《傭兵と壊れた世界》第百四十二話:を覚えた獣達

ついにシザーランドの傭兵部隊が參戦した。

當然、アーノルフの表が渋くなる。すでにローレンシアが押されている狀況下で敵に援軍だ。想定し得るなかで最悪に近い構図ができ上がりつつあった。

「展開していた部隊はどうなった?」

「傭兵の挾み撃ちにより壊滅しました」

「ちっ……生き殘りを急いで再編しろ! 中毒部隊(フラッカー)の足止めは機船で続行! 左翼は後退して遅滯戦に移行だ!」

部下が慌ただしく去っていく。

アーノルフは塔の一角から戦場を見下ろした。嫌な風だ。傭兵の參戦により解放戦線の士気が上がっている。中毒部隊(フラッカー)も未だに猛威を振るっており、彼らを止めるには兵力が足りていない。せめてもの救いは傭兵の士気が低いことぐらいか。

「ラトリエめ、肝心なときにいつも邪魔をしてくれる」

戦場の空気は他の者にも伝わる。アメリア軍団長にも、ホルクスや旗頭ユーリィにも。

そして件の団長ラトリエにも。

赤獅子と呼ばれる彼は優勢の匂いを敏じとると、獣に相応しい獰猛な笑みを浮かべた。

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「さあ稼ぎ時だ! 敵は因縁のローレンシア! 無駄死にはするな! だが敵は殺せ! 逃がせば仲間が殺されるぞ!」

ラトリエの命令が通信機を伝って各部隊に響き渡る。

傭兵始

ルートヴィア側の士気が上がった。解放戦線、中毒部隊(フラッカー)、傭兵の三陣営による破壊力は驚異的だ。アーノルフが守備を固めるも、彼らは破竹の勢いで進軍した。

「第三六小隊がいれば良かったんだがな、仕方がない。英雄が不在でも勝てると証明してみせよう」

エイダン達は「第二〇小隊との戦闘で負傷した」という名目で不參加だ。実際にはほとんど無傷であるが、本人達が言い張る以上はラトリエも強制できない。それだけ第三六小隊の発言力は大きく、英雄が不在による士気の低下が心配だった。だが、この様子ならば杞憂になりそうだ。

「さあ進め! 第三六小隊に続く新たな英雄になってみせろ!」

大國が生き殘るか否かの分水領。ルートヴィアが栄を摑むか。それともローレンシアが守りきるか。

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傭兵が現れたことにより兵力が逆転した。ローレンシア軍が生き殘っているのは約四萬人だ。國全で見れば十萬を越える兵力を有しているが、広大な國土を守るために兵を分散させた結果、首都ラスクに殘っているのは三分の一にも満たない數だった。

対してルートヴィア軍は解放戦線が二萬五千人。パルグリムの義勇兵が一萬人。傭兵が一萬五千人。総勢五萬の兵力にまで増大した。混合軍であるため本來は連攜に支障が生じるはずだが、ホルクスやユーリィといった「戦の中心」になりうる人のカリスマによって大國に匹敵する力を生んでいる。

アーノルフはそれらの數的不利を考慮して、なお勝機があると考えた。現存戦力でルートヴィア軍を攻め落とすのは不可能に近いが、各地の兵が集まるまでの遅滯戦に集中すれば十分に耐えられるはずだ。

「敵は寄せ集めの集団だ! 隙が生まれて必ずや瓦解するぞ!」

アーノルフが兵を鼓舞する。もっとも、前線に立つ兵士達は耳を傾ける余裕すらないだろう。鳴り止まない銃聲。ひゅるひゅると飛ぶ砲弾の音を聞くたびに「今度こそ」と死を覚悟する。

