみんながいる場でも報提供が可能かと聞いた時にこう言いました。"この狀態で話せる報は全てお話しますよ"……って。
それで気付きました、報提供の條件に俺を指名している所といい……この人は俺にだけ何かを伝えようとしているって」
「仰る通りでございます。意図が伝わるというのは誠に嬉しいことでございますね」
前回のように監視されているわけでもない取り調べ用の部屋。
ファニアも警備の人間もおらず、地下なせいか二人の聲以外の音も無い。
ただ二人きりにされただけだというのにこの部屋は隔絶された異界のようだ。
カヤの民族裝がそうさせるのか、それとも覚悟(・・)をしているアルムの視界がそう錯覚させているのか。
「五分しかない。話してくれますか?」
「よろしいのですか?」
「覚悟の話をしているなら、そうでなければいいと願っているくらいには出來てないかもしれません」
「……正直な方ですね」
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しの沈黙。
二人の目はしばらく合ったまま、カヤはその口を開いた。
「霊脈に接続して大蛇(おろち)様を倒したとしても……あなたが生き殘ることはできません」
「……そうだろうな」
カヤにそう告げられてもアルムは驚く様子はなかった。
まるでその事がわかっていたかのように穏やかで落ち著いている。
「あなたが霊脈に接続すると膨大な魔力が流れ込みます。魔法生命へと変生したあなたのだけはもしかすると耐え切れるかもしれませんが……霊脈に接続すると星の記憶も一緒に流れ込んでしまう。當然ですが人間の神で処理し切ることはできません。
霊脈とは星の記憶が眠る保存庫。神に至れる魔法生命と違い、人間の神はその全てをけ止められるがない……霊脈の干渉は常世ノ國(とこよ)の巫であるわらわや妖を介しているガザスの王ですら神を削る苦行です。接続して魔法を唱え続けるなんて本來はもってのほか……あなたの神は數千年以上の星の記憶に押し潰され、アルム様の自我はこの星から抹消されます」
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「……死ぬんだな」
呟くアルムにカヤはふるふると首を振る。
希を抱いてもおかしくない否定だったが、カヤはもっと殘酷な結末を口にした。
「いいえ、あなたは忘れられるのです」
「忘れられる?」
「はい。霊脈に接続してアルム様の神が完全に途絶えた時、アルム様という人間は星と完全に一化して……最初からいなかった人間として世界は修正されます。
もし大蛇(おろち)様との戦いに勝利してもそれはアルム様の行いではなく、星が起こした奇跡として扱われ、あなたに関する記憶はこの星の上から消えてなくなる」
「霊脈に接続して星と混ざり合うと人間としての俺の"存在証明"が消える……って事か?」
カヤは驚いたように目をぱちぱちとさせた。
「まるでわかっていたように冷靜な分析ですね……? 仰る通りなのですが、し驚いております」
「いや、死ぬかもしれないとは思っていたが……流石に忘れられるなんて想像してなかった。當てずっぽです。一応聞きますが、生き殘る可能は?」
「アルム様の神が塗り潰される前に大蛇(おろち)様を倒せれば生き殘る可能はあります……ありますが……」
「不可能?」
アルムがそう言うとカヤはゆっくりと頷く。
仮初めとはいえカヤの首には大蛇(おろち)の核がある。その核から伝わる大蛇(おろち)の"現実への影響力"は並ではない。
相手は千五百年前にこの星に現れ、眠り続けた神に最も近い生命。
そんな怪が人間一人の神という脆いが壊れるまでに敗北するなど有り得ない。
「負けたら無駄死に、勝っても俺は死んでそして忘れられる、か……」
「はい、わらわ以外はそうなります」
「カヤさんは覚えてるんですか?」
「いえ、わらわだけは霊脈に干渉して真実を閲覧することが出來るのです」
カヤはを乗り出して両手をばす。
まるでする人をそのにけれようとするように。
「わらわは世界にとって幻想となった人(アルム)を現実のように語る狂人として人生に幕を閉じ……その死をもってあなたと添い遂げる。
常世ノ國(とこよ)の巫とは幻想へと消えた現実を拾い上げる存在。伝承や作り話として幻想の存在された魔法生命達、信仰が途絶えて泡沫に消えた神話、そしてあなたのように歴史に刻まれない生命の記録を繋ぐ星の花嫁。あなたという存在のためにこのを捧げると決めております」
「俺に嫁ぐとか言っていたのはそういう意味か……自分が負けて無駄死にしたらあなたは?」
「あなたを忘れる前に自害します。他の"分岐點に立つ者"は全ていなくなりました。アオイ様は未來に繋ぐも死に、ガザスの王として生まれるはずだった者はチェンジリングによってこの世界には生まれず、アブデラ様は悪神に魅られてしまった……後はあなたとわらわだけ。
わらわはこの世界に再び魔法生命を解き放ちました……であれば、あなたが選ぶ運命を見屆けた後はその罪を償わなければ」
カヤは濁りの無い笑顔をアルムに向ける。
前回話した時にはじなかった強い意思がアルムにも伝わる。
二人しかいない空間だからこそ、カヤがようやく全てをさらけ出して話しているような気がした。
「何も伝えずに戦いに臨めば、きっとあなたは真実を知らぬまま霊脈に接続するという方法に辿り著いてしまう。何も知らないまま誰かのためにといてしまう。それでは駄目なのです。
自分が迎える結末を知り、その上であなたは選ばなければならない。自分の夢のためではなく、自分自の思いのために。誰かのために行できるのはとても素晴らしい事です。ですが、それは自分を軽々(けいけい)に捨てる言い訳になってはいけない」
悲しそうな表でカヤはアルムを見つめる。
霊脈を通じてずっと見ていた年。自分の夢だけを支えに才無きで戦ってきた者。
誰かのために戦い、助け、救ってきた善が何も知らなかったで消えていくのは耐えられない。
せめて、真実を知った上で選ぶ権利があるべきだとカヤは自分の想いごと真実を口にした。
自己満足だということは重々承知。
それでも、忘れられる、という死ぬよりも殘酷な結末を知らなかったで迎えていいはずがないのだと。
「人間は自分のため(・・・・・)に選ぶべき(・・・・・)なのです。
戦っても構いません。逃げ出したって構いません。わらわの知り得ぬ手段をとっても構いません。あなたがあなた自のための選択ができる事をわらわは祈っております」
そこまで言ってカヤは深々と頭を下げる。
テーブルにはぽたぽたと涙が落ちていく。
自責の念やアルムへの憐憫のこもった重い音が部屋に響く。
「そして、ごめんなさい。あなたに全てを背負わせる形になってしまいました。ですが、どうか他の"分岐點に立つ者"を責めないであげてください。
あなたにこんな殘酷な選択をさせてしまうのはわらわのエゴです。何も知らないままのほうが、あなたは辛くなかったかもしれません」
「カヤさん……」
「ごめんなさい。わらわは真実を伝える以外何もできないのです。それしか出來ぬのです。ごめんなさい。本當に、ごめんなさい。わらわもあなたと同じように……誰かを救える人間であればよかったのに」
カヤは最後に本當の(エゴ)を吐して、二人だけの時間が終わる。
遠くで扉が開く音が聞こえてきて、二人だけの異界は消えていった。
「アルム、時間だ」
「……はい」
ファニアが外から聲を掛けてアルムは立ち上がる。
カヤは頭を下げたままだった。
「何があった?」
「いえ、なにもありません。し言い過ぎたようです」
「……君がか?」
ファニアは怪訝な表を浮かべてアルムとカヤを見比べる。
二人の間に流れる空気は獨特で、何かがあった事しかわからない。
「それで? 収穫はあったか?」
「いえ、なにも」
「本當か?」
「はい……カヤさんが信用できるってわかったくらいで他には特に何もありませんでした」
アルムの噓がわかりやすいのはファニアも知っている。
ファニアが見る限り、アルムはいつものような無表で何かを誤魔化しているようなぎこちなさはなかった。
何かあったような雰囲気だったが、特に有益な報は得られなかったという事だろう。もしや報を得られない事に落膽しているのかとファニアは思う。
「……そうか。まぁ、何も報を得られてなかったとしても責める気は無い。そもそもアルムがいなければ引き出せなかったのだからな」
「はい、ありがとうございますファニアさん」
「いい。君達には世話になっているからな……これくらいはさせてくれ」
ファニアの背中を見ながらアルムは心の中で呟く。
――初めて噓が吐(つ)けたなぁ。
気を抜いたら塗り潰されそうな心の中。
死ぬ。忘れられる。
自分がこれから先迎えるであろう結末に心の整理ができない中、アルムはただ気付かれなかった事に安堵した。
いつも読んでくださってありがとうございます。
次の更新で一區切りとなります。
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