兵士達が戦う理由はひとえにだ。祖國に対する。家族や友人、もしくは天巫に対する敬

そして、それはルートヴィアも同じ。仲間へのが反軍を団結させ、自己が裏切りの要因をつくり、國心が撃鉄を起こす。つまるところ、爭いはから生まれるのだ。

「アーノルフ閣下、左翼がもちません!」

「まだ我慢だ」

「ですが……!」

アーノルフは待っていた。急造部隊はどうしても綻びが生じる。特に勝利を焦って視野が狹くなっているときほど狙い目だ。

戦爭の勝敗を分けるのは兵力や作戦の良し悪しではない。より大きな失敗を冒した方が負ける。焦らずに戦況を見極めろ。人の流れや敵の思、戦場の匂いを嗅ぎわけろ。

アーノルフは待った。待って、待って、そしていた。

「そこか」

鷹の目が貫く。ローレンシア軍の左翼が崩れたことで敵兵が南側に片寄り、結果として一度は埋まったはずの中央が徐々に開いていた。本來ならば中毒部隊(フラッカー)に守られているはずの敵後方部隊が程圏におさまる。

ここが急所。アーノルフが命令を下した。

「右翼展開、中毒部隊(フラッカー)を全力で食い潰せ!」

「しまった……!」

敵兵のきが変わったことにユーリィは気が付いた。すぐさま兵を呼び戻す。だが間に合わない。勢いにのった解放戦線はすでに敵の深い場所まで潛っていた。

孤立した中毒部隊(フラッカー)をローレンシア軍が飲み込む。狀況を読んだアメリアも兵をかし、ルートヴィア軍の分斷を再度計った。

戦場が揺れく。傾いていた天秤が元に戻り、今度はルートヴィアが窮地に陥る――。

「攻めるなら――」

かと思われた。

アーノルフの思考を読んだ狼が一匹。正確には「匂う場所」をじ取った男がローレンシア軍に迫る。中毒部隊(フラッカー)を壊滅させるために集まった鋭部隊、その中心へ。

「ここだよなぁ!?」

ホルクスだ。戦場の一角がぜた。

どれほど綿な戦を講じようとも、ときには埒外な力によって覆されることがある。並外れた嗅覚。強靭な。そしてなによりも戦闘

「甘いぜ閣下ァ、俺の戦場であんたの理屈は通じねえよ」

アーノルフの強襲部隊が中毒部隊(フラッカー)を壊滅させるかと思われたが、ホルクスが力でねじ伏せた。その理不盡な暴力にアーノルフが表を曇らせる。

「へいへい、大変なことになってんじゃねえか。聞いてた話よりも劣勢だぞ?」

「……出遅れたのは縦士のせい」

「ならてめえがかしてみろってんだ。そんで俺様のありがたみに謝しろ」

丘の上に黒銀の機船が一隻。その甲板上でいがみ合う者達がいる。

「遊んでいないで砲撃の準備をしろ。狙いはホルクスだ。中毒部隊(フラッカー)ごと吹き飛ばしてやれ」

「人使いが荒いと思わねえか?」

「適材適所だな。泣き言を言ったって遅いぞ」

「わかってら」

砲臺の微調整を繰り返す。一般的には初弾を放ってから目標との誤差を修正するのだが、彼は初弾から命中させるつもりだった。

「正直、この距離で狙っても避けられそうだけどな。あいつが砲撃でくたばる姿が想像できるか?」

「できないな。まあ、意味があるかないかで言えば、多ある。周りの兵士が混すれば俺達もきやすい」

「労力に見合わねえなあ」

ぶつぶつと文句を言いつつも手を止めない。隊長が必要と判斷したならば従うのみ。そうして數多の足地を生き抜いたのだから、今さら彼の判斷力を疑っていない。

「天巫は予定どおり私が探すってことでいいよね?」

「ああ、反重力のがあれば天巫を運ぶのも楽だろう。おいココット、孤児院にいるという報は確かなのか?」

「は、はいぃ。アメリア軍団長がそうおっしゃっていました……!」

白金のがぐっぐっ、とばす。想定よりも戦況が悪く、ここからは時間との勝負になりそうだ。

「……」

最後の一人は無言で戦場を見下ろす。煮えたぎる炎をに宿し、発する時を今か今かと待ちんでいる。ここが最後の戦場だといわんばかりに昇る覇気。彼の熱量は戦場にうねる熱気にも負けない。

「往くぞ」

響き渡る轟音。砲撃と同時に、第二〇小隊の機船が丘を駆けおりた。

